第1377話、解放軍司令部会議
真・大帝国は戦争を続ける気だ。
シェイプシフター諜報部の報告を受けた俺は、内心そうなんだろうな、と思った。
何せ、今の真・大帝国の政治中枢ってやつは、ディグラートル大皇帝の命令あれば、自国民ですら虐殺できる狂信者ばかりだからな。
ぶっちゃけ、クルフが手を引いたとて、親衛隊中心のあいつらが、それで戦意を喪失するか疑わしかった。……まあ、多少は可能性があるかな、とも思っていた。神を失い、悲嘆に暮れるか、理想を成し遂げようと戦いを続けるか、そのどちらかになると、な。
結果、前者よりも後者のほうが圧倒的に多かったというわけだ。
クルフ自身に、戦争やめようと言わせるのが一番だったかもしれないな。……いや、あいつが本国に戻れば、まだまだ戦争を続ける気になったかもしれん。
何せあいつは、無敵の人だからな。空中艦隊は壊滅的だが、陸軍はまだまだ脅威であり、それを見て、またやる気を出されても困る。
……繰り返すが、クルフは無敵の人だ。もう戦争にはかかわらない宣言をしたが、あいつ自身が、ころっと態度を変える可能性もあるわけだ。……やっぱりぶち殺せないというのは問題だな。
「宇宙探索にでも行ってもらおうかと思ったが……まあ、戻ってこれるしなぁ、あいつ」
あいつの転移魔法に効果範囲ってものがあれば、宇宙追放は割とあり。宇宙戦艦をあげるから、アンバンサー本星の探索なんてどうかね?
「宇宙探索、ですか?」
大帝国解放軍のシェード将軍が、怪訝な顔をした。
「すまん、独り言だ」
俺は今、大帝国北方、北海にある大帝国解放軍の拠点ノルドフライターグ基地に来ていた。
真・大帝国の解放作戦のため、というやつだ。……相変わらず、寒いなここは。ウィリディス・シーパングが関係した施設で一番北にあるんだ。
シェード将軍と基地を行けば、解放軍の兵士たちが足を止めて敬礼してくる。それに応える俺とシェード。……俺はおまけだけど。
「いえ、あなたへの敬意もありますよ」
「そうなのか、将軍」
俺は、ジン・アミウールとして、大帝国民からは蛇蝎の如く嫌われているはずだが?
「ここにいる者たちにとって、殺害したいリストのトップは、ディグラートル大皇帝でしたからね」
シェードは楽しそうに言った。大帝国解放軍にいる大帝国人は、基本大皇帝に裏切られた者たちだからな。新しい大帝国に不要と烙印を押されて、特に落ち度もなかったにもかかわらず巻き添え処理にさらされた者が多い。
故郷を追い出され、殺されそうになれば、かつての皇帝をも恨みたくなるというもの。それまで敵対し、大帝国軍人殺害数トップである俺は恨まれて当然ではあるが、それ以上の殺意を裏切り大皇帝に向けたということだ。
「閣下は、我々に故郷を取り戻す力を与えてくれました」
シェードは真顔である。
「自分たちが真・大帝国の敵に認定されて、改めて大皇帝の所業を考えた時、ジン・アミウールは、あの大皇帝が攻めてきたから、それと戦っただけだと認識したのです」
「……」
「それは、閣下が我ら敗残兵に武器を供与し、大帝国解放のために実際に戦い、協力を惜しまない態度を示してくださったことで証明されたわけです」
「俺はただ、侵略者と戦っただけなんだがね」
そんな大層なものじゃないよ。
「まさにそれです。あなたは侵略者と戦っただけです。だから、解放軍に参加した大帝国人はあなたを信用した」
なるほどね。そう言われると、彼らが俺たちに向けてくる敬礼も、だいぶ好意的なものに感じてきた。
「正直、これほど頼もしいことはありませんよ。あのジン・アミウールが同じ陣営にいて、共に戦ってくれるというのは。解放軍は、真・大帝国打倒と故郷解放のために戦っていますが、圧倒的戦力差に絶望しないのは、あなたがいてくれるからです」
「大帝国でも俺は英雄扱いなのかい?」
「かなりそれに近いんじゃないですか」
全員が全員というわけではないだろうがね。やはり、俺のいた戦場で仲間や家族を失った者は、味方とはいえ個人的な恨みが消えるわけじゃないだろうし。
俺は大勢の大帝国人を消してきたが、たぶん俺が直接倒していない者の分まで、その戦場にいたというだけで恨みを買っているだろうな。有名人の辛いところだ。
ノルドフライターグ基地司令部の会議室に到着する。大帝国解放軍最高司令官という立場にあるアノルジ元帥が、俺たちを迎えた。
「ようこそ、ジン・アミウール殿。そして、相棒の黒猫殿」
元帥の視線が、黒猫姿のベルさんに向いた。……いたの?
『ついさっきな』
いつの間にか俺にくっついてきたベルさんが念話で答えた。
それはそれとして、さっそく大帝国解放軍と、真・大帝国攻略のための会議を始めよう。
・ ・ ・
「――フィーネ・グリージスが、あの大皇帝の娘だったとは知らなかった」
アノルジは、右隣の席にいるシェードを見た。
「貴様は知っていたか?」
「いいえ……」
神妙な表情のシェードである。彼はクルフ・ディグラートルの隠し子であり、今、真・大帝国宰相であるフィーネ・グリージスもまた、大皇帝の隠し子だったという。
俺はシェイプシフター諜報部が入手した情報を告げる。
「彼女自身、隠し子だったことは知らなかったようですがね。……大皇帝の残した封緘書類――実質、遺書みたいなものですが、そこで関係が明かされて、本人も驚いていた」
「フィーネ・グリージスは、才能の塊だったよ」
アノルジは、思い出すように天井を仰いだ。
「帝国アカデミーでも、彼女の卒業年ではトップの成績で、無事首席卒業。確か、アカデミーの歴代記録の中でもトップレベルじゃなかったか?」
「そう聞いています」
シェードは頷いた。淡々としているが、シェードだってその帝国アカデミーでは、席次は3位。……何か貴族が絡んで不正臭いところがあったから、多分それがなければその年度では彼も首席だったんじゃないかと思う。
「……真・大帝国になった際に、大帝国宰相に任命された、と」
「大抜擢だった。大皇帝史上、初の女性宰相。それでなくても最年少就任だった」
アノルジは目を細めた。
「才能を見込んだ結果だろうな。旧大帝国のパージで、中枢における人材が限られていたこともあるのだが。あとは、戦争の真っ只中だったから、大皇帝自身は戦争に集中したかったのだろう」
『ただ、戦争を楽しみたかっただけだろー』
ベルさんが、念話でそう突っ込んだ。内政を優秀なフィーネに任せて、自分は戦争で遊んでいたクルフ……。何も言えねぇ……。
「で、そんな優秀な彼女だが――」
アノルジは報告書を見て、眉をひそめた。
「真・大帝国のトップについた途端、いきなり暴君になったか。……なんだこれは、税率80パーセント? 大帝国民を飢え死にさせる気か?」
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