第1168話、魔力消失!その2
プロヴィア王国の王都トゥレースの中央広場に打ち込まれたのは、MVS――魔力消失砲弾である。
火薬は起爆用のみであり、激突しても爆発することがないこの砲弾は、一定時間、魔力消失空間を展開する。
効果範囲は一発でスティグメ帝国の地下都市とその空間すべてをカバーできるように設定可能であり、ある程度調整ができる。
今回使用されたMk-Ⅰは、トゥレースふたつ分の広さを余裕で効果範囲に収めている。
レウはアドウェルサを王都へ降下させる。
着弾地付近では、すでに吸血鬼たちが倒れ、朽ち始めていて、近くにいたプロヴィア人たちが何事が起きたのかわからず困惑していた。
「効果はある……」
モニター越しに確認して、レウはホッと息をついた。もし効果がなければ、吸血鬼兵やその兵器が、中央広場に降りたアドウェルサに殺到していただろう。
王都住民が、倒れた吸血鬼たちを前にどうしたものかと不安がっているのを余所に、レウは機体の各部、そして計器をチェックした。
「異常なし。……魔力残量は、まだ半分」
通常より減りが早いのは魔力消失空間の影響だ。なくなる前に密閉されたプロペラントタンクで魔力燃料を補充。
MVSの効果切れか、別命があるまで待機するのがレウの仕事である。魔力に影響されない敵が現れた場合、それを排除しMVSを守るのがアドウェルサの役割だ。
通信機――魔力式ではなく、電波式のほうのスイッチを入れる。
「こちらアドウェルサ。フレスベルグ1、聞こえますか?」
『――こちらフレスベルグ1。どうかしましたか、アドウェルサ?』
通信機から聞こえたのはリムネ・ベティオンの優しい声。王都上空にポータルを展開して、アドウェルサを誘導したレイヴン偵察機に乗っている。
「MK-1は順調に稼働中、……なんだけど、ごめん。ひとりじゃ心細くて」
『ひとりじゃないわ、アドウェルサ。わたくしたちが見てますから。ねえ、フラウラ?』
『うん、すっごく見てるよ、レウ兄』
レイヴン偵察機の操縦担当のフラウラの声がした。魔法人形でレウとは血が繋がっていないが、一応妹ということになっている。ちなみに、一応で言うならリムネは、レウにとって姉にあたる。こちらも血は繋がっていないが。
『何かあったら、駆けつけるよ。レイヴンは稼働時間が長いから』
『あまりフルで飛ばすと、危うくなるのですけれどね』
リムネが注意するように言った。
『魔力吸収装置は使えないし、燃料を転送しているとはいえ、その転送分が通常より余計に消費しているんですからね。……でもまあ、レウが離脱するくらいの援護はできるけれど』
「心強いよ、リム姉さん」
『ちょっと、レウ兄!』
「はいはい、フラウラも頼もしいよ」
苦笑するレウ。モニターで改めて確認すれば、中央広場ではプロヴィアの民たちが歓声を上げていた。
砂と化した吸血鬼兵の骸を蹴って、その砂を散らしたり、同胞同士で抱き合って喜びを噛みしめている。その流れは王都中に広がっていくのだろう。
スティグメ帝国軍の動きはなし。抵抗も見られない。王都の北寄りにある大型四脚兵器も、中央広場に背を向けたまま動く気配なし。MVSが吸血鬼たちを一掃しているのだ。
凄い武器だ。
魔法文明時代に生まれ、吸血鬼との戦いを経験していたレウは、その威力に改めて感嘆の言葉しか浮かばなかった。
魔力消失兵器の力の凄まじさを体感する。これがあの時代にあれば、もっと楽に戦えただろう。
だが同時にこうも思う。あの時代での吸血鬼との戦いがあったからこそ、魔力消失装置は生まれたとも。
・ ・ ・
ウィリディス軍第8艦隊――大帝国解放艦隊の旗艦『オニクス』。艦隊司令長官であるシェード将軍は、戦術モニターを眺めていた。
『――敵航空隊は、本艦隊に到達することなく全滅しました』
戦術士官の報告を受けつつ、シェードは司令官席にて頷いた。
「第3艦隊に、援護を感謝すると打電しておいてくれ」
『承知致しました』
スティグメ帝国のプロヴィア駐留艦隊は、シェードの第8艦隊、シーパング艦隊こと第7艦隊に、先制の航空攻撃を仕掛けてきた。
吸血鬼軍の航空機は、航続距離がほぼ無限。それゆえ長い槍の穂先よろしく遠方からでも余裕で飛ばしてくる。
そこでシェードが選択したのは、戦闘機による完全なる迎撃戦だった。第7、第8両艦隊の戦闘機に加え、アーリィー・ヴェリラルド姫指揮の第3艦隊の空母航空団が、スティグメ帝国軍航空隊をインターセプトし、その穂先を撃滅したのだった。
「うまく嵌まりましたな」
オニクス艦長のルンガー大佐が艦長席から振り返る。
「敵は航空兵力という攻撃手段を失いました。残る戦力は艦隊のみでしょうか」
「観測された敵航空機の数からすると、敵はほぼ全力を喪失しただろう」
スティグメ帝国艦艇の艦載機搭載数――現状は推測ではあるのだが、その最大数に匹敵する規模を一度の攻撃で放ってきた。
「中々思い切った手を打つと思ったんだがな……」
「戦いは数ですからな。一度に全ての航空機を投入するのは理にはかなっております。しかし――」
ルンガー艦長は眉をひそめた。
「攻撃が失敗すれば、攻撃手段を喪失することになる。敵さんは戦力を失い、こちらは無傷です」
「今度はこちらの番というわけだ」
シェードは戦術モニターでの彼我の配置を見やる。友軍の偵察情報により、すでに位置や数はわかっている。
同時に、敵艦隊が迷走しているのも。
「これはどう思う、ルンガー艦長?」
「優柔不断と申しましょうか、目移りしていると言いましょうか」
艦長も困惑である。スティグメ帝国艦隊の動きが、さながら迷子のようだったのだ。
最初は、シェードたちの艦隊の方へ進撃していた。だが艦載機を飛ばしてきた辺りから怪しくなる。
攻撃隊を飛ばしてしばらく、突然、敵艦隊は針路を変えた。おそらくスルペルサ軍港が攻撃された報告でも来たのだろう。その救援に艦隊を反転させたと思えば、今度は王都方面に転進した。
「トキトモ長官の王都奇襲が上手くいったんでしょうなぁ」
シェード艦隊は、ジンが軍港と王都を電撃的に落とす作戦を実行しているのを知っている。
王都トゥレースも攻撃を受けた、と報告を受けただろう敵艦隊は再度転進したが、その途中、またも行き先を変えて、スルペルサ方面へと舵を戻した。
「敵さんも大分迷っておりますな」
「王都の民か、輸送船に載せた民か。どちらを優先すべきか悩んだのだろうな」
シェードは、敵指揮官の迷いに同情した。同時に自分が同じ立場でなくてよかったと心底思う。
この状況では、王都か軍港か、どちらかしか救援に向かえない。見捨てた方は確実に切り捨てるということだから、どっちへ転んでも身を切らねばなるまい。
両方救おうと艦隊を分けたなら……シェードら第8艦隊、第7艦隊に各個撃破の隙を与えることになる。
――やはり、あの方を敵に回すのだけは嫌だな。
ジン・トキトモ、いやジン・アミウールの術中に、敵は見事に嵌まったのだ。
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