第1399話、想定と対応
「予定を変更しよう」
俺は、ベルさんたちが地上で戦っている間、戦艦『バルムンク』の艦橋で、真・大帝国の軍事情報を呼び出し、それをざっと眺めた。そして僚艦である『クラウ・ソラス』のアーリィーに、秘匿性の高い直通式の念話通信を繋いだ
「シャドウフリートは、パトリ基地の転送装置を破壊した後、撤収。その後、アリエス浮遊島軍港のポータルロードを使い、大帝国に戻り、敵の大規模飛行場を襲撃する」
『テメラリオ駐屯地には行かないの?』
アーリィーが確認する。当初の予定では、艦隊規模の転移装置のあるパトリ、テメラリオ双方を叩くという案だったからね。
「行くけど、パトリ基地の転送装置を見ただろう? ブァイナ金属で出来ているんじゃ、艦隊攻撃や空爆は効果がない」
だから、今ベルさんたちがやっているように地上から攻める。
「今回の襲撃は、想定外に手間取ってしまったからな。テメラリオ駐屯地の方も警戒態勢に入っているだろう。そこで、別の場所を攻撃して、真・大帝国連中に、標的は外地の拠点ではなく、本国拠点であると思わせる」
『陽動作戦だね』
アーリィーの声が弾んだ。その通り!
「俺の転移がなくとも、かつてやったポータル移動で、真・大帝国に飛び、シャドウフリート得意のステルス行動で、一撃離脱の襲撃を仕掛ける。ジャルジーとエクリーンさんの結婚を邪魔してくれたお礼参りだからね。派手にやってやろう」
『……ジンのその口ぶりだと、あなたはテメラリオの方へ行くんだね?』
「せっかくだから敵の転送装置を盗んでやろうかと思ってね」
ちょっとした悪巧み。それには、ダンジョンコアだったりそっち方面の力を使おうかな、と思っているわけ。
『じゃあ、僕は艦隊を率いて、陽動攻撃を仕掛けて回ればいいんだね?』
「ご明察。一応、分身君を置いて、緊急時の転移ができるようにしておくが、君に任せるよ」
空母機動部隊の運用経験なら、アーリィーはウィリディスでも一番だからね。
そんなわけで、俺はアーリィーに攻撃目標を伝え、シェイプシフター諜報部の手に入れた情報と照らし合わせて注意点の確認をする。
「閣下、地上施設の破壊終了。展開した地上部隊の回収に移ります」
ラスィアが報告した。艦隊も、敵航空機を撃退したので、空はだいぶ静かになっている。各種索敵装置も、敵の艦隊や大航空部隊を捕捉していない。今のところ、艦隊規模の転移ができるのがテメラリオ駐屯地ぐらいだから、援軍が飛んでくるのはそっちからか。
じゃあ、こっちも艦載機と地上部隊を収容したら、さっさと立ち去ろう。そして俺はテメラリオに行き、アーリィーには真・大帝国内の航空基地を叩いてもらう。
・ ・ ・
フィーネ・グリージス・ディグラートルは、パトリ海軍基地が、シーパング同盟艦隊に奇襲攻撃を受けたという報告を受けた。
真・大帝国帝都の皇帝の城にある宰相の執務室で、クルフ・ディグラートルのクローンであるケルヴィス少年に、大帝国の教育をしていた時であった。
「いよいよ、転送装置を破壊しにきたか」
報告にやってきた秘書官に、気怠げにフィーネ・グリージスは返した。
「テメラリオ駐屯地は?」
「今のところ、襲撃の報告はありません。定時報告も変わりなし。まだ存在しています」
「いつまで保つかわからんがな。ジン・アミウールは必ず仕掛けてくる」
確信に満ちた声で、フィーネ・グリージスは言った。
「それで、パトリ基地は持ちこたえそうか?」
「いえ、地上部隊に侵入され、破壊活動を受けたと報告を最後に通信は途絶しております。おそらく……」
「ふむ、通りすがりの航空艦隊からの襲撃には耐えられるように作られているという話だったが、シーパングはしっかり地上部隊を用意していたか。……ケルヴィス、これがジン・アミウール先生による模範解答だぞ」
ケルヴィスはキョトンとする。秘書官は感情がないように無表情を通した。
「奴らは、我々の転移装置を使えないようにしている。これはいよいよ、真・大帝国本国での戦いは近い」
本土決戦。その言葉にケルヴィスは唾を飲み込んだ。シーパング同盟が真・大帝国に攻めてくる。
秘書官は口を開いた。
「テメラリオ駐屯地に援軍を送りますか?」
「正直、微妙ではあるが……まあ、何かの役に立つかもしれない。よかろう、参謀本部にやらせろ。どれくらい送るかは任せる」
他に報告がないので、秘書官にはフィーネ・グリージスの命令を伝えさせるべく退出を許した。
ケルヴィスは資料から顔を上げる。
「質問してもいいですか、義姉上」
「なんだ、ケルヴィス?」
ここでは、ケルヴィスは、フィーネ・グリージスの義理の弟ということになっている。時が来るまで、彼が大皇帝のクローンであることは、一部の者を除き秘密である。
「テメラリオ駐屯地という場所に、ジン・アミウールは必ず来ると断言されていましたけど、その割には増援については、雑な命令だったようですが?」
「よい質問だ。答えは、テメラリオ駐屯地が大帝国国外にあるということだ」
「?」
「いいかね、ケルヴィス。転移装置は便利な代物だが、我が真・大帝国のものは一方通行だ。飛ばすことはできるが戻すことはできない。つまり、好きな場所に飛ばすためには、転送装置のある国外に行かねばならない」
「そうなります」
「すると、国内の守りにつくはずだった戦力が、国外へ移動しなくてはならないわけだ。すぐに飛ばせるメリットはあるが、飛ばす場所については慎重にならなくなる。敵襲があったからと転送させて、そこが陽動で、本命が別の場所ならば救援に時間がかかってしまうだろう?」
「はい……」
「転移の相互利用ができるならばいいのだが、一方通行だと案外不自由なものなのだ。転移装置を使うために国外に移動しなくてならないというのも、よろしくない。その動きで、シーパング同盟にこちらが転移を使うつもりと悟られてしまうしな」
「では、転移装置はむしろ使わないほうがいい?」
「使い勝手が悪いという話だ」
フィーネ・グリージスは肩をすくめた。
「だが、先日のヴェリラルド王国王都への奇襲とか、まだ奇策などで使おうと思えば使えるわけで、丸っきり放置するのも惜しい……まあ、そういうことだ」
便利な代物ではなく、本国防衛に関しては使わなくても何とかなりそうだが、他に使い道があるかもしれないから、一応守ろうと、フィーネ・グリージスは言っているのだ。
「まあ、こちらが守りを固める前に、ジン・アミウールはテメラリオ駐屯地を叩くだろうがね」
フィーネ・グリージスは薄く笑った。
「こちらの奇策に悩まされたくないだろうからな。その点では、やはり重要な場所だよ、あそこは」
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