第115話、違和感と異変
陣地と救護所を行ったり来たりしていると、いま何波目なのかわからなくなる。
前線は、もうずっと戦い続けているようで、疲労や怪我で後退してくる者も増えていた。当然ながら、その分前衛が薄くなっているのだが、腕利き冒険者と、唐突に現れた骸骨兜の暗黒騎士――ベルさんの介入で何とか支えている状態だった。
さらに外壁上ではヴィスタが相変わらず魔法弓を撃ち続けており、おそらくだが、ここにいる全冒険者中もっとも多くの殺害数を稼いでいると思う。さすが魔法と相性のいい魔力の泉スキル保持者と言ったところか。
ユナも魔法攻撃を開始したらしく、連続して放たれた火球が後続の敵を焼いているようだった。
『サフィロ、状況は?』
俺は魔力念話で、ダンジョンコア『サフィロ』と交信する。
『現在、敵第11波目。ゴブリンとオークに加え、リザードマンが加わっています。その数、およそ250』
微妙に一度に投入する数が増えてるな。それに堅いことに定評のあるリザードマンが加わっているとなると、かなりしんどい戦いになる。
『マップを寄越せ、サフィロ』
『承知しました、マスター』
魔力念話に乗って俺の脳裏に直接、状況地図が送られる。こういうのは、ダンジョンマスターの特権だ。さてさて、こちらの前衛を支えているのは約30人? 半分以下に減ったな。
俺はバリケード陣地を抜け、前衛に回る。こちらの戦士たちの側面に回りこもうとするオークの集団。こちらは数で負けているから、どうしても回り込まれてしまう。
革のカバンから、魔石手榴弾を使う。サフィロの寄越したマップのおかげで、敵味方の識別が可能。つまり、安全に手榴弾を味方のいない敵集団に投げ込めるということだ!
爆発、無数の破片と衝撃波が数体の敵兵を殺傷する。もう、ちょい威力のデカいのが欲しいなぁ。オークとかゴブリンだからいいものの、リザードマンとかゲイビアルだったら、あまり効かないのではないか。
まあ、いいさ。本命は手榴弾じゃないからな――!
俺はオークスタッフを構えて連射モード。ライトニングをマシンガンよろしく連射。ゴブリンどもがバタバタと四肢を千切られ、オークをなぎ倒す。
右側面から回り込もうとした連中の足が止まった。予想外の反撃に戸惑ったか? もうちょい、押す! エアブーツの加速で前進。手榴弾を立て続けに放って、爆発と音で敵を怯ませる。よしよし、びびって下がりやがった。
前衛への圧力が減ったので、冒険者たちはベルさんを中心に陣形を立て直す。識別マップ上では、ベルさんが真ん中にいて、他の冒険者たちがその両翼を固めている。もっとも圧力の強い正面をベルさんが引き受けている感じだ。さすがだ、ベルさん……!
とはいえ……やっぱきついなこれ。
『サフィロ、そろそろ魔力は集まったか? かく乱を開始しろ』
戦闘の前にした細工――それを発動させようじゃないか。
・ ・ ・
呆れるばかりの物量だ。
冒険者ギルドの長、ヴォードは厳しい目を戦場に向けながら思った。
南門に敵が集中するなら、西門、東門から王都軍が側面攻撃を仕掛けることも計画のうちにあった。
だが伝令が言うには、西門、東門にも大群ではないものの魔獣の集団があって目下、防衛戦を展開中とのことだった。
つまり、外側から回り込んでの援軍はない。王都内を通ってくるしかないが、今のところ援軍要請に対する返答は来ていない。
外壁上には王都守備隊の弓兵らがいるものの、前線はほぼ冒険者だけで死守している状況だ。冒険者たちは奮戦しているが、物量の差は如何ともし難い。先ほどジン・トキトモが支援に入ったことで、崩れかかっていた前線が何とか持ち直したように見えた。
だが疲弊は目に見えており、あと数波の攻勢でおそらく防衛線が崩壊する。南門に予備兵力があるとすれば、ヴォードを含めた指揮要員のみ。といっても、ラスィアもユナもすでに魔法による支援攻撃に入っているので、残っているのは白兵要員が数名だけである。
「ヴォードの旦那」
ふと、背後から男の声がした。見れば、黒いマントをまとう黒髪の軽戦士がいた。伝令に送っていた冒険者だ。
「おお、コルウス。ボルドウェル将軍は何と?」
「将軍殿は、南門に兵力を送ると今、部隊を動かしている。ただ、外には出さず、南門裏側を固めるつもりだ」
外に出て戦わず――
「南門から出て部隊を展開させる余裕がない、という判断だな」
「そのようだ。門の裏側を固めて、入ってきたところを待ち伏せするらしい」
止むを得ないな、とヴォードも将軍の判断を認めた。コルウスは続けた。
「南門に到着した部隊は、即席の陣地を形成するだろう。もう少し、冒険者で踏ん張る必要がある」
それまで防衛線がもつのか? せめて南門が閉められたなら、その時間も稼げるだろうが。――ヴォードは歯噛みする。
「厳しい、な……」
ヴォードの隣で、コルウスが戦場を見渡す。猛禽のような鋭い目を持つこの男は、偵察に定評のある冒険者だ。
「妙だな」
「何がだ?」
思わず問い返す。コルウスは筒状のものを取り出すと目に当てた。おそらく望遠鏡だろう。この夜闇の中、果たして役に立つのかは疑問だが。時々、魔法が炸裂する光がよぎるので、見えなくはないかもしれない。
「いま、敵は何波だ?」
「一〇は超えている」
ヴォードが言えば、魔法を放った直後のラスィアが口を挟んだ。
「いま十二波目です!」
「途中の数は把握していないのだが」
コルウスは視線を戦場に向けたまま言った。
「もう撃退した敵の数は1千を超えているんだよな? その割には、そこにあるべきものが見えないのだが……」
「何を言っている?」
「魔獣やゴブリン、オークどもの死体だ」
コルウスは、南門のすぐそばにあるバリケード陣地とそこで戦う冒険者たちを見やる。
「相当数の敵を倒した。あたり一面、敵の死体だらけで山になっていてもおかしくないのに、それがあまり見えないのは何故だ?」
「それは――」
ヴォードは考え、しかし理由がわからなかった。確かに倒した魔獣の死体がないのは不自然だ。あっても邪魔だからなくなれば、そこで戦う者たちにとってはありがたいが、片付けている余裕などない。死体が消える? ダンジョンでもないのに――
「それともう一つ」
今度は敵後続の大集団を見て、コルウスが口を開いた。
「まあ、これはこちらとしては歓迎すべき状況かもしれないが、敵の後続集団で突発的な同士討ちが発生しているようだ」
「なんだと!?」
同士討ちとは。あまりに数が多くて、待っている連中の間で喧嘩でも起きたのか。
雑多な魔獣や亜人の集まりである。気性が荒い種族が他の種族と絡んで騒動とか。戦場の空気に当てられ、気が立っている者も多かろう。
「理由はわからんが、魔獣同士で争って自滅してくれるのはありがたい」
統率に乱れが生じれば、前線への圧力も多少緩和される可能性がある。守備隊が守りを固める時間を得られるかもしれない!
「いけない!」
ラスィアの声。弾かれるようにヴォードが視線を向ける。
直後、南門バリケード前の冒険者たちの防衛線が、崩壊した。




