第11話、全力全開でぶっ飛ばした結果
昨晩、ベルさんが、反乱軍の追手を喰い散らかした。
追手と聞いて、アーリィーは青い顔をしていたが、俺はまったく心配していなかった。
何せベルさんは魔王の一人だからね。二年前に不覚をとって大帝国にとっ捕まっていたけど、本当は激ツヨだからね。
そんな彼と契約できた俺はきっと特別な存在に違いない……と、寝ぼけついでの冗談は置いておいて。
追手が全滅したのであれば、しばらく他の追手はつかないだろう。
そもそも魔獣ばかりうろついている大森林。そこをわざわざ入ってきたのは、それなりに実力のある連中だと思われる。
アーリィーの言うところ、反乱軍は、難民と傭兵と兵隊崩れの寄せ集めらしい。……それに負けた正規軍というのはどうなんだろうと思うが、替え玉アーリィーを責めるのはお門違いだろう。実際、昨日、反乱陣地内を見たところ、彼女の言うような感じだったから、魔獣の森へ入ってこられる精鋭はそうそういないだろうと俺は思う。
こっちは出てくる魔獣を警戒しつつ、森を横断し、王都側へ出ればいい。
ボスケ大森林地帯の道中は順調そのものだった。時々挑んでくる実力差もわからない馬鹿な魔獣を返り討ちにしながら、特に問題なく踏破していく。
半日かけて、夕方前。空はどんよりと曇っていたが、俺たちは無事に王都側へ通じる森の端に到達した。……着いたのだが。
俺たちの見つめる平原の先に、反乱軍の軍勢が進撃していた。遠くから見ると黒アリの大群の如くひしめいて見えるそれは、ざっと軽く千を超えている。
「そんな……」
アーリィーがその場で膝をついた。少女の顔に浮かぶのは絶望の色。
「反乱軍が、王都の方向へ進んでる」
主力部隊はヴェリラルド王国王都目指して進んでいると思われる。ベルさんは、黒豹の姿でアーリィーのそばに行った。
「王都にも防衛部隊はいるだろう?」
「いるにはいるけど、今回の討伐軍にかなりの兵を割いたから……いま王都にいる兵は多くないよ」
その討伐軍は、反乱軍に敗れて逃走した。
「それに反乱軍には強力な魔法使いがいるんだ。もし、城壁を破られたら……」
アーリィーががっくりと肩を落とす。
「王都が反乱軍兵士に蹂躙されてしまう……!」
俺とベルさんは顔を見合わせた。
先日、反乱軍陣地内に忍び込んだときのことを思い出す。……王都で略奪だの、貴族の屋敷を襲ってどうこうだの、若い娘を犯すだの、反乱軍の連中は物騒なことばかり口にしていたような……。
それでなくとも、攻められた場所というのは、往々にして破壊と殺戮、略奪に暴行と凄惨きわまることになるのだ。
「そいつは困るなぁ」
連合国や大帝国から離れたこの西の国で、のんびり過ごそうかと思っているのだ。せっかく来たのに、治安が乱れに乱れるのは勘弁願いたい
「なあ、アーリィー、ひとつ聞くが、あの反乱軍って何で反乱起こしたんだ?」
「え……」
アーリィーが顔を上げる。一瞬、何を聞かれたのかわからないという顔をした。彼女はすぐに首を横に振った。
「それは……ボクにはわからない。というか、討伐軍にいた将軍や騎士たちも知らないようだった」
「なんで反乱を起こしたかわからない、だと?」
ベルさんが胡散臭げに言った。そんなことありえるのか、という顔。……いや、ベルさん、あるじゃないか。こういう何故かわからないけど起きた反乱っていうのは。
「他国の介入だな」
「……大帝国か?」
俺の言葉に、ベルさんも悟ったようだった。
「ああ、連中の常套手段だな」
苦虫を噛み潰す。先ほど、大帝国から離れた国で、と言ったが、その認識は改めないといけないかもしれない。くそ、忌々しい。
「適当に当地の人間を煽り、ごろつきどもをけしかけて騒動を起こす。そこに大義はなく、ただ騒動を起こし、国を荒れさせるのが目的だから、王国側も何故反乱がおきたのかさっぱりわからない」
「どういうこと……?」
「つまり、端から話し合いをする気がないってことだよ、嬢ちゃん」
ベルさんは鼻を鳴らした。
「破壊と混乱、それが目的なのさ」
「そういうことなら――」
俺は革のバッグストレージからDCロッドを取り出す。
「あれを一掃してしまっても構わないだろう」
大義もなく、これから盗みに殺しに強姦しに行こうって連中に遠慮はいらない。婦女子が災厄に見舞われるのを見過ごすことはできない。そいつは俺の主義に反する。
DCロッドを両手で持ち、その赤い巨大魔石の先を、平原を横断する反乱軍集団へと向ける。
「まあ、ぶっちゃけ、やるしかないって言うか。他に手がないんだよね。……DCロッドの魔力とあわせてぶっ放す。俺がへばったら、その時は護衛よろしく、ベルさん」
「わーったよ」
ベルさんは頷くと、アーリィーに「危ないからこっちへ来な、嬢ちゃん」と声をかける。
「えっと、いったい何をしようって言うの?」
「あぁ、これからジンが、反乱軍を吹き飛ばす」
「吹き飛ばす!?」
アーリィーは目を見開いた。
「ど、どうやって? だって向こうは大軍なんだよ! ジンがって、一人で何ができるって言うの!?」
「見てればわかるよ」
ベルさんはその場で座り込んだ。すっかり観戦を決め込んでいるのだ。
そのあいだ、俺は精神を集中していた。頭の中でこれから使う魔法のイメージを脳裏に思い描く。
ベルさんとの契約で得た魔法を、俺の脳内イメージを加えることで、大抵のことが可能な俺の魔法。いちおう『想像魔法』って名づけてみたが、まあネーミングのセンス云々はこの際どうでもいい。
ちょっと魔力の消費が激しいのが玉に瑕だが、人並み外れた俺の魔力容量があればこそ、この二年で英雄と呼ばれ、同時に危険すぎるからと排除されそうになった。
真の力、その一端をお見せしよう。全力全開……は、俺の魔力容量が最大に届いていないので無理だが、不足分はダンジョンコアを加工したDCロッドの魔力で補う。
杖が光り輝く。大気や森の魔力がダンジョンコアに収束する。俺の魔力を流し込んで、あとは放つだけだ。
せき止めたダムを解放し、怒濤の如く流れる水のように――! 魔力充電完了!
「行けっ!」
バニシング・レイ――! 次の瞬間、光が溢れた。
眩いばかりの青白い閃光。そして凄まじく太い光の束が反乱軍へと伸びる。それはさながら土石流の如く、暴れる膨大な光は、そこにいた人間たちをあっという間に飲み込んだ。
彼らは悲鳴を上げる間すら、刹那だっただろう。光は反乱軍兵をたちどころに蒸発させ、塵一つ残さず、草原もろともその軍勢を跡形なく吹き飛ばした。
光が消えた時、反乱軍の姿は影も形もない。
俺は凄まじい脱力感に苛まれる。一千以上の兵を一掃する大魔法を使って代償が何もないはずもなく、俺はその場に大の字になって倒れ込んだ。
ヤバいヤバい、もう空ッ欠だ。ほとんど魔力残ってないぞ、この野郎。……気持ち悪い。立ちくらみ、吐き気。魔力欠乏症状。
「……あ、ジン!」
アーリィーの慌てた声が聞こえた。曇り空を見上げたまま動けない俺の視界に、金髪ヒスイ色の目の、王子の替え玉少女の顔が入った。本気で心配そうなその表情。……うん、まるで天使だな、君は。
「だ、大丈夫なの、ジン!?」
「これが大丈夫なように見えるか……?」
笑みを貼り付けようとするが、引きつったものしか浮かばない。マジックポーションで少しでも魔力の補充を……いや、待て。目の前にとびきりの美少女がいるじゃないか。
俺はおっくうだが手を伸ばし、アーリィーの頭の後ろにその手を回した。
「ごめん、アーリィー。ちょっと魔力、分けてくれ」
「へ?」
驚くアーリィー。だがそれ以上言わせず顔を引き寄せた。
・ ・ ・
いくら魔力を一挙喪失した反動とはいえ、後から思えば、もう少しタイミングというか、情緒ってものを気にすべきだったかもしれない。
相手との接触で魔力を受け取る――乱暴な言い方をすれば奪って自分のものにする。ベルさんとの契約で得た能力のひとつだ。
基本的に、相手の身体に触れれば魔力を得ることができるが、ただ触っているだけでは微々たるもので、短い間に多くの魔力をいただくなら、より強い接触が望ましい。
起き上がって胡坐をかくと、俺は息を吸い、そしてゆっくりと息をついた。吸い込んだ酸素が血液に乗って、温かな魔力が全身を駆け巡る。深呼吸。
アーリィーが顔を真っ赤にして座り込んでいた。何か言おうとして、しかし言葉が出ないのか、なにやら呻いている。……そりゃそうだよな。いきなりだもんな。
俺は自分の髪をかいた。
「……いきなり悪かった。ちょっと魔力をもらおうと」
正直に、失った魔力を補充するために接吻したことを告げた。よくよく考えれば、女の子相手にその言い分は酷いかもしれないが、決して下心があったわけではないのだけはわかってほしい。
「……むー!」
そんな恨みがましい目で見ないでくれ。相変わらず顔を赤らめたままのアーリィー。
「ひょっとして初めてだった、とか……?」
「! ……むーっ!」
そうなのか。俺はますます申し訳ない気持ちになった。
「そうか、まあ、王子の替え玉だから、男を演じなければいけない以上、そういうキスとか――」
「むー!」
「――できないもんな」
「おい、ジンよ。これ以上は墓穴掘る羽目になるかもだから言っておくけどな」
ベルさんが、俺の傍らにやってきた。
「アーリィー嬢ちゃん、替え玉じゃなくて、本物の王子だぞ」
「は?」
「!?」
俺とアーリィーは同時に驚いた。いや、ちょっと待ってベルさん。
「この子、女だぞ!?」
「あぁ、正真正銘、女だよ。だけどな、間違いなくこの国の王子様だ」
はあぁ!? 俺は素っ頓狂な声を上げる羽目になった。
2019/01/01 改稿&スライドしました。




