第1224話、守る者、攻める者
エルフの里において、女王カレンによる里全体のシーパング亡命は知らされた。
迫り来る吸血鬼帝国は世界樹を狙っており、そこから里と民の安全を守るための処置である。この大陸を巻き込む戦争の間、避難する旨が伝えられ、準備などは不要であるが、当面の間、古代樹の森より外には出ないようにと命令が出た。
そう、命令である。
エルフの里は太古の昔、浮遊島であり、それが再び空を移動するのである――と、言われてもエルフの民にはピンとこないだろう。
俺たち、エルフの里救援軍は、地元エルフ艦隊と共に、進撃しつつあるスティグメ帝国に備える。
超戦艦『バルムンク』の艦橋で、俺は作戦の進捗を監督していた。
「スティグメ帝国艦隊は、艦隊の集結を行っています」
ラスィアが、観測ポッドや偵察機の報告を読み上げた。
「大帝国側の増援も含めて、4個艦隊が移動していますが、うち3個が明け方前に合流するものと思われます」
「つまり、現状では今夜中の里への攻撃はない、ということだな?」
俺が艦長席に肘をつきながら言えば、聞いていたアーリィーが口を開いた。
「でも、艦載機は飛ばしてくるかもしれないよ?」
艦隊に先んじて、魔人機や航空機による襲撃の可能性。
「特に世界樹の周りは広大な古代樹の森だからね。魔人機サイズなら森の中への侵攻が可能だし、そこを進めば艦隊の攻撃を防げるよ」
「エルフは森が焼かれるのを好みませんから」
エルダーエルフのニムが発言した。
「森に入られれば、こちらも魔人機などの地上戦力で対応するしかありません。敵はすでに1個艦隊を喪失していますから、無策で艦隊を突っ込ませるとは思えません」
「油断して、艦隊を突っ込ませてくれれば楽なんだけどね」
苦笑する俺。ラスィアが片方の眉を吊り上げた。
「もはや吸血鬼たちは、私たちを侮ってはいないと思いますよ」
「これまで散々に叩いたからね」
アーリィーはニヤリとした。
「でも、こっちもやられているから、油断は駄目だけど」
俺は、オペレーター席のディーシーを見やる。美人ダンジョンコアが首肯した。
「ディーツーからは、日がかわって0300には、里を含めた島全体の浮上を開始できると通告があった」
「微妙なラインだな」
敵艦隊の合流前に浮上作業が開始できるが、魔人機や航空機を合流前に放たれた場合、タイミングにもよるが浮上したところに出くわしてしまうかもしれない。
敵魔人機が森の高さギリギリを飛んでくれば、個々の迎撃は難しい。
「……仕掛けてくるんだろうな」
戦争ってのは敵の嫌がることをやるもんだ。地下暮らしの吸血鬼たちにとって夜の闇はむしろ得意と言える。
アーリィーの言うとおり、何も艦隊で朝に乗り込まなければいけないという制限はない。世界樹を占領するのは地上戦力だ。森から陸軍を進ませるのがセオリーと言える。
魔力消失装置を使いたいところだが、森の植物に影響を与える恐れがあって、少なくともエルフのお膝元では使えない。世界樹は魔力消失にも耐え、おそらく古代樹も影響は少ないと思われるが、それ以外の植物は怪しい。
「こちらも地上兵力を展開して、防衛線を形成するしかないな」
森でなければ、大規模魔法や兵器を使うこともできるが、ここでは制限せざるを得ない。
「敵の規模を考えると、救援軍の魔人機やASは少ない」
こちらは空母7隻と航空機はあるが、人型兵器となるとバルムンク級2隻、ウィラート級1隻、ユニコーン級1隻、ヴァルキュリア級5隻の、だいたい120機程度となる。
ニムが口を開く。
「エルフにも陸戦部隊はありますから」
「共同戦線というのはそうだろうな」
確かに。いま、エルフは、魔法文明からの遺産としてディーツーが製造した300機近くの魔人機を保有している。
先日の報告では4個大隊、およそ200機が実戦投入可能な練度になっているらしい。
できれば里の移動するところは見せたくないんだけどね。敵の艦隊も含めて罠をかけたいが、それには島が移動しているところを見られないことを前提にしていた。
まあ、罠についてはおまけだ。肝心なのは、エルフの里を守り、世界樹を敵に渡さないことだ。それさえできれば、たとえ移動を見られようがこちらの勝ちである。
・ ・ ・
スティグメ帝国第五艦隊は、第十一艦隊と合流した。
十二騎士第五将ウィクトルは、旗艦『カルテリアー』の司令塔にいた。
「まったく、悪運の強い女だ」
「どうも。ワタシも好きで、やられているわけではないのよ」
そう不満げに言ったのは第六将のデェーヴァである。
「せっかく迎えを寄越してくれたのにね。結局、生き残ったのはワタシだけよ」
「それが運がいいと言うのだ」
第五艦隊から回収にきた『ガレーネー』以下、巡航艦隊は、敵の見えない攻撃によって全滅した。
デェーヴァも旗艦にいて攻撃を受けたが、ギリギリのところで魔力化し逃れた。上級吸血鬼は変身能力を持つが、自身の体を一時的に魔力に変えて姿を消したりできるのだ。
「どんな敵だった?」
「強いわよ。艦艇の性能が高い。火力が凄まじくて、こちらの戦艦も一、二発でやられてしまうわ」
「ふむ、性能差か」
「戦術にも長けているわよ。少なくとも、敵はワタシたちのように姿を消して、不意を打ってくることもやってのけるわ。敵にはほとんどダメージを与えられなかったと思う」
「……」
「それと、迎えにきた艦隊が何にやられたのか、ワタシにはわからないわ」
「攻撃すらわからなかったと?」
「突然やられたからね。いまワタシたちがこうやって話しているところを、いきなりぶん殴られる……という感じ」
「それは警戒して防げるものなのか?」
「さあ……。少なくとも、敵発見の報告もなければ、攻撃の探知もなく攻撃された」
デェーヴァは肩をすくめた。
「ごめんなさいね。役に立つ情報が少なくて」
「艦隊戦は厳しいか?」
「正面から撃ち合ったらわからないけれど……ああでも、敵は艦隊を一撃で吹き飛ばす兵器を持っているんだっけ。2個艦隊でも危ういわね」
最初の攻撃で艦隊を失っているデェーヴァである。
その時、司令塔に通信参謀が現れた。
「閣下、増援軍司令部より通信です。第五、第十一艦隊は、速やかに魔人機部隊を前進させ、エルフの里を急襲せよ――以上であります!」
「増援艦隊と合流を待たずして行動せよ、ということだな。承知した」
ウィクトルは、ただちに艦隊が搭載してきた魔人機部隊に出撃を命じた。
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