第131話、オーク軍の住処
洞窟入り口から、およそ三十メートルほど入ったところで、広大な空間に出た。……果たして東京ドーム何個分かね、などと思うくらい、大きな空洞。いたるところに魔石が露出していて、魔力を帯びて光っているのか、薄暗くはあるが真っ暗ではない。
正面には細長い橋のような道が延びていて、それがおよそ百メートルくらいか。その先が小山になっていて、岩肌に沿って下へと向かう細い道がある。
入り口付近にかかる橋以外は断崖となっていて、他に下へ降りる道はないようだ。地下都市ダンジョンとはよく言ったもので、下の階層にはごつごつした岩地と、廃墟のような岩の町並みがあった。……ちょっと暗くて、細部は見えないが、奥にあるのは城かな?
背後で、靴の音が反響した。
「お師匠」
ユナが様子を見に来た。俺は黙って、上から見渡せる地下都市と称される廃墟を指差した。
と、遠くで雷鳴――いや、竜の咆哮じみた声が聞こえた。ユナがピタリと足を止めた。
「今の声……」
「ドラゴンがいるか……?」
俺は革のカバンから多目的眼鏡をとると、かけて確かめる。熱分布――いやー、豆粒みたいに小さいけど、動いているのがたくさんいるー! 魔獣、いやシルエットからすると亜人系か。たぶんゴブリンとかオークだろう。
ざっと見渡したところでは、特に竜らしき大型種は確認できない。眼鏡のモードを魔力サーチに切り替えて見てみる。
全体的に、魔力を現すオーラのようなものが霞がかっているように見えるのは、ここが魔力が豊富な場所であることを示している。魔力の吹き溜まり的なものかもしれない。そういう場所は魔石が豊富で……魔獣も多く、ダンジョンコアなどがあれば、さぞ立派に成長しているだろう。それこそ、万を超える魔獣を吐き出す程度には。
特に魔力が濃いのは、城のように見える奥の建物。そこが特に濃厚だ。ダンジョンコアがあるなら、あそこだろうか。
さてさて、じゃ、こっちもマッピングをしておくか。シャッハたち探索隊でもやっているだろうが、こっちでもやれることはやっておこう。
ダンジョンをスキャンしようと、俺はDCロッドを取り出す。ギルドの受付嬢のトゥルペさんや、ドワーフの鍛冶師マルテロ氏から褒められたチートな地図を作成である。
ぶっちゃけ、あんな大仰な探索隊など編成しなくても、地図くらいなら俺とベルさん送り込むだけで済んでいたと思う。まあ、俺の能力を知っている人間は限られているから、探索隊編成なんてなったんだろうけど。
ひょっとしたら、俺がここに送り込まれたのも、冒険者の探索が失敗した時のための保険だったりしてな。
DCロッドを設置、魔力走査開始。
ああ、それと実際に『目』でも見ておくか。俺はダンジョンコアの魔力を使って、飛行型の魔法生物を具現化させる。
見た目は単眼の化け物である。いわゆる、フローティング・アイというやつだ。魔力が豊富な空間だから、翼がなくても飛行に問題ないだろう。
それらを五つほど召喚して、索敵に向かわせる。うちひとつは探索隊の様子を遠くから観察する。何かトラブったら面倒だからね。
ダンジョン入り口付近で、時間を潰していると、ベルさんが帰ってきた。
「よう、どんな按配だい?」
「まあ、見てのとおり、時間を持て余しているよ」
DCロッドの索敵が終わり、表示されるホログラフ状のマップを転写しているところである。
「一部、索敵できなかった場所がある。おそらくダンジョンコアがあって、稼動しているんだろう。目玉を飛ばして確認させている。ちなみにシャッハたちは順調に奥へ進んでいるよ」
道中のオークやリザードマン、ゴブリンなどは、高ランク冒険者たちにとっては足止め程度にしかならない。王都に押し寄せた大集団にはオークジェネラルという指揮官クラスがいたが……まあ、Aランク冒険者なら後れはとらないだろう。
アイ・ボールによる目で確認したところ、廃墟の町並みは粗末な石造りの建物ばかり。それも洞穴よりマシという程度の、あまり住み心地がよさそうなものには見えなかった。町の中を走る中央の道は、馬車や大型魔獣が通れるように広く取られていて、奥にある城のような場所まで真っ直ぐ延びていた。
シャッハら探索隊も、小細工は不要とばかりに中央を進んでいる。そこそこオークらはいるのだが、先日ダンジョンスタンピードで万単位を吐き出した後だけあって、少数ながら精鋭の探索隊を圧倒できずにいる。
……うん?
何かひっかかる。何だろう。俺は考える。確か、王都から派遣された軍は、例のグリーディ・ワームに襲われたが、他に『オーク軍』の待ち伏せを食らったという話ではなかったか?
オーク軍……? 軍というからには、それなりの数がいたと考えるのが普通だ。いま感知している分をあわせると、軍というには少々物足りない。
ひょっとして出払っている? あるいは、まだこちらが掴んでいないだけで――
俺は地下都市空洞の全体地図をとると地形を確認する。多目的眼鏡で視認できる範囲には見当たらなかったから、どこか影になっている部分、あるいは大きな穴になっている部分とかあれば――あった!
空洞の西側に大きな穴が開いている。まるで地面を掘り進めたような地形は、鉱山を思わせる。……ひょっとして、オーク軍の武器とか防具の素材を採掘している場所とか?
アイ・ボールのひとつがちょうど西側最深近くを飛んでいた。すぐに確認のために向かわせる。
単眼の見渡す景色を、俺が直接覗き込めば、薄暗いはずの空洞内で赤々とした明かりが漏れているのが見えてきた。
溶岩が流れている。そして足場が組まれたそこには、無数のオークやゴブリンがいて採掘や金属加工を行っていた。……連中、武器を作ってやがる。また数を揃えて戦争でもしに行くつもりなのかね。このダンジョンやばいな。
俺の背後で、ブーツの音がした。見ればエルフの槍使い、シルケーがこちらへと走ってくるところだった。
「ジン・トキトモ、大変だ!」
エルフが切羽詰った調子で言うので、只事ではないのを俺たちは察する。
「何があったんです?」
「外にオークの軍勢だ! 連中、ここに戻ってきたんだ。早くここを離れないと、逃げ場を失うぞ!」
軍勢。
どうやら、王国軍を撃退したオークの軍は実際にいて、しかもちょうど俺たちはそれが出払っている時に、ここに入り込んでいたらしい。そしてそれがお戻りになられた、と。
タイミングとしては最悪だろうな。
今すぐ、この地下都市ダンジョンを離れれば逃げられるかもだが、あいにくと探索隊が奥へと進んでいる。それと連絡をつけて呼び戻している間に、おそらく退路は断たれてしまうだろう。
シルケーが軍勢といったからには、残っている数名でどうにかできる数ではないと思われる。光の掃射魔法でも使えば、話は別だろうが……他の冒険者たちの前では使いたくないんだよねぇ。
まあ、そうは言ってられないかもだけど。
俺は頷くと、DCロッドをストレージに戻し、皆を連れて洞窟の外へと足を向けた。
槍使いのリューグが、戻ってきた俺たちに気づく。
「やばいことになったぞ。五百から千はいそうだ」
砂の平原に軍隊の姿があった。例のオークの軍勢だろう。はてさて、どこへ行っていたんだこいつらは?
少なくとも、連中がここに到着するまで数時間はあるだろうか。――OK、それならこっちも早々に立ち去るさ。
俺は魔法車の運転席側のドアを開けると乗り込んだ。




