第1228話、三つの思惑
吸血鬼の魔人機部隊は、ウィリディス軍とエルフの防衛部隊によって、叩き潰された。
俺は超戦艦『バルムンク』に届いた観測隊の報告に、ニヤニヤが止まらなかった。
魔神機とスーパーロボット、エルフ魔人機大隊の狙撃チームにより厄介な敵魔人機を追い払うことができた。
そしてマッドハンターのバーバリアンⅡ・ヘビーアタッカーによる敵艦隊への一撃離脱。これにより、敵艦隊は進撃を早めることなく後方の増援艦隊との合流を選んだ。
時間稼ぎに成功したのだ。
後はここへやってくる連中を片付けるだけであるが――
『閣下、アリエス浮遊島司令部経由の報告が入りました』
シェイプシフター通信士がそれを知らせた。
『真・ディグラートル大帝国が大帝国領内のアンノウン・リージョンに軍を派遣。攻撃を開始しました』
「クルフの奴も、動きが早いな」
報告を受け取る。エルフの里へ侵攻部隊を送り込んでいたアンノウン・リージョンを、ディグラートル大帝国軍が攻め込んだのだ。
つまり、俺たちが最初に潰した敵艦隊、そして増援艦隊が出てきた穴を、大皇帝の軍勢が蓋をしにやってきたわけだ。
……うーん、これでクルフがアンノウン・リージョンを制圧できれば、エルフの里に向かっていた敵艦隊は、帰る場所を失うね。
「ジン様……?」
オペレーター席のラスィアが首を傾げる。俺は答えた。
「大帝国も世界樹をお求めだ。穴を制圧するのとは別に、こちらに艦隊を寄越してきた」
つまり、ウィリディス・エルフ軍とスティグメ帝国軍の戦場に、ディグラートル大帝国軍も参戦しようとしているのだ。
「このまま追い上げて吸血鬼たちを後ろからぶっ飛ばしてくれるかな?」
「しかし、スティグメ帝国は転進して大帝国軍に向かっていく可能性もありますね」
出入り口であるアンノウン・リージョンを押さえられたら、スティグメ帝国艦隊は袋のねずみも同然。活路を見いだすなら、アンノウン・リージョンから大帝国を叩き出すか、目的である世界樹の制圧を遂行し拠点とするかの二択だろう。
スティグメ帝国側からしたら、どっちを向いても敵といったところか。
「俺たちからしたら、吸血鬼と大帝国が潰し合ってくれたら、と思うが、大帝国も、俺たちと吸血鬼が潰し合ってくれたらと考えているだろうな」
吸血鬼ども? あいつらは挟まれているから、俺たちと大帝国を潰し合わせるなら、よほど巧みな機動をしないと無理だろう。
「こうなれば、もはや我々がここで粘る必要もないのではありませんか?」
ラスィアは指摘した。
ここで俺たちが消えれば、残ったスティグメ帝国と大帝国が自動的に潰しあうことになる。
「まあ、そうなんだけどさ。あんまりこっちの引きが早いと、連中本気で潰し合ってくれないかもしれない」
お互い、次の行動を起こすまで損耗を嫌って正面衝突を避けるとかもあり得る。その間、近くの国や集落を襲ったり略奪したりってのもあるかもしれない。
「せっかく世界樹って餌があるんだから、頑張って本気出してもらわないとね」
ただ、これはこちらに進軍しているスティグメ帝国次第ではあるんだよな。
・ ・ ・
スティグメ帝国、世界樹制圧軍増援艦隊の指揮官、テリコ将軍は、地上への出入り口が、ディグラートル大帝国の攻撃を受けているという報告を受けて驚愕した。
吸血鬼将軍は、第五将ウィクトル、第十一将ヒュドロと早速連絡を取り、司令官級の会議を始めた。
「我々は、世界樹制圧の任務を受けている」
吸血鬼にしては珍しく小太りの体型であるテリコ将軍は、神経質に眉をひそめた。
「しかし出入り口を大帝国の奴らに制圧されれば、我が方は孤立する」
『地下世界の出入り口は他にもありますぞ』
老紳士といった風貌の吸血鬼であるヒュドロは告げた。
『仮にあのひとつが制圧されたとしても、まったく地下へ帰る手立てがなくなるわけではない』
『左様』
ウィクトルが発言した。
『皇帝陛下は、世界樹確保を命じられた。我々は指定の世界樹の確保に向かったが、その悉くが無駄足に終わった』
「……」
『エルフの里。もはやそこにあるものしか、我々に希望はない』
『ウィクトル殿の言う通り』
ヒュドロは同調した。
『ここで世界樹のひとつも手土産にできなければ、退路うんぬんの話ではありませぬぞ』
老紳士の目が光った。
『粛清、間違いなし。よくて処刑。悪いと魔力に分解されて発掘兵器の材料でしょうなぁ』
「う、うむ」
それは願い下げだと、テリコ将軍はつばを飲み込んだ。
「では、我々はこのまま、エルフの里へ進撃するということで、両将とも異存はないか??」
『異議なし』
方針は決まった。だが、それで『はい解散』というわけにはいかない。
「次に、我々はどう行動すべきか、だ。後ろに大帝国。前には世界樹と共に、エルフと例のシーパングとやらの艦隊が控えている」
『理想を言えば、大帝国とエルフどもをぶつけて、双方が弱ったところをかっ攫いたいところではある』
ウィクトルの発言に、ヒュドロもテリコ将軍も頷いた。三者一致である。
『しかし現実問題として、我々は双方の軍の中間にある。エルフの里へ向かえば、大帝国に後ろを突かれ、大帝国に向かえばエルフの里を攻略する戦力が不足する恐れがある』
始末が悪いのは、現状スティグメ帝国は双方とそれぞれ戦わなければならない。敵と敵が潰し合ってくれるのが理想だが、彼我の位置関係が悪すぎた。
『提案を』
「どうぞ、ヒュドロ殿」
『世界樹に近づいたところで、我が方は転進してはどうだろう?』
「転進? 離脱するのか?」
『一度逃げる素振りを見せるのだ。大帝国も狙いは世界樹であろうて。我々が世界樹を前にあらぬ方向へ逃げれば、連中はどうするだろうか?』
『我々を追跡するか、世界樹を手に入れようとエルフを攻撃する……』
ウィクトルが考え込む仕草を取る。
『そうだな。こちらへ向かっているのは我々の目的が世界樹であると連中も見当をつけているからだ。我々に奪われるくらいなら、制圧するつもりで大帝国は軍を進めているに違いない』
そうでなければ、出入り口を塞ぐだけでよく、わざわざ艦隊を差し向ける必要性はない。エルフ・シーパング軍とスティグメ帝国がぶつかるとわかっているだろうから。
『あわよくば、大帝国も世界樹を狙うだろう。エルフどもと戦わせて――』
『我々が戻り、美味しいところをかっ攫う』
「地上人同士、結託する可能性は?」
テリコ将軍は言ったが、ウィクトルが即座に否定した。
『シーパングは知らぬが、ディグラートル大帝国はエルフを迫害している。主義的に、共闘はあり得ない』
「では……」
将軍たちの方針は決まった。
スティグメ帝国世界樹制圧軍は、エルフの里への進撃を再開した。間もなく、東の空から太陽が昇ろうとしていた。
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