第117話、戦場を支配する者
後から振り返れば、南門を巡る戦いを支配していたのは、俺でありサフィロだった。
冒険者たちは奮戦し、三千もの魔獣のうち、その三分の一以上を撃退した。
だが彼らはそこで力尽きた。物量を前に押し切られ、その戦力は疲弊。魔獣軍が間を置けばまだしばらくは保てたかもしれないが、その指揮官であるオークジェネラルは、切れ目ない攻撃を指示した。
結果、南門を突破する、まさにその寸前にまでこぎつけた。
だがオークの将軍に誤算があったとすれば、それは俺たちがいたことだろう。
サフィロが召喚した魔獣による背面奇襲が、魔獣軍の中で混乱と同士討ちを誘発した。この混乱で、魔獣軍のリザードマン集団が他の種族から排除された。サフィロが使ったガーディアンがリザードマンだったためだ。その騒動により魔獣軍から四百近い兵が同士討ちによって消滅した。
ベルさんを先頭にゴーレム、ゲイビアル部隊が切り込み前線を押し上げる。少しずつ外壁から離れて支援射撃も届かなくなりつつあったが問題はなかった。
魔獣軍の側面からは、サフィロの召喚した第二陣のかく乱部隊が攻撃を開始した。リザードマン、ゴブリン、オークが入り混じった集団により、魔獣軍は半包囲される形となる。
混乱、同士討ち、半包囲と不利な要素が次々に襲い掛かり、さすがのオークジェネラルも攻勢を止め、円形に陣を組んで守りを固めた。態勢を立て直そうというのだ。
守りを固めた敵を崩すのは、生半可な攻撃では難しい。
だが、俺はそれを待っていた。
連中が固まり、動きを止めるその時を。……残念だったな、そこは俺のテリトリーだ!
ダンジョンコアであるサフィロを、戦闘前に埋めておいたのは、戦場を、俺のテリトリー化、つまりダンジョン化するためだ。
ダンジョンコアが支配する領域――その領域内を支配するは、ダンジョンマスターである俺だ。洞窟や遺跡の中でなくても、コアがあればそこはダンジョンと変わらない!
魔力を支払えば、テリトリー内ではマスターである俺の思いのままだ。敵の中に、伏兵を忍ばせたり、背後に兵を送って襲わせたり。
幸い、サフィロは使い切れないほどの魔力を得ていた。ダンジョンテリトリー内で死んだ魔獣などは、ダンジョンに、いやダンジョンコアに吸収される。冒険者たちが倒しまくったオークやゴブリンの亜人、大トカゲなどの魔獣が死体として残らず消滅したのも、そこがサフィロの支配するダンジョンフィールドだったからだ。
俺たちが反撃に出た時、サフィロはすでに1千体以上の魔力を吸収していた。さらにベルさんやガーディアンたちが倒していく敵の魔力を使い、戦場を操作する。サフィロはじりじりと自らのテリトリーを伸ばして魔獣軍をその支配域に飲み込んだ。
敵が動きを止め固まった時、俺はここまでサフィロが溜め込んだ魔力を一気に消費してトドメを実行した。
ダンジョン・クリエイト。
魔獣軍がいる場所の地下五階層分の土砂を一瞬で移動させた。上空およそ五十メートルの高さに、土砂を移動召喚。地中が抜け、薄い地面の層はその上にいる魔獣軍の重みに耐えられず陥没、大崩落を起こした。
魔獣軍が地下に落ちた衝撃で大半が死んだところで、俺は上空五十メートルに浮かべていた土砂をその穴の上に落とした。……でっかい穴を開けておくわけにもいかないからね。掘ったら埋めないと危ない。
大規模な土砂の移動などは夜だったのと王都外壁から離れていたためにほどんど見えなかった。だが陥没音と衝撃、その後の土砂の落下――これが本当の土砂降りってな。それが局地的な地震となって王都に伝わった。……こればっかりは勘弁してくれ。土砂の移動と制御にせっかく溜った莫大な魔力を一気に消費したからね。直接被害がないだけありがたいと思ってもらうしかない。
それはともかくとして、夜が明ける頃には、南門を攻撃していた魔獣軍は全滅した。
・ ・ ・
南門を塞いだ岩を解除した時、冒険者や兵たちが飛び出してきた。
東から太陽が昇り、荒涼とした戦場跡が門の前には広がっている。俺はサフィロを回収しストレージに仕舞っていて、肩にはベルさんが黒猫姿で乗っていた。
冒険者ギルドのヴォード氏が俺のほうへ大股でやってくる。ラスィアさん、ユナ、ヴィスタも一緒だ。他の冒険者たちもそれについてきていたが、戦場に落ちていたオークやゴブリンの武器、防具、魔石などを見つけ、それに手を出した者が現れると、そのほとんどが我先にと回収へと走った。辺り一帯、魔獣軍のドロップ品だらけで、早い者勝ちの様相を呈していた。
が、ヴォード氏はそれらには目もくれず、俺のところまで来ると、厳しい顔のまま言った。
「魔獣軍はどうなった?」
「敵は壊走しました」
俺は真顔で嘘を吐いた。逃げた、ではなくそのほとんどが土の中だ。
「何故、逃げた?」
「リーダーを失ったからでしょう。オークジェネラル……奴があの集団を率いていたんです」
「貴様が倒したのか、ジン・トキトモ?」
「ええ、まあ……そうなります。なあ、ベルさん」
「ああ」
黒猫は睨むような目で、ヴォード氏を見た。剣呑な空気。ラスィアさんが口を開いた。
「ジンさん、ひとつ聞いてもいいかしら?」
「何です?」
「貴方が戦場に残った後、ゴーレムとリザードマンが現れたみたいだったけれど……あれ、召喚魔法かしら?」
ちら、とラスィアさんは、ユナを見た。……どうやら彼女、俺がゴーレムを使えることを話したようだ。大方、俺が作ったゴーレムと、召喚したゲイビアル、いやリザードマンに見ていたらしいラスィアら周囲に、ユナが解説を入れたのだろう。
「ええ、そんなところです」
ざわ、と、近くで話を聞いていた冒険者、特に魔術師がざわめいた。
――ストーンゴーレムを作ること自体、高レベルなのに……。
――複数のゴーレムを同時に使役してたよな……それって上級の人形使い……。
「あの地震は? 何か心当たりは?」
ラスィアさんの問い。俺は苦い笑いを顔に貼り付けた。
「アースクエイクの魔法を使いまして……。ちょっと試験的に作った魔法の杖が暴発したら、思いがけない威力を発揮したんです。オークジェネラルも、それに巻き込まれて地面の底に」
はい、ちょっと苦しい言い訳です。でもまあ、地面を浮かせて、その後降らせた跡は、どう言い繕っても結果的にバレるので、それならば、もっともらしい理由をでっち上げるのである。イレギュラーな暴発なら、俺の実力ではなく事故としてみてもらえる率も高くなるだろう。
――アースクエイク!? あの大地系の大範囲魔法だと!
――そんな、こんな若造が……!?
うん、知ってた。でもさ、ダンジョンコアを操って、敵を落としてぺしゃんこにしました、なんて本当のこと、言えるわけないよねぇ……。
「お師匠ですから」
ユナが口ぞえするように言った。
「アースクエイクも使えるでしょう」
周囲は何も言えなくなった。この銀髪巨乳の魔術師は、こう見えてAランクの高位魔術師である。
「それはともかく、詳しく話を聞きたいが――」
ヴォード氏が、やはり険しい顔つきのまま言った。まあ、そうだろうさ。あの説明だけで納得できるとは俺も思ってない。
だがね、ちょっと待ってくれないだろうか。
「ギルド長、申し訳ないですが、自分は正直立っているのがやっとな状態です。徹夜で事にあたったのですから、いい加減休ませていただけませんか?」
「おお、そうだ……そうだったな」
いま思い出したとばかりにヴォード氏は目を見開いた。徹夜をしたのは、俺だけじゃなくて、皆そうなんだろうけどね。ギルド長、あなたもお疲れでしょう?
「とりあえず、お話は後日にしませんか?」
「そうだな。そうしよう。……何はともあれ、ご苦労だった」
すっと、ヴォード氏が手を差し出した。意外に思いつつ、俺はその手を握り返した。
俺はベルさんと王都南門へと歩く。ユナがついてきた。まあ一応弟子だからね。
「お師匠、お疲れ様でした。もしよければ、お師匠の使った魔法について質問よろしいでしょうか?」
「うん、ユナ。俺、疲れてるんだよね」
「大丈夫ですか? おっぱい、揉みますか?」
「……あまり大きな声で言わないでくれ」
周囲では冒険者たちが武具拾いにせいを出していて、俺たちの会話は聞こえてないようだった。だが何人かは拾いながら、時々俺のほうに視線を向けていた。まあ、ここでは無視するが。
ともあれ、俺は王都に帰還した。




