第1417話、マルカスとクロハの関係
クロハは、ウィリディスのエースパイロットであるマルカス・ヴァリエーレとお付き合いしていた。
きっかけ自体は、マルカスが、メイドのクロハに恋心を抱いたからではあるのだが……あいつは年上のお姉さんが好みだったわけだ。
いい関係にあると俺も思ったのだが、マルカスとクロハの間には、海よりも深い身分差という問題があった。
マルカスはヴァリエーレ伯爵家の次男。長男に何かあれば、マルカスが家を継ぐ立場である。
それでなくても伯爵家として、庶民の家の生まれのメイドを妻に迎えるなど、言語道断であり、いくら互いに好意を寄せようが、周りが認めないのだ。
俺は現代っ子だから、身分違いの恋愛って意識は薄い。貴族出身の騎士とメイドの禁断の恋……。うーん、ロマンスだねぇ。
かくいう俺も、平民出で王族であるアーリィーと結ばれることになったから、他人事ではないのだが、俺の場合は、それに値する活躍、実績で証明したからだ。
しかし、一メイドであるクロハには、そういう貴族と結ばれる相応しい活躍などあるはずもない。生まれが貴族だったならワンチャンあったのだが、そうもいかないわけで。
身分差の恋愛ってのは、まあ俺の世界でも、上流階級にはあるのかもしれない。そういうのに無縁な身分に生まれただけで。
「あの方は、私と結婚したいとおっしゃりました」
クロハの言葉に、俺は頷いた。だろうね。マルカスは、真面目君だからね。
「ですが、あの方は、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの有望な方。王国一の空中騎士にして、御主人様に仕える精鋭です。私のようなメイドが相手では、あの方はもちろん、御主人様の品格を貶めてしまいます」
「俺は気にしないよ」
それくらいで没落するようなものでもない。そもそも、俺もここじゃ平民出だぞ。
「ですが、あの方が悪く言われるのは……辛くて」
「……」
マルカスのことを思っているんだなぁ。
「彼――マルカス君は、何か言ったか?」
「家の反対はわかっている、と。だから、あの方は、私のために伯爵家を捨てるとまでおっしゃって」
家族と縁を切っても、愛を選んだか! よく言った!――っと、身内の女性陣も、マルカスの男気に喜ぶだろう。……まあ、他人だから、そう言えるし思えるんだろうけど。
「まあ、マルカス君が実家を捨てても、シーパングが伯爵でも何でもしてあげられる。家から出ても、お金や住むところの心配はしなくていいよ」
実際、マルカスのこれまでの献身的な働きは、一財産になるくらい支払っている。もし完全に俺たちウィリディスから独立しても、贅沢をしなければ一生食べていけるだけはあるはずだ。
「御主人様……」
「ちなみに、クロハはマルカスのどこが好き? 貴族だから好き……ではないな、間違っても」
「はい、私の身分では不釣り合いなのはわかっていますから。わかっていても、その……守ってあげたいな、って思うところがあって」
真面目過ぎて、結構抜けていたり危なかったしいところがあったり、かな。
「ただ、それでご家族と縁を切るのは如何なものかと。サキリス様は、ご家族をなくされていて、かかわりたくてもできないですし、マルカス様の場合、まだご家族が健在なのに、別れるというのは……」
ここでサキリスの名前が出てきた。身分違いの恋で、マルカスが家、家族から離れるのはよくないと思っているらしい。マルカスを家に留まらせて、自分が彼の前から消えればいい、と考えたんだろうな。
この時点で、クロハはマルカスの将来を気遣っていて、自分は今ある好待遇の環境を捨てるつもりだ。彼女が、伯爵家に取り入ったり、財産狙いでないのは瞭然である。
「先日、あの方のご実家より、縁談の話があったそうで――」
クロハ曰く、まだ結婚していないマルカスに家がプレッシャーをかけてきたらしい。複数の縁談の申し込みがきていると、お見合い書類が送りつけられたそうだ。いい歳だもんな、あれで。
だが当のマルカスは。
『クロハと、結婚する』
そう断言した。そこで家を捨てる、なんて言葉が出てきたらしい。……マルカスならやりかねんな。
で、クロハは自身が身を引くことで、マルカスの立場を守ろうとした、と。
「……それは賢明とは言えないな」
あいつの性格を考えてみるといい。
「君がいなくなったら、マルカスは家を捨てて君を探しにいくだろう。あいつは、そういう男だ」
つまり、マルカスのためを思うなら、お暇しても無駄ということだ。結局、ヴァリエーレ家とこじれる。そしてマルカス本人は、それも構わないと思っている。いくらクロハがそれを望まなくても。
「となると、裏技を使うしかないかな」
「裏技……ですか?」
「うん。体面はちょっと歪ではあるけど、手がないわけではない」
ただ――
「表面上は、まあ苦労するだろうけど……それはどこかへ駆け落ちしても苦労することに変わりはない。ただマルカスの家の体面を保ちつつ、結婚する手はある」
・ ・ ・
そんなわけで、マルカスを呼び、クロハと俺で三者面談をする。
「――事情は聞いた。お見合いを勧められているって?」
「はい」
マルカスは神妙な表情である。大帝国との戦いから常に、戦闘機パイロットとして活躍した古株である。ついでに魔法騎士学校の同期卒業のよしみだ。
「おれとしては、クロハと結婚するつもりです。見合いは断ります」
言うと思った。彼女から話を聞いた段階で、もう想像できた。
「たとえ、家を捨てても」
「まあ、お前の場合、家から独立してもウィリディスでやっていけるし、家から圧力がかかるなら、シーパングへ亡命する手もある」
ただ、ね。
「お家との摩擦を最小に留めて、結婚する方法があるんだが……聞くか?」
「!?」
マルカスは驚いた。クロハは、内容は知らないが方法はあると聞いているから、ここでは反応はなかった。
人によっては邪道と言うかもしれないし、嘘をついているという気持ちが重荷になるかもしれないけど。
「マルカス、シーパングに良家の令嬢がいる。ヴァリエーレ家に紹介するから、その娘と結婚しろ」
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