第1240話、吸血鬼皇帝の玉座
皇帝陛下が玉座に座ることは、実に久方ぶりのことだった。
スティグメ帝国十二騎士、最後の生き残りとなったルィーは跪きながら、震えがくるのを抑えるので必死だった。
第二段作戦の失敗。人前に中々その姿を見せないスティグメ皇帝本人が、皇帝の間にいて、その玉座に腰を下ろすほどの事件だということだ。
「顔をあげなさい、ルィー」
「はっ!」
玉座には美貌の皇帝陛下がいる。銀色の長い髪。若々しく、メリハリのきいた体。漆黒の皇帝服にマント姿は、見る者をねじ伏せる圧力に満ちていた。
……そうだ。陛下はお怒りだ。ルィーは息をするのを忘れるくらいに緊張していた。
肘掛けに肘をつき、退屈そうにしているスティグメ皇帝はご機嫌斜めである。皇帝の傍らに立つハル長官もまた、機嫌が悪そうだった。
「十二騎士は、貴女を残して全滅した」
ハル長官の言葉はどこまでも冷たかった。
「まったくもって不甲斐ないのだわ。世界樹の一本も制圧できないとは、情けないと思わないのかしら、ルィー?」
「はっ、はい! まったく、おっしゃる通りでございます」
――なんてこと、なんてこと! どうして私が責められないといけない!
心の中で、今は亡き同僚たちを恨んだ。
第一将レイヒェ、第五将ウィクトル、第六将デェーヴァ、第十一将ヒュドロ――出撃前はいた面々が、自分を残して誰ひとり帰ってこなかった。
無能な同僚に、ここでも足を引っ張られている。いや、死んでもなお引っ張られ、挙げ句の果て、そのとばっちりを受けそうでもある。
「十二騎士は無能集団だったことが証明されてしまったのだわ」
「……」
返す言葉もなかった。十二人中、十一人が死亡……。ルィーの本心からすれば、自分は運に見放されただけで、地上人とまともに戦っていない。戦う相手がいなかったこともあるが、一度も戦っていないのに無能扱いされるのは、到底納得できるものではなかった。
が、それを口にすることはできない。スティグメ帝国の頂点たる皇帝陛下の前で、自分以外の十二騎士は無能でした、という度胸はなかった。十二騎士とは、皇帝に選ばれた者たちだからだ。
ハル長官だけなら、同僚をこき下ろそうが無能だと言えても、スティグメ皇帝がいては、とても口に出すことなどできなかった。
「それで無能な中の有能なルィー?」
ハルの言葉は、グサグサとルィーの心臓を切り刻む。
「世界支配に向けて、必要だった世界樹をただの一本も入手できなかった。我々、帝国は今後どうするべきだと思う?」
「……っ」
世界支配に向けて、どうすればいいのか? 皇帝やハル長官が進めてきた大戦略は、大いに狂っただろう。
第二段作戦を成功させたのちの、第三段作戦。おそらく世界侵略だっただろうそれも、前提である第二段作戦が失敗した以上、練り直しが必要となるだろう。
皇帝とハル長官が組み立てるだろう今後の大戦略。それについて、意見を求められるなど思っても見なかったルィーは、完全に頭の中が真っ白になっていた。
懲罰を覚悟し、その恐怖で思考が停止していたのだ。
スティグメ皇帝が哀れみの視線を向ける。ハル長官も呆れを隠そうとしなかった。ルィーは、肉食獣に睨まれた小動物のごとく動くこともできない。
「……駄目ですね。作り直しますか?」
「まあ、待ちなさい」
皇帝は鷹揚に言った。
「聞けば、まだ一度も戦っていないそうね。それでは本当にダメな子かわからないわ」
「どこか適当なところにぶつけます」
「そうしてちょうだい。……いいわね……ええと、何て名前だったかしら?」
「ルィーですよ、陛下」
ため息混じりにハル長官が言えば、ポンとスティグメ皇帝は手を叩いた。
「そう、ルィー。無能ではないところを見せてちょうだいね」
すっと皇帝が玉座から立ち上がった。ハル長官もそれに続き、しかし最後に冷めた目で一瞥する。
「別命あるまで、艦隊で待機していなさい。いいわね?」
「ははっ!」
ルィーは深々と頭を下げた。皇帝の間から二人が立ち去った後も、彼女は動けなかった。頭を下げたままでいたら、涙がカーペットに落ちた。
命は助かった。懲罰も粛清もなかった。
しかし、ルィーは全身の震えが止まらなかった。
十二騎士なのに、皇帝の選ばれた騎士なのに、名前を覚えられていなかった。皇帝に覚える価値すらないと思われていたことがショックだった。
騎士としてのプライドがズタズタに引き裂かれた瞬間だった。
・ ・ ・
「これが、シーパング島……!」
エルフの女王カレンは、エルフの里を含む浮遊島が海上を行き、世界樹が5本も経っているシーパング島に合流する様を、浮遊島ギルロンドより見ていた。
ギルロンドは、かつて、軍港のないエルフのために、俺たちウィリディス軍が浮遊島を作る実験も兼ねて浮かせた大地を改造したものだ。
かつてのエルフの里での戦いを終えた俺は、今後のことも含めての挨拶がてら、ギルロンド軍港司令部にいるというカレン女王に面会した。
女王は、俺たち遠征軍に深く感謝すると共に、エルフは俺たちに全面的に協力を惜しまないと語った。
そして、軍港司令部のタワーから、エルフの里がシーパング島に合流する光景を目撃したのである。
「世界樹が複数ある景色というのも、圧巻ですね、ジン様」
「ええ、まったく」
ひとつだけでも群を抜いて巨大な世界樹である。それが5本もあって、それらの中心に大きなタワーがそびえる都市も見えるのだが、完全に縮尺の感覚がおかしくなる。
「今のところは、このシーパング島の位置は他国には知られていません。各国要人で最初に訪れたのは、あなたが最初になります。女王陛下」
「大変光栄でございます、ジン様」
カレン女王は淑女らしく一礼した。
「このまま知られなければ、エルフの民も安心して暮らしていけます。……ここのところ、種の存続を脅かす災厄が立て続けでしたから」
大帝国に吸血鬼。その前は青エルフで、さらに前にはオーク軍スタンピードだったかな。特に最近は連続してだったし、民衆が疲れてしまうのも無理はない。
「ここが安息の地であることを願います」
「そうですね」
「ジン様には感謝してもしきれません。何度もエルフを助けていただき、本当にありがとうございました。ご恩に報いるためにも、何なりとお申し付けください」
ちなみに、今晩空いてます、と女王陛下は仰せになられた。……それは、つまり……うん。いやはや、参ったねどうも。
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