第123話、俺氏、秘密を明かす
「いやー、ジンさん、マジっ凄いッス。まわりの奴ら、驚いてましたよ!」
そう言ったのは、Eランク冒険者ホデルバボサ団リーダーのルングである。俺の冒険者相手の会見を遠巻きに見ていたといい、それが終わった後、俺に声をかけてきたのだ。
「君も、あの戦いを生き残ったんだな」
「いや、途中リタイアでした。ラティーユからメチャ心配されましたけどね。俺ら全員怪我だけで済んでよかったと言えばそうなんですが」
「誰も死ななかったのはいいことだよ。残念ながら、あの戦いで前衛の冒険者が十数人、犠牲になったらしいし」
俺が、ラスィアさんに確認するように言えば、ダークエルフの美女は小さく頷いた。ルングも髪をかいた。
「ええ、ぶっちゃけ、あのとき、ジンさんに助けられて、その後も戦ったんスけど、ダヴァンがいなかったらオレもあそこで死んでいたかもしれない……」
自嘲気味にルングは言った。
「仲間に感謝です」
「そうだな……」
「あ、そういえば――」
ルングは腰から下げていた剣を抜いた。
「これ、めちゃいい剣でした! 借り物なんで、お返しします!」
俺が渡した水属性の魔法剣だ。戦場で武器を失った冒険者たちに手持ちの武器を貸したんだった。ルングも、剣を折られてしまったんだった。
気のせいか、剣を持つルングの手が震えていた。その顔も、どこか未練があるようにも見える。いい剣だった、というのは嘘ではない。魔法金属製の剣なんて、いまの彼らでは高嶺の花だろう。できれば、手放したくないのではないか。
報酬は出るという話だ。彼は新しい武器を調達しないといけないが、魔法金属剣を手に入れるのは難しいだろう。それでも俺に返そうというのは、彼の誠意だと思う。
「……いいよ、それは君にやる。その剣は遺跡からの拾い物だし」
「え……!?」
ルングはびっくりし、聞いていたラスィアさんも驚いた。
「これ、くれるんすか!? だって、魔法剣ですよ!? 売れば高い値がつくのに! オレなんかにタダでくれちゃっていいんですか!?」
「うん、まあ……いいかな」
俺は、あいまいに頷いた。
他にも武器や防具を貸した冒険者たちがいるのだが……そいつら全員に取り立てるというも、何か面倒臭いと思ったのだ。何人か顔も思い出せない、というのもある。
それにあの場で武器を失った連中はみな、武器を新調しなきゃいけないだろうし、コバルト製武器や魔法金属製武器を簡単に手放すのは惜しいと思うのではないか。まあ、返してくれるっていうならそれでもいいんだけど、ルング、お前んとこは財政厳しそうだから、くれてやる。
それに現在、王都から離れた地面の底で、ドロップ品の独り占め回収作業を行っているので、結果的に損ではないだろう。
とか俺が思っていたら、ルングは泣き出してしまった。助けてもらい、貸してもらったモノを返そうとしたら、あげると言われた。
「オ、オレ、こんな……人からよくしてもらったこと、あんまなくて……うぅ」
こんなオレですいません、などと急に言い出した。
「本当は、この剣、欲しくて……でも、ジンさんからの、借り物だから……返さなきゃって……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらルングは、泣き崩れた。おいおい、なんか俺が泣かしたみたいじゃないか……って、泣かしたの俺か。周囲から奇異の目で見られているのを自覚しつつ、俺は、ルングの肩をぽんぽんと叩いてやった。
「こういうときは、お互いさまってな。何か困ったことがあったら助けてくれや」
「はい……」
ずずっと、ルングは鼻水をすすった。落ち着いたところで、俺はルングと別れた。そのまま今度はラスィアさんにギルドの談話室へと連れ込まれる。
「久しぶりにいいものを見させていただきました。……魔法剣をあんなにあっさり手放すなんて、豪胆にもほどがありますね。うちのギルド長の若い頃を思い出しました」
ラスィアさんは席に着きながら、そんなことを言った。ギルド長の若い頃――あの屈強のドラゴンスレイヤーであるヴォード氏を引き合いに出されるのは、果たして褒められているのだろうか。
俺が席に着き、ベルさんが机の上に乗るのを待ってから、ラスィアさんは真剣な目を向けてきた。
「さて、ジンさん。色々聞きたいことがあるのですが、とりあえず嘘のないよう、すべて話していただけませんか?」
「すべて、とは?」
「文字通り、すべてです。あなたが駆け出し魔法使いでないのは、これまでの行いや戦いを見れば一目瞭然です」
まあ、見るべき人が見れば、わかるよな。俺は、ベルさんと顔を見合わせた。
「すべて、ということは、俺の女性遍歴とかも話す必要があるんですかね?」
「話したいのなら、聞きますよ?」
ラスィアさんは妖艶とも言っていい笑みを返した。このあたりの冗談も上手くかわされそう。副ギルド長たる彼女は、交渉事も慣れているのだろうな。
「プライベートなことは話したくない」
そういう冒険者も少なくない。簡単に引き下がるとは思えないが、一応、言っておく。
「そうですか」
ラスィアさんは、あっさりと頷いた。あれ、俺の言うこと聞いてくれるの?
「ジンさんが話したくないのなら、他の方に聞きます。まずは、貴方のことを師と仰ぎ、弟子入りしたユナ・ヴェンダートから。……彼女、私と同門の魔術師で友人なんです」
「……へえ」
ユナと親しいのか。……相当苦労してそう。
「他にも何故か貴方への評価が高い、ドワーフのマルテロさん、それにエルフのヴィスタさんなどからも。そうそう、ヴィスタさんは、貴方をSランクにふさわしいと言っていましたよ」
「……」
マルテロ氏はともかく、ヴィスタは俺がジン・アミウールという英雄だったことを知っている。彼女がそれを周囲に公言するとは思えないが、発言次第では何らかの手がかりが出てしまう可能性もある。
『どうする、ジン。このダークエルフ、喰っちまうか?』
魔力念話で、ベルさんが言った。秘密を探ろうというのなら消す、というのだろう。俺は、小さく首を振る。
『そんなことしたら、余計な面倒事が増えるでしょうが』
特に俺たちと会った直後に、廃人化させたり、あるいは消しちゃったりしたらさ。
『それよりも、むしろ、こちら側に引き込んだらどうだろう?』
『全部話すってのか?』
ベルさんがピクリと耳を動かした。
『秘密を明かす代わりに、こちらの面倒事の後始末を頼めるかもしれない。まあ、向こうからも幾つか仕事を回されるかもだが』
『この女に、ケツを拭いてもらうわけだな』
『ベルさん』
『あー、いいよ。好きにしな。もしこちらのケツに火がつくようなことになれば、そのときは消すだけだし』
そういうことだ。俺とベルさんで話がまとまり、先ほどから俺を注意深く見ているラスィアさんに視線を向ける。
「では、今回の防衛戦のことをすべてお話ししましょう。ただ、明かす代わりに、ここだけの話にしていただきたい。公になると、色々と面倒が発生するので。あと、秘密を守っていただく。それができないと言うのであれば、お話はここまでです」
「……いいでしょう。話の内容にもよるとは思うのですが、貴方がそうおっしゃるのであれば、秘密は守ります」
「結構。じゃあ、まず噂になっている黒騎士の正体から」
「え……?」
思いがけない言葉だったのか、ラスィアさんは目を見開いた。だが驚くのはこれからだ。
次の瞬間、俺は隣の席を引く。ベルさんが飛び退くと、黒猫から大柄な男――漆黒甲冑の騎士姿に変身する。
どん、と俺の隣に黒騎士が座り、ラスィアさんの度肝を抜いてしまった。
「どうも、巷で話題の黒騎士だ」
ベルさんは堂々と言い放った。
それから俺は、王都防衛戦で、ゴーレムやゲイビアルが召喚された件と、その後の魔獣軍の最期などを語った。
ダンジョンコアのサフィロ、魔法車の存在。そして、俺がかつてジン・アミウールという名で、大帝国と戦い、連合国に裏切られたことを語る。
同時に、ここの受付嬢であるトゥルペさんに以前見せたことがあるオリハルコン製のランクプレート、Sランク冒険者の証を見せてやった。
ラスィアさんは、終始驚きっぱなしだった。まあ、仕方ないね。




