第1247話、煽り合い
ゲルネン・レナール、25歳。レナール子爵の息子である。
「卑劣なオリゾーめ! 我が祖父の土地、今度こそ取り戻してくれるっ!」
レナール家と隣接するオリゾー家は不仲を通り越して敵対的である。
古くからある土地の取った取られたを繰り返し、今ではどちらが先に手を出したのか定かではない。
常に相手が悪いと言って現在まで引きずっているので、どちらも自分たちが正しい、相手側が間違っていると思い込んでいた。
「ゲルネン様! 丘の向こうより、戦車出現!」
部下の報告に、ゲルネンは視線を転ずる。見れば鼻の長い鋼鉄の箱のようなものが、耳障りな音を立てて現れた。
「なんとウルサイ……! あれがこれまでの無頼衆を蹴散らしたと申すか!」
これまで何度もオリゾー領に攻め込み、その悉くが返り討ちにされた。爆裂魔法を放ってくる戦車なる兵器をオリゾーの連中が使ってきた、と報告を受けたが、ゲルネンはそれを一蹴していた。
小癪なオリゾーに、そのようなものがあるなど信じなかったからだ。荒くれ傭兵どもが、自分たちが使えない役立たずであるのを認めたくないが故に、怪物にやられたと吹いたと考えたのだ。
『そんな化け物がいたら、オリゾーの連中とて無事では済まんだろうが! 馬鹿が!』
……などと、たぶんに都合のいいようなねじ曲げ解釈を連発し、周囲はゲルネンが意味不明なことを考えていると理解した。
しかし残念ながら、ゲルネンは長男であり、未来のレナール領の支配者として君臨していた。短気であり、浅慮であり、視野が狭くとも、この暴君の前では領民は従わねばならなかった。
「ええい、誰か! あの鋼鉄の箱を討ち取ってまいれ!」
ゲルネンがビシリと戦車を指さした時、戦車の長い砲身もまた動き、砲口が火を噴いた。
風切り音ともに、平原の土が吹き飛び、騎士たちが玩具の人形のように跳ね飛んだ。
「……!?」
丘の向こうから姿を現した戦車は4輛。ヴェリラルド王国製VT-1改戦車は、長砲身75ミリ砲を振り向け、野蛮なる侵略者に鉄槌を食らわした。
「あのような遠距離から攻撃するとは汚い! ……ひぇっ!?」
ゲルネンの陣の近くを砲弾が通過し、後ろの兵たちをなぎ倒した。オリゾー領辺境の村へ突撃をかけた前衛も、ハンマーで殴られたような衝撃と共に爆発に飲み込まれて倒れていく。
しかし果敢にも突撃を続け、そこで魔甲機が立ち塞がった。
『貴様ら、ここを南方侯爵領と知っての狼藉か!』
まるで巨人の騎士だった。その声は戦場に響き渡り、ゲルネンの耳にもはっきりと聞こえた。
鋼鉄の巨人が左腕を上げると、魔法とおぼしき光が満ち、特大ライトニングが放たれた。それは瞬く間に、ゲルネン軍の前衛を全滅させてしまった。
「あ、わわ……」
あっという間に突撃させた百人近くがやられた。何という魔法! これにはゲルネンも震えた。
無頼衆の言っていた通り、オリゾー領はとんでもない化け物がいる!
『レナールの馬鹿息子、いるなら出てこい!』
戦場に響き渡る声が言った。
「ば、馬鹿だと!?」
ゲルネンは憤った。部下たちが大勢見ている前で馬鹿呼ばわりされた。傷つけられたプライドは、目の前の惨状よりも重かった。
「貴族を馬鹿呼ばわりしたら、ただじゃ済まんのだぞ!」
『そうだぞ。南方侯爵の前で無礼を働けばただでは済まんのだぞ、子爵の馬鹿ガキが』
「な、か……っ!!」
あまりの怒りでゲルネンは、うまく舌が回らなかった。ここまで人前で罵られたことがなかったのだ。
「そっちが南方侯爵の名を出すなら、こ、こっちは西方侯爵様がいらっしゃるのだぞ!」
ゲルネンの言葉に、周りの騎士たちはギョッとなる。ここで直接関係のない西方侯爵を出していいのか――相手も南方侯爵を出したからには、これは侯爵同士の大規模衝突になってしまうのではないかと恐れたのだ。
レナール子爵が被るだろう被害の大きさもさることながら、ゲルネン自身が戦犯扱いされてもおかしくない。
『なるほど、では西方侯爵は、南方侯爵である私に宣戦布告をするということでいいのだな?』
「……っ!」
駄目です、ゲルネン様――部下たちは必死に首を横に振った。
今、ヴェリラルド王国は、大帝国の脅威に対抗せねばならない時。そこで王国四大侯爵の二人が武力衝突になるなど、あってはならないこと。まして国王陛下がお許しになるはずがないのだ。
相手の挑発に乗ったら、戦犯どころかゲルネンの首が飛ぶ。
「ひ、卑怯だぞ、オリゾー! そんな巨人や戦車を使い、さらに南方侯爵の名を騙るとか!」
ゲルネンが吠えた。支離滅裂である。鋼鉄の巨人は言った。
『先ほどから貴様はオリゾーの名を出すが、ここの領主はオリゾーではないぞ。前任者は処刑されたのをよもや知らないわけではあるまい?』
「へ……?」
『ここは南方侯爵領だ。ジン・トキトモ南方侯爵の領地である! 貴様は南方侯爵の領地に土足で踏み込んだのだぞ?」
「ぬうっ……!」
「恐れながら、ゲルネン様」
騎士がゲルネンに声を掛けた。
「相手はトキトモ南方侯爵閣下です。これ以上、煽ってはレナール領が本当に滅ぼされかねません!」
「煽って、だと貴様!?」
「相手は四大侯爵です! 子爵家など簡単に潰されますぅ!」
その言葉に、ゲルネンは青ざめる。ようやく事の重大さに気づいたようだった。
しかし、もう遅かった。遅いのだ。
『では、南方侯爵ジン・トキトモは、レナール領に宣戦布告をする! 度重なる無礼、人様の領地に武力をもって踏み込んだ報復である!』
「はあ!? ……ちょっと待てェ!」
ゲルネンは叫ぶ。騎士たちは一斉にうなだれた。
待てもクソもないのだ。南方侯爵の名で宣戦布告がされたのだ。つまり、レナール領側が今さら謝ったところで、戦争は始まってしまったのだ。南方侯爵が納得する落とし前をつけない限り、レナール領は攻め滅ぼされるのが確定してしまったのである。
戦車が一斉に戦車砲を撃ち込んだ。正面の鋼鉄の巨人――タイラント・スペクターも30ミリガトリングガンを連射し、レナール領の兵たちをミンチに変え、生き残りを領地外へと押し出す。
ゲルネンは逃げた。部下たちに後退の指示を出すこともなく、一目散に。騎士や兵士たちも、そんな指揮官を見て自分たちも逃げ出した。いまは逃げねばやられるから、恨み言も後回しだ。
何とか領境を超えてレナール領に入ったゲルネン。ここまで来れば、追ってはこないだろう。これまでがそうだった。無頼衆たちは哀れにも逃げ帰ってきた。敵は追って――
来た。
戦車の数が十数輛を超えて、レナール領に侵入してきた。戦車砲弾を撃ちまくりながら追ってくる!
事ここに至り、ゲルネンは真の意味で察した。虎の尻尾を踏んでしまったことを。南方侯爵を本気で怒らせてしまったことに。
泣いて謝っても、もう遅いのだ。
英雄魔術師@コミック4巻発売中。どうぞよろしくお願いします。




