第10話、ベルさんの本性
ベルさん視点からはじまります。
ジンが寝て、アーリィー嬢ちゃんがしばらく横になっていたが、どうにも寝付けないようだった。
まあ、無理もねえかなぁ、とオレは思う。あ、そうそう、人前じゃ『オイラ』なんて言ってるけど、本当の一人称『オレ』ないし『オレ様』な。どうでもいいだろうけど。
で、この娘だ。オレ様の鑑定能力で見るところ、能力については恵まれたものを持っているものの、経験がほんと足らない。
王子様ってことでそれなりに守られた環境で育ったんだなぁ。……あ、この嬢ちゃん、本物の王子みたいだ。女なのに何で王子なのかはわかんねえけど。
ジンの奴は、まだ替え玉だって思ってるみたいだがな。オレの鑑定眼は誤魔化せないぜ。ジンの膨大な魔力量に気づいたオレ様の目も相当なモンよ。
経験はねえけど、アーリィー嬢ちゃんのスキルってのは、中々のものだ。特に目を引くのは、『魔力の泉』っていう魔力の回復がめっちゃ早い能力だ。
基本、生き物は使った魔力を寝ることで回復するもんだ。じっと休んでも回復量は微々たるもので、回復させようっていうなら寝るのが一番なんだが、この魔力の泉ってのは、寝てなくても常人の数倍のペースで消費した魔力分が回復する能力なんだな。
要するに、魔法を乱射しても、魔力の自己回復が早いからより魔法を連続して使うことができるってことだ。魔法使いなら、ぜひ欲しい能力だが、あいにくとこいつは先天的な能力で後から覚えたりすることができるものじゃない。つまりは、才能みたいなもんだ。
その能力をアーリィー嬢ちゃんが持っている。王子なんかに生まれず、魔法使いの家系に生まれたら、天下にその名をとどろかす大魔法使いになっていたかもしれない人材だな。人間なら極稀の能力。魔法が得意なエルフとかだと、案外そこそここの能力持ちがいるって話も聞くな。
ま、それはともかく、ジンの奴が嬢ちゃんの能力を知ったら、本気でくどきにかかるかもしれねえなぁ。
あいつ、人並みはずれた魔力量持ってるけど、回復量が凡人だから中々魔力の回復が追いつかねえ。あの嬢ちゃんと触れて、チョメチョメしたりしたら、不足してる魔力の回復の足しになるからな。
別世界に住んでた頃は、女とろくに触れたこともないって言ったけど、オレ様と知り合ってこの二年は、あいつ、相当女を抱きまくってる。英雄色を好むってのを地でいったけど、そいつは魔力回復も兼ねていたってわけだ。そんだけ、あいつの魔法は消費がデカい特殊なモンだってことだが……。
「……!」
おっと、オレ様のサーチ圏内にどうやらお客さんがやってきたようだ。魔獣……亜人、いや獣人か? 人型が複数、ある程度の間隔をとってこっちへやってきてる。
マズィな……。
魔獣避けの炎なのに、かえって連中を呼び寄せているような雰囲気だ。とりあえず、一発警告の魔力波飛ばしてやるか。
オレはすくっと四足で立ち上がると、侵入者のいる方角に魔力波動を飛ばしてやった。勘のいい獣や獣人なら、この警告で警戒して離れていくだろう。
…………。
反応なし。どんだけ鈍いんだよ、クソが。……この鈍さは、ひょっとして人間か。
オレははたとなる。人間――冒険者か、狩人か。いや、反乱軍の追手かもしれねぇ。
まあいい、ちっとばかし、遊んでやるか。
「……ベルさん?」
嬢ちゃんがオレに声をかけてきた。オレは、しー、とジンを起こさないように小声で言った。
「侵入者みてぇだから、ちょっと様子を見てくらぁ」
すっと森に溶け込むように、オレは走った。
・ ・ ・
この森を人間が進んでいるのは間違いない。
反乱軍特殊部隊を率いるグレイ・ドットは、魔獣の森ことボスケ大森林地帯を進みながら呟いた。
狼を模した帽子を被り、追跡に特化した能力を持った部隊。その任務は、この森に入った妙な人物に連れられたアーリィー王子を捜索すること。
そう、ジンたちが平原を駆け抜けたのを、近場を進んでいた反乱軍部隊の兵が目撃したのだ。ただ、あまりの速さにその場で追いかけることができず、報告だけ寄越したのだが。
――ジャルジー公爵閣下よりの命令だからな……。
ドットの周囲を警戒態勢で進む部下たち。
足跡を追っていた先導の兵が立ち止まった。特殊部隊兵たちは、その場に膝をついて姿勢を低くする。鬱蒼と生い茂る森の中。しかも夜とあっては視界は悪いが、兵たちは暗視の魔法で、夜行性の獣並みの視界を確保していた。
ドットは静かに先導の兵の傍まで駆けると、低い声で聞いた。
「どうした?」
「……前方、明かりが見えます」
暗闇でも見える目には、焚き火の炎がまぶしいくらいに見える。誰かがいるのは間違いないだろう。誰が? 確率的には、こちらが追っているアーリィー王子とその護衛だろう。
ドットは振り返り、周囲で様子を窺っている部下たちにハンドシグナルを送る。
前進。
そろり、と足音を忍ばせて進む特殊部隊兵たち。
先導の兵はクロスボウを手に、数歩進んだところで、唐突に立ち止まり『止まれ』と合図する。
これにはドットは顔をしかめた。
「……いったい何だ?」
「音が……」
なに? ドットは訳がわからなかった。先導の兵は切羽詰ったように周囲に視線を走らせる。
「周囲の音が聞こえなくなってませんか?」
こいつはいったい何を言っているんだ? ドットは視線をめぐらせる。
そういえば……やたら静かなような。遠くから聞こえていた鳥だか獣だかの声も聞こえない。近くの音は聞こえるから、聞こえなくなったのは遠くで発生する音のことか。
ザクッ、とブーツによる足音が後ろから聞こえた。
ドットたちは瞬時に振り返る。どこの間抜けだ。足音を立てるなんて――
ザク、ザクっ、と足音が連続する。さすがに部下の上げるそれと違うことに気づき、ドットは背筋が凍った。いつの間にか、自分たちは追跡されていたのか……?
「……ああ、お前たちは反乱軍か?」
野性味溢れる男の声。その瞬間、ぼうっと赤い光が浮かんだ。それは剣。そしてその赤い光の照り返しに浮かんだのは漆黒の甲冑をまとった騎士の姿。
「どうやら王子様を探してここまで来たようだが……残念だったな。お前たちはそこまで行けない。何故なら――」
騎士は一歩を踏み出した。
「お前たちはここで死ぬからだ」
「撃て!」
ドットが声を張り上げ、部下たちがクロスボウを放った。だが漆黒の騎士は剣を振るうと、飛来する矢をすべて叩き落とした。そして悠然と、ドットたちに近づいてきた。
身長は二メートル近い巨漢。頭蓋骨を模した面貌の兜には、猛牛を思わす太い角が二本ついている。まるで地獄の使者か、悪魔の騎士のように見えるその姿。
「くそっ!」
敵騎士に近い兵がダガーや斧を手に突進する。だが漆黒の騎士が赤く輝く剣を振るうたびに、武器が折れ、そのまま兵の体を一刀両断、切り捨てていった。何という切れ味。人の身体が、まるでバターを切るようにあっさりと倒されていく。
装填を終えた兵が二人、騎士の側面から矢を撃つ。だが騎士が左手をかざすと、漆黒の盾のようなものが現れ、矢が消えた。防がれたのではない、消えたのだ。ドットはもう訳がわからなかった。
漆黒の騎士は、左手の盾のようなものを水平に投げた。クロスボウを持った兵二人が、その漆黒の盾――いや闇の刃に胴を上下に真っ二つにされた。
「退却!」
ドットは叫んだ。王子を追うどころではない。このままではこの得体の知れない騎士に皆殺しにされてしまう。森に紛れて逃げれば――
前を行く兵が突然、何かにぶつかって倒れた。直後、ドットも見えない何かに体をぶつけて、それ以上進めなくなる。いったい何だこれは――?
まるで壁だった。見えない壁が周囲に張られ……もしかして我々は閉じ込められている?
ドットは愕然とした。さっき先導の兵が音が聞こえなくなったとか言っていたのは、ひょっとしてこの見えない壁のせいでは……?
「だから、言ったろう?」
死の足音とともに漆黒の騎士が、兵を一人、また一人と殺しながら近づいてくる。すべての抵抗が無駄だといわんばかりに。
「お前たちはここで死ぬと」
漆黒の騎士の左手がドットに迫る。その手は人の手というには不自然に膨らみ、次の瞬間裂けた。巨大な竜が大口を開けているかのような形になる。
「ああああああああっー!」
ドットの叫びはしかし、その巨大な口に飲み込まれて掻き消える。
漆黒の騎士が兜のバイザー部分を持ち上げる。中から出てきたのは、褐色肌のごつい男の顔。
「うるさいやつだ。まあ、どうせオレの張った結界の中ではどう叫ぼうが聞こえないがな」
その声は、ベルさんのそれ。
ある時は黒猫、ある時は黒豹。またある時は、身長二メートル近い巨漢の男にして異形。その正体は、悪魔の王の一人……。
人は彼をこう呼ぶ。暴食王、と。
2019/01/01 1話分、スライドしました。




