第1256話、イディ・オターロ王
セイスシルワ国は、連合国の中でウーラムゴリサ王国と並んでもっとも東にある国だ。その南方は広く海に面している。
これまでは西からディグラートル大帝国が攻めてきていたため、東の端であるセイスシルワは戦場になることはなかった。
本土を巻き込んだ戦闘は、先日、吸血鬼――スティグメ帝国が突如攻撃してきた時くらいなものである。
だが、またしても突然現れた真・ディグラートル大帝国によって、国は危機に瀕していた。
「逃げろ! 逃げるのじゃ! 大帝国がやってくる!」
セイスシルワ国、イディ・オターロ王は、空中戦艦『ブリリャル』の艦橋で叫んだ。
「シーパングは!? シーパングの救助はまだか!?」
その問いかけに、外務担当のガーリオ大臣が報告した。
「はっ、最新の報告では、シーパングの航空艦隊が王都に迫る大帝国軍を攻撃中とのこと」
「王都! 余のいない王都になど行かずともよいものを。早く余のもとに護衛の艦隊を寄越すのじゃ!」
――いや、寄越せと言われても……。
ガーリオ大臣は閉口する。
王都から王族は逃げ出した。真・大帝国が攻めてきて、国内に作っていた拠点を叩かれたと聞いたら、この逃げ足である。
シーパング同盟は、セイスシルワの要請に答えて軍を派遣してくれた。避難民が南方へ退避できるように、真・大帝国に痛打を与えている。
前線から一番離れたところにいるのに、護衛の艦隊も糞もないだろうに――ガーリオ大臣は苦虫を噛み潰したような顔になるのだ。
「艦長、魔力レーダーに反応。前方より艦隊、高速接近中です」
「敵か?」
ブリリャルのボラル艦長が言えば、それを聞いていたオターロ王はヒッ、と首をすくめた。
「いいえ、識別信号を確認。シーパング艦隊です」
「おお、シーパングか」
「ようやく来たか! 遅いわ」
急に胸を張るオターロ王。これにはガーリオ大臣は、同僚たちと顔を見合わせる。
「すぐに、我が旗艦の護衛を要請するのじゃ! 大帝国が現れぬうちに」
「……通信士――」
ボラル艦長は一瞬、オターロ王を見つめたが、何も言わず通信士に王の命令を伝えた。
――これはよろしくない雰囲気だ。
ガーリオ大臣は冷や汗をかいている。ここ最近のオターロ王の言動を見るや、その評価は下降し続けている。
平時は、温厚で大らか。非常に緩い空気に、臣民の評価も悪くはなかった。少々危機感に乏しいのでは、という指摘はあった。
そしていざ有事になった時、オターロ王はその本性を現した。自分の身を優先し、危ないと見るやさっさと逃げたのだ。
連合国の他の国も危ないと見るや、シーパングに亡命を求めるなど、とにかく逃げることに関して行動が早かった。
始末が悪かったのは、臣下たちの前で平然と民を切り捨てたことだ。
『民? 民のことより余を守れ! 余はこの国の王ぞ!』
先ほどのボラル艦長の冷ややかな視線も、そんな民を顧みない王への反感だろう。
「艦長、シーパング同盟艦隊旗艦より入電。『我、セイスシルワ国に急行中。道を開けよ』以上」
「……」
ボラル艦長は無言。誰かが「なっ」と声を漏らした。オターロ王は顔を強ばらせる。
「道を開けろ、じゃと!?」
ガーリオ大臣は目を剥いた。一国の王が乗っていることは通信で通告したはず。その王が乗っている船に対して、邪魔だから退けと言ってきたのだ。外交上無礼極まりない。当然、オターロ王は怒った。
「何たる言い草! 余はセイスシルワ国の王ぞ! 向こうの責任者を呼べ! 首を刎ねてくれる!」
あーあー――ガーリオ大臣は、自分が叱られた気分になる。亡命先の軍隊である。確かに向こうは無礼ではあるが、助けてもらおうという相手には違いない。外交担当として、先方と顔を合わせることになるガーリオとしては、こういう悶着を起こしてほしくはなかった。
「艦長! 余の名を使って、向こうの船を停めて、責任者を寄越すように言え!」
ボラル艦長は通信士に今の命令を伝えた。通信士がその旨を伝え、しばし。返信があった。
「シーパング同盟艦隊旗艦より返信。『本艦、シーパング軍、女王座乗艦である。繰り返す、道を開けよ』以上です!」
え――艦橋内が静まり返った。オターロ王が司令官席で腕を組む。
「何だって?」
「ジーパング女王陛下が乗っておられる船です!」
ガーリオ大臣は悲鳴に近い声を出した。
「陛下が、亡命なされようとされている国の女王陛下がいらっしゃるのですよ!」
「だから?」
「わからないのですか!? 陛下は、これからお世話になる国のお方を呼びつけたのですよ!? 本来なら、こちらから女王陛下に挨拶に行かねばならない立場なのに!」
外交問題だ。たとえ先方が無礼だったとしても……いや無礼ではない。向こうも女王が乗っているのだから、退けというのは間違っていない。――助けを求めた相手の国である。しかも女王自ら救援に参じたところに噛みついては、せっかくの亡命も無に帰してしまうかもしれない。
いまこの世界で、オターロ王が唯一、相手の機嫌を窺わなければならないのが、シーパングの女王なのだから。
そのオターロ王が呆けたように固まっている。ガーリオ大臣に言われるまでもなく、それに気づいていたのだろう。だがやらかしに気づき、思考が真っ白になってしまったのだ。
沈黙。しかしそれは長く続かなかった。
ボラル艦長が声を張り上げた。
「防御シールド最大! 衝突警報!」
艦橋に、いや艦内に耳障りな警報が響いた。王も大臣らも慌てふためく中、艦長や乗組員たちはそれぞれの場所で踏ん張る。
直後、戦艦『ブリリャル』――旧アポリト帝国のインスィー級戦艦は、シーパング艦隊旗艦の結界水晶防御に触れて跳ね飛ばされた。
ガーリオ大臣は床に投げ出され、震動とダメージ警報の嵐に恐怖した。
本当に突っ込んできた。ぶつかるから道を開けろと再三言われたのに、王は回避を命じなかった。
向こうが回避しろ? 言えるわけがないし、向こうが避けるわけがない。
一番偉い女王陛下が乗っている船だ。空中艦艇において、どちらに優先権があるかなど明確に決まっているわけではなく、従来どおり、偉い人優先がまかり通っている世の中である。
繰り返すが、女王陛下が乗っている船が避けるわけがないのだ。
シーパング艦隊は、セイスシルワ国艦隊の間を通り抜け、そのまま北方――セイスシルワ本土へと飛び去った。
旗艦『ブリリャル』はシールドを展開したにも関わらず、中破し負傷者多数。オターロ王も席から投げ出されて、左腕の骨を折る怪我をした。
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