第135話、冒険者ギルドへの帰還
地下都市ダンジョンへ遠征している冒険者たちが突然、王都ギルドの談話室から現れれば、それはもう驚かれるもので、冒険者ギルド内は騒然となった。
遠征出発前に、ラスィアさんに頼んで談話室のひとつにポータルを設置しておいたわけだが……まさかこうなるとはね。
本当は何か必要なものがあった時や、重要な相談事があった時のために置いたんだけど、退却のために利用するとは思ってなかった。
状況は混乱が収まるまで少し時間がかかったようで、俺はそのあいだ、青獅子寮にポータルを使って戻り、アーリィーに帰還報告と、しばらく冒険者ギルドにいると伝えた。……が、そこで俺は面白くない話を聞かされることになった。
「父上から、ダンジョン攻略を命じられたんだ」
アーリィーは真剣な表情でそう言った。
地下都市ダンジョンの攻略――前回、王都から出陣した王国軍が、ダンジョンにたどり着く前に蹴散らされたアレの再戦ということだろう。エマン王は、アーリィーに軍を率いての再攻略を命令したらしい。
俺にとっては、不愉快な知らせだった。
まだ王国側は、ダンジョンにエンシェントドラゴンがいることを知らないが、その手前にいるグリーディ・ワーム――まあ、これは俺たちが倒したけど――に、アーリィーを挑ませて、あわよくば死んでもらおうと、国王陛下はたくらんだようだ。何でも、ここ最近の王国軍の損耗ゆえ、投入兵力は前回よりさらに少なくなるという。……勝たせる気、ないだろ。
仮にアーリィーが討伐に成功したとすれば、それはそれで王国にとってプラスだし、負けて戦死するようなことにでもなれば、堂々と王位継承権が第二位のジャルジーに移るだけである。少なくとも、王子のふりをした女の子が王位を継ぐというスキャンダルは避けられる。
誰からも王子の死を望んでいるようには見えない、完璧な作戦だ。
あの野郎……!
俺だって感情のある人間だ。目の前にエマン王がいたら、殴り殺していたかもしれん。――とは言い過ぎではあるが、それだけ不快だった。
これは是が非でもエンシェントドラゴンを討伐しなければいけない理由ができた。
その後、俺は冒険者ギルドに戻り、そのブリーフィングルーム――王都で緊急事態が発生した際、本部となる指揮を取るための部屋――にいた。
ギルド長のヴォード氏。その補佐であるラスィアさんのほか、俺、ベルさん(黒騎士)に、Aランク冒険者のレグラス、クローガがいた。Sランク1、Aランク3、Eランク1、ランクなし1がテーブルを囲んで、難しい顔をしているわけだ。
「エンシェントドラゴン……」
ヴォード氏が腕を組んでその名を呟く。探索隊のサブリーダーだったレグラスは頷いた。
「あんなのがいるなんて、まったくの予想外だった」
怜悧な顔立ちには、かすかな苛立ちが混ざる。事前の情報がほとんどない状態だったとはいえ、今回の遠征について思うところがあるようだった。
クローガは真面目な調子で言った。
「こちらの武器はまったく効かず、魔法もすべて無効化している様子でした。正直、古代竜を相手にできる戦力ではなかった」
「何から何まで、というか……俺はこいつに驚かされっぱなしなんだが」
レグラスが、俺とベルさんを見やる。
「ジン・トキトモ。お前、あの不思議な車といい、転移魔法といい、絶対Eランクじゃないだろ!」
ヴォード氏も、ギョロリと目を向けてくる。コホン、とラスィアさんが口を開いた。
「彼とベルさんは、我がギルドの秘密兵器です。今回の遠征でも、ランクを度外視しても派遣したのはそのためです」
秘密兵器、ね。俺は苦笑する。フォローはしてくれるわけだ、いちおう。ヒュー、とクローガが口笛を吹いた。
「なるほど。確かに、彼がいなければ我々は未だ地下都市ダンジョンで、下手したら全滅していた。古代竜の情報も持ち帰ることができたし、あと地図も――」
クローガが苦笑いを浮かべた。
「いやほんと、ジン君。凄いな。俺たちもマッピングはしてたんだけど、こんな綺麗な地図まで作ってくれちゃって」
机の上に広げられているのは、地下都市ダンジョンの全景。さすがにエンシェントドラゴンがいた城内や、廃墟の町の内部はないが、空洞内の配置や様子はわかる地図である。
……言うまでもなく、DCロッド作成の地図だ。
「現状を整理しよう」
ヴォード氏が、小さく息をついた。
「地下都市ダンジョンには、古代竜がいて、さらにオークやゴブリンの軍勢がいる――」
「そしてこちらの状態としては――」
ラスィアさんが後を引き取った。
「探索隊は10名死亡、一名が深手を負い、なお生還した冒険者の中にも精神的に疲弊している者が若干名います。再度の討伐任務に耐えられる者は、前回の半分もいれば御の字、といったところでしょうか」
「こちらの攻撃が効かないことには話にならん」
レグラスが唸るように言った。
「攻撃魔法が無効化される以上は、魔法使いはエンシェントドラゴン相手に使えん。かといって打撃に関しても、奴の巨体と頑強な鱗を前に表面に傷しかつけられない。……対ドラゴン用の武器が必要だ」
黒髪の騎士風冒険者がヴォード氏を見れば、巨漢のギルドマスターは頷いた。
「では、おれが行くしかないだろうな」
44歳のへビィナイト。竜殺しの称号を持つSランク冒険者であるヴォード氏は自信を漲らせて言った。ただそれだけなのに、周囲に与える頼もしさは半端ない。
レグラスは皮肉げに口もとを歪める。
「大丈夫ですかい、ヴォードの旦那。最近、ギルドにこもっていて運動不足じゃないんですか?」
「まあ、多少はな。が、剣を振ることについては鍛錬は欠かしておらんよ」
長期の遠征の後の戦闘は難あり、と言ったところか? 俺は顎に手を当てて様子を見やる。
クローガが笑った。
「ジン君の転移魔法陣があるから、ドラゴンとは万全の状態で戦えますよ。……そうだろ、ジン君?」
「ええ、ポータルを置いてありますから、すぐにボス――古代竜と戦えます」
「ポータル、ねぇ」
ヴォード氏は何かいいたげに目を細めた。
「つまるところ、こちらは準備を万全に整えれば、わざわざ現地まで馬車に揺られることも、邪魔なオークどもと戦わずに済むというわけだな」
まあそうなるな。俺は頷けば、ラスィアさんが一同を見回した。
「その点が、こちらにとっての強みですね。初めから全力で古代竜に集中できる」
「だが、こちらの武器が、ヴォードさんの大剣だけではな」
レグラスが自身の黒髪をなでつけながら嘆息した。
「ラスィアさん、このギルドに、対ドラゴン用の装備とかってあります?」
「ドラゴンといっても、下級の……例えばフロストドラゴンの素材から作られた武具は数点ありますが――」
ラスィアさんは、ちら、と俺を見た。ミスリル採掘の際、十数体を血祭りに上げた俺とベルさんである。それらの素材は冒険者ギルドに買い取ってもらっているので、それを加工した武具も作られているのだ。
「正直、下級ドラゴンの武器では、対竜装備としては不足かと」
「霜竜じゃ、トカゲの延長だしなぁ」
レグラスはクローガと顔を見合わせた。
「おい、ジン」
ベルさんが俺に視線を寄越した。
「黒竜の大剣を貸してくれ」
あぁ、ベルさん、やる気なのね。
英雄時代に俺とベルさんで討伐した上位ドラゴンこと、ブラックドラゴンの爪を削りだして作り出した大剣――通称、黒竜の大剣である。
俺は革のカバンから取り出したそれを、ベルさんの前、机の上に置いてやる。当然ながら、周囲の目はその黒い刀身を持つ大剣に集まる。
「これは……?」
ラスィアさんが戸惑う中、ベルさんが大剣の柄を握り込む。
「以前、倒したドラゴンの爪から作った武器だ。ドラゴンの鱗を裂くのは、同じドラゴンの爪や牙だからな」
ドラゴンスレイヤー!
レグラスとクローガもビックリしてしまう。俺はさらにストレージを漁る。
「対ドラゴン用の武器が欲しいのなら、貸してもいい」
青獅子寮でのやりとりが脳裏にあって、少々ご機嫌斜めの俺は、机の上にドラゴン素材の武具を並べるのだった。




