第1297話、激突! イムパラハト VS パラディソス
真ディグラートル大帝国第一艦隊は、もはや見える範囲にいる程度にまですり減ったスティグメ帝国総旗艦と護衛艦隊の前に立ち塞がった。
大帝国総旗艦『イムパラハト』の司令艦橋。皇帝玉座に腰掛けるクルフ・ディグラートルは、吸血鬼帝国の総旗艦『パラディソス』を睨む。
「我が帝都から何故世界樹の種子を奪ったのかは解せんが、貴様の企みもここまでだ」
帝都からの転移で、おそらく強奪した吸血鬼部隊よりも先に、『パラディソス』のもとへ到着できたと思われる。
アンバンサーも気がかりだが、スティグメの息の根はここで刺さねばならない。
戦術モニターを見やる。
第一艦隊後方に、先日、再編成された第三艦隊がついている。世界樹を巡るスティグメ帝国との戦いで、シーパング同盟に全滅させられたこの艦隊も、新たな艦艇の補充がされて新生第三艦隊として戦場にいた。
「第三艦隊は、後方から来るアンバンサー艦隊を迎撃せよ。第一艦隊はアンバンサー艦、スティグメ帝国の残存艦艇ならびに、シーパング同盟艦隊を牽制。敵総旗艦は『イムパラハト』で叩く!」
皇帝旗艦である『イムパラハト』は機関を唸らせる。全長712メートルの巨艦は、結界水晶防御を展開しつつ、『パラディソス』へと突き進む。
周囲の艦艇は、一撃離脱とばかりに飛び込んでくるアンバンサー艦に猛烈な砲撃を加えて、皇帝旗艦へ近づけさせない。
大帝国最強の精鋭、第一艦隊は、アンバンサー艦はもちろん、スティグメ帝国総旗艦から吐き出される艦艇も次々に撃破した。
これに対して、スティグメ帝国総旗艦『パラディソス』では――
「笑止。クルフ、あなたもこの『パラディソス』には傷ひとつ付けられないのはわかっているんでしょう?」
司令塔の中、魔眼鏡の映し出す映像を見やり、スティグメ皇帝は相好を崩す。
ブァイナ超装甲を前にしては、如何な攻撃も通らない。結界水晶防御を抜けてくる、アポリト文明の装甲材を用いた物体でも、『パラディソス』には効きはしないのだ。
「いいわ、クルフ、勝負してあげる!」
スティグメは手を前へ突き出した。
「『パラディソス』、針路このまま。皇帝旗艦を踏み潰す!」
結界水晶防御は、この『パラディソス』は通過できる。そのまま皇帝旗艦『イムパラハト』に正面から衝突してやれば、ブァイナ装甲で守られたこちらはほぼ無傷で、敵旗艦だけを押し潰し、破壊できる!
『パラディソス』は全長2300メートルもの超々大型戦艦。『イムパラハト』の3倍以上の巨体だ。堅牢さと質量差で粉砕してくれる!
皇帝旗艦と総旗艦が、速度を上げて正面から向かい合う。まるで馬に乗った騎士が決闘するが如く、双方正面から近づいていく。
「よろしいのですか、陛下」
ハルが珍しく難色を示すような表情を浮かべた。
「旗艦同士で対峙するのは――」
「見ていなさい、ハル。忌々しいクルフの鼻っ面を、ご自慢の皇帝旗艦諸共へし折ってやるわ!」
スティグメ皇帝は妖艶な笑みを浮かべる。勝利を確信したそれ。その間にも、皇帝旗艦『イムパラハト』は、グングン迫っている。
激突必死の直進。騎士同士が己のプライドを賭けて、ギリギリまで度胸試しをするかのように。
――このままぶつかっても、私の勝ちよ、クルフ!
皇帝の目は爛々と輝いていた。そして――
『敵旗艦、上昇!』
「今さら逃げようとしても遅い!」
その船底に突っ込んで真っ二つにしてやる――そう声に出そうとした瞬間、『パラディソス』に衝撃が走った。
ギシギシと耳障りな轟音が響き、全長2300メートルの超巨艦が地震のように揺さぶられた。
これは相手を踏み潰したなんてものではない。こちらの艦体が裂けたか、あるいは突き刺さった。
司令塔の吸血鬼クルーが投げ出されるほどの大震動は収まった。しかし『パラディソス』艦内に衝突警報が鳴り響いている。ハル長官が叫んだ。
「報告せよ!」
『敵旗艦、「パラディソス」上部艦橋基部に衝突! アルファ、ベータ砲塔全損、使用不能!』
「何ですって!?」
スティグメ皇帝は耳を疑った。魔眼鏡が復旧する。大皇帝座乗の敵旗艦が、『パラディソス』の上甲板をめくり、槍のように突き刺さっていた。ブァイナ装甲で守られた超大型主砲を二つ踏み潰して。あり得なかった。
「敵皇帝旗艦もまた、ブァイナ装甲で船体が作られていたようですね」
ハル長官は淡々と言った。
一瞬、スティグメ皇帝は頭にカッと血が上った。何故、その可能性を失念していたのか。
いくら貴重で、生成にも莫大な魔力を必要とするブァイナ装甲でも、皇帝を守る旗艦ならば、それを使用していて当然だということに。
自分も『パラディソス』にはそうした。クルフも同じように自分の旗艦にブァイナ装甲を使ってもおかしくはない。彼もまた、アポリト文明の生き残りなのだから。
「敵は、白兵戦を仕掛けてきます」
ハルが事務的に言った。スティグメは苛立ちも露わに玉座に座り直す。
「十二騎士を出しなさい。大帝国の屑どもを、ひとり残らず駆除するのよ!」
・ ・ ・
「おう、クルフの奴、やりやがったな!」
俺は戦艦『バルムンク』から、大帝国総旗艦が、スティグメ帝国総旗艦への突撃を成功させる一部始終を目撃した。
衝突する寸前、あいつ、皇帝旗艦を転移させやがった。艦首同士でぶつかるのではなく、吸血鬼総旗艦の上甲板に突っ込めるように、『イムパラハト』をわずかに上昇させた直後の転移だ。
以前、俺がアーリィーやヴァリサに、あの総旗艦をどう落とすかと話した時の通り、クルフ・ディグラートルは直接乗り込む案を採用したわけだ。
まあ、そうだろうよ。おたくはそれを部下にやらせて、一度失敗してる。だから今度は皇帝旗艦で直接乗り込んだんだろうよ。
だが、今回は俺たちも手伝ってやる。
「『レーヴァテイン』、ベルさん、聞こえるかい?」
『ああ、見てたぜ。こっちも仕掛けるか?』
ホログラフィックのベルさんが返した。俺は頷く。
「仕掛ける! スティグメ帝国総旗艦へ、上陸作戦を開始する!」
これより『バルムンク』とレーヴァテイン艦隊は、スティグメ帝国総旗艦『パラディソス』への強行上陸を敢行する。
総旗艦を盾にアンバンサー大要塞に近づく? そうとも。だが、その総旗艦が吸血鬼の物のままなんて、俺は一言も言っていないんだよなぁ。
制圧してやる!
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