第1378話、宰相フィーネ・グリージスの真意は?
大帝国解放軍の拠点ノルドフライターグ基地司令部、その会議室で、俺とベルさんは、解放軍のアノルジ元帥、シェード将軍と今後の話をしていた。
クルフ・ディグラートルが退場後、真・大帝国を牛耳るのは、隠し子でもあったフィーネ・グリージス・ディグラートルだった。
「まあ、それまでまともに内政をしていたのに、トップになった途端、暴君に早変わりだ。血は争えないというべきなのかねぇ」
アノルジが呆れも露わに言えば、シェードは、ほんの僅か嫌悪を出した。彼もまた大皇帝の隠し子であり、それは自分にもあの暴君の血が入っている、決めつけられたようで不快だったのだろう。
それを表に出したのは、ほんの一瞬で、今は普通であるが。
「明らかに重税ですね」
「超重税だ。四割ならいいほう。それ以上だと重税だと国民からよく思われていないのに、8割だと? 反乱が起きるぞ」
そんなに持っていかれたら、生活できないだろう。貧困に喘ぎ、民は死んでいく。戦争どうこう以前に、自分の国を滅びに向かわせている。大帝国本土を包囲していれば、勝手に崩壊するんじゃないかね、これは。
「それもまた折り込み済みじゃないですか?」
シェードは言った。
「反乱が起きても、現状の真・大帝国軍は、量産されるダークエルフ兵がいます。民を兵にとる必要はありません。……いや、先代のディグラートル大皇帝のように、もはや民も不要になったのでは?」
「国民のことなど知ったことではない、か? 付き合わされる国民には酷い話だ。ともあれ、早々に奴らの手から大帝国を取り戻さないと、本当に民が大勢死ぬことになるぞ」
現政権が悪ければ悪いほど、反乱軍――解放軍を、大帝国民は受け入れやすくなるだろう。あるいは、解放者たちを諸手を挙げて迎え入れるかもしれない。
大帝国解放軍が、反乱者ではなく、真の解放者として受け入れられるというのは、現政権打倒を目指す俺たちには、実にありがたい話だ。
敵から奪還した土地も、解放軍支持者が多ければ、その統治もしやすい。ゲリラやサボタージュに悩まれる可能性も少ないだろう。
ただでさえ、陸上戦力で劣っている解放軍とシーパング同盟だ。占領地に多くの人員を割かなくて済むのは、攻略するこちらとしてはよいことである。
……何だか都合が良すぎて、引っかかるんだよな。
「ジン・アミウール殿」
アノルジが俺を見ていた。
「何か、気になることでも?」
黙っていた考え込んでいたのがいけなかったかもしれない。
「根拠のない想像になるんですがね……。フィーネ・グリージスという宰相が、内政での方針転換したのがどうにも極端過ぎて気に入らない」
「彼女のやろうとしていることは気に入らない。それは我々も同じだ」
アノルジの言葉に、俺は首を横に振る。
「いや、そうではなく、聞けば彼女は、相当頭のいい人物だというじゃありませんか。アカデミーの成績についてはしらないのですが、首席でしたっけ。どうにも発想がぶっ飛んでいる」
国民の不満が理解できないはずもない。それまではちゃんと内政に励んでいたのに、大皇帝の後継者に選ばれた途端、自身が守ってきた内政を崩しにかかった。
「どうも帝国民をパージしたがっているように見える」
「馬鹿な。民あっての国だ。支配する民のいない国の王ほど滑稽なものはないぞ」
「これは仮説なんですが、彼女は、真・大帝国という存在を終わらせようとしているのではないか……と思うんですよ」
「真・大帝国を終わらせる……だと?」
アノルジは驚いた。シェードは顎に手を当て考え込む。
「敢えて、悪政を敷いたと、いうことですか、閣下?」
「うーん、そう思えるんだよな。国を生かそうと思ってない。たぶん、彼女はこの戦いを負けると判断したのだと思う」
シーパング同盟と大帝国解放軍と戦って、真・大帝国が勝てるビジョンが浮かばなかったんじゃないかな。
「どうせ負けるなら、好き放題やろうという考えか?」
アノルジが言うと、黒猫姿のベルさんが発言した。
「負けるってわかってりゃ、さっさと降伏すりゃよかったんじゃね?」
猫が喋ったことにアノルジは驚くが、俺はそれを無視して言った。
「降伏しなかったでしょ。和平の提案も、あっちは蹴飛ばした。当然だ。親衛隊上がりの狂信者が政権を動かしているんだ。例え負けを確信し、フィーネ・グリージスがシーパング同盟と講和を、と言っても大皇帝信者たちが言うことを聞かないよ」
つまり、現在の真・大帝国中枢にいる連中がいる限り、講和はない。それに降伏すら、奴らの辞書にはない気がする。大皇帝の理想に殉じることができれば本望とか、真顔で言いそう。
「そういう厄介信者どもを引き連れて、真・大帝国を終わらせる。……彼女の場合、宰相ですから、仮に我々が勝って戦後処理に入ったら、間違いなく首を刎ねられる立場の人間です。どうせ死ぬなら、残る大帝国民に責めがいかないように、思い切りヘイトを引き受けると」
「帝国民をパージするとは、そういうことですか」
シェードが納得した顔になった。
「国政が乱れれば民に不満は出る。反乱か、あるいは国外へ逃亡する。そうした現政権から逃げてきた者たちは、大帝国解放後の、戦勝国側からも同情的に扱われる」
「解放軍はもちろん、シーパング同盟のお偉いさんたちも、そうした国から迫害されてきた民には、ある程度寛容になるとは思う」
俺が作ったシーパング本国自体は、大帝国に恨みはほとんどないが、古くから差別、迫害されていたエルフや亜人たち、度々戦争をふっかけられた連合国とかは違う。
大帝国という存在をそのものを敵視しているし、大帝国領土に攻め込み、町や集落などを制圧したら……まー、報復や略奪も頻発するだろうことは想像できる。
要するに、シーパング同盟に大帝国解放軍を受け入れ、意識変革を促したように、大帝国民も被害者だよ、と、同盟参加の人々に理解させるのだ。
そのためには、現政権がいかに悪逆非道であることをアピールする必要がある。敵対している俺たちが、悪い噂をばらまけば、プロパガンダ。大帝国民の離反を促すのは難しいが、宰相がガチ悪逆なら、民のほうから勝手に逃亡するということだ。
それでクルフのお遊びに作られた真・大帝国は滅び、それより前から存在していた大帝国は存続する。……そうだな。解放軍がこちらになくて、大帝国民が政権に従い、戦っていたなら、敗戦の際の報復は凄まじく、国も民も滅ぼされるだろう。
国と民を生き延びさせ、連合国や亜人たちの大帝国への恨みと復讐心を解消させる、一石二鳥の手段。
「そう考えると、フィーネ・グリージスの行動も合点がいきます」
シェードは頷いた。アノルジは腕を組んで、複雑な表情になる。
「彼女は敢えて、悪を演じて死のうというのか」
「単に、そいつも大皇帝万歳の狂信者っていう説は?」
ベルさんが指摘すると俺は肩をすくめる。
「あくまで仮説だよ。ただ、いくら兵隊がダークエルフで補充できるとはいえ、俺たちを苦しめるんなら、大帝国民を戦闘に巻き込んだほうが得策ではある。無理に切り離さず、配給制でも敷いて、民を繋ぎ留めたほうが、徴兵もできるし泥臭く抵抗できるはずなんだ。それをしないということは……」
「痛みは伴うが、最終的には民を生かす選択だというのか」
アノルジは瞑目した。
「もしそうだとすれば、彼女も最終的に戦争の終わりを望んでいるということだ。案外、大帝国解放は、スムーズに行くのではないかな?」
「いえいえ、むしろ面倒になるかもしれない」
「どういうことだね?」
「フィーネ・グリージスは悪役になりたいのです。民をパージできるなら、同盟軍に占領された町一つ吹き飛ばすような大量破壊兵器も、平然と使えるってことですよ」
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