第1270話、積荷の正体
ヴェリラルド王国第2艦隊、旗艦『デューク・ジャルジー』。
その司令艦橋で、ジャルジーはじっと腕を組んで座っていた。結婚間近だったエクリーンの身が危なかったとあって、内心穏やかでいられるはずもなかった。
ともすれば怒鳴りたくなる衝動を必死に抑えていた。それだけ憤怒の感情もまた強い。
「閣下、バルムンク魔人機大隊より、結界水晶を強制解除した敵艦をマーキングしたデータが送られてきました」
「ようし! 主砲! プラズマカノン! 結界を失った敵艦を集中砲撃! そのケツを吹っ飛ばしてやれっ!」
号令は勇ましく、そしてクロディスや北方出身者たちの戦意を高揚させた。大切な人がクロディスにいたのはジャルジーだけではないのだ。
大帝国の引き起こそうとした攻撃を阻止したことで、身内や大切な人が救われた者もまた多かった。
友軍魔人機の攻撃で、落伍しつつある大帝国艦艇。それらに向かって第2艦隊戦艦群は、その圧倒的火力をぶつけた。
「撃てぇーっ!」
「てぇっ!」
キング・エマン級、大和級の45.7センチプラズマカノンが、大帝国艦に鉄槌を振り下ろす。
ひしゃげ、爆沈する敵戦艦やクルーザー。
紀伊級が40.6センチプラズマカノンを立て続けに撃っては、狙われた敵艦は、瞬間的に乱打を受けるサンドバッグのように吹っ飛び、次の瞬間には四散した。
ヴェリラルド王国内に入り込む真・大帝国艦の数が時間と共に減り、その減少速度も急激に上がった。
結界水晶防御によって手間取っていたそれも、なくなってしまえば脆いものだ。
エマン王の第1艦隊も砲撃に加わり、大帝国第十艦隊の被害はなおも拡大する。艦隊同士の戦いにおいては、もはや一方的なものになりつつあるが、大帝国艦隊は、なおも王国内進撃を諦めなかった。
・ ・ ・
「出撃時に輸送艦がいなかっただと……?」
俺はタイラントSのコクピットで眉をひそめた。
戦艦『バルムンク』経由で、シェイプシフター諜報部に敵輸送艦の情報を求めたら、ここにきて新たな謎が生まれたわけだ。
「じゃあ、俺の目に見えている敵輸送艦はいったい何だ?」
真・大帝国の残存艦隊の中にもしっかり、大型輸送艦の姿がある。えっと、残っているのは6隻か?
『偵察機の観測情報では敵輸送艦は11隻いた』
ディー・ファイブがデータを検証する。
『5隻はすでに撃沈している。……どうする? 撃沈した輸送艦の積荷調査をさせるか?』
「調べさせろ。嫌な予感がする」
戦闘中ではあるが、敵がどうにも手の込んだことをしているのが気になる。出撃時にいなかった輸送艦がしれっと、途中に合流を果たしていて、さらにその積荷が不明ときたもんだ。
もう5隻が沈んだというが、じゃあ残り6隻の輸送艦をがっちりガードしている敵艦隊は何なのか?
絶対何かある。あの輸送艦を、残存艦で守らなければならない理由が。それが何なのかはわからないが、積荷が関係しているに違いない。
「とりあえず、探ってみるか」
Tドライブで、転移加速。タイラントSは瞬間移動を繰り返しながら、敵艦隊へと切り込む。輸送艦への攻撃から守ろうと後衛に配置されたクルーザーや駆逐艦を回避して――
「ちっ、空母か」
すれ違いざまに、一撃を撃ち込んで、通信・索敵、そして結界水晶付きマストを破壊しておく。この雑な配置。ますます輸送艦のほうが大事って感じだ。ふつう、守りを固めるなら空母のほうだろう。
「ああやって、こちらの攻撃の手を優先標的である空母に誘引しようとしてるんだな」
空母と輸送艦、どちらを叩くかとなった時、作戦で指示されない限り、まずは空母を叩くのがセオリーだ。艦載機の運用基地である空母の喪失は、制空権にも直結するから。
空母を囮にしてでも、送り届けたい積荷って何だよ、クルフよ。
後衛は、俺の後についてきているシャドウバンガードに任せるとして、だ。
輸送艦の後ろを航行しているサヴィル級戦艦の後部主砲が火を吹いた。タイラントSはTドライブで転移。
……そんな大砲を使ってでも、俺を止めたいのか!
敵シュトラム戦闘機が向かってくる。でも、もう遅い。転移で、移動。大型輸送艦の甲板に転移、着地!
全長250メートル、幅200メートルほどの大型輸送艦、そのうちの1隻の上にタイラントSは乗っている。この位置なら、周りの護衛艦は誤射を恐れて攻撃できない。
シェイプシフター諜報部で、このタイプの輸送艦の構造図は判明している。その前部倉庫にプラズマブレードライフルの刃で切断!
『主殿! 対空砲が――』
ディー・ファイブの警告。輸送艦も一応、少数ながら自衛用の対空機銃を装備している。タイラントSの30ミリ機関砲で、すかさず蜂の巣にしてやる。機銃座は黙ってろ。
倉庫区画の天井を切断。その隙間をタイラントSの手で広げてみる。中には――魔人機より一回り大きなサイズのドラム缶のような円柱がぎっしり並べられていた。
「なんだこりゃ……」
毒ガスか? それとも何かヤバイ生体兵器とか?
「カルカトリクス……P-1?」
円柱に書かれた文字。ディー・ファイブにさっそく検索させる。すぐに結果が出た。
『ヒット。大帝国魔法軍の研究している環境破壊兵器だ。カルカトリクス――コカトリスP1は、闇属性の特殊植物で、周囲の魔力を吸収して増殖。瘴気を拡散し、周囲の環境を汚染する――』
「詳細はいい。が、とりあえずヤベぇもんだってことはわかった」
環境破壊兵器とか、また厄介なものを……。これ、下手に攻撃して大丈夫なんだろうか。魔力を吸収って言っていたけど、魔法とかだと効かないとかあるのか……?
詳しく検証したいが、周りは敵だらけで、あまりのんびりしていると、輸送艦を傷つけない範囲で敵が攻撃してくるかもしれない。というか、してくるだろう。
あと、この積荷をどこまで運ぶかもわからない。案外、王国内だったらどこでもいいというなら、次の瞬間でもこれを艦外へ放り出す可能性だってあるのだ。
「理想は都市とか王都に、なんだろうが、そうはさせん」
俺は通信機のチャンネルをいじる。
「ディー・ファイブ、この映像とカルカトリクスのデータを『バルムンク』に転送しろ」
『了解』
「『バルムンク』へ。敵輸送艦に環境破壊兵器が積まれている。輸送艦は攻撃するな! この厄介なお荷物を大帝国に突き返す。輸送艦をロック、転移魔法で飛ばせ。……頼むぜ分身君」
『こちら「バルムンク」、了解』
通信機から、『バルムンク』の艦長席にいる俺の分身の声が届いた。俺は転移に巻き込まれないようにタイラントSを輸送艦から離れさせた。
さっそく周囲からプラズマ弾や機銃弾が飛んできたが、Tドライブ転移で離脱。そして、敵輸送艦6隻が、次の瞬間、視界からきれいさっぱり消えた。
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