第1124話、南方領視察 オリゾー~
南方領のうち、西方領に面しているオリゾー。その領の境は、広大な草原地帯が広がっている。
その草原を、ヴェリラルド王国製VT-1改戦車が進む。いかにも戦車というフォルムであるVTー1はギュラギュラと履帯で草原の草を踏み荒らす。
長砲身75ミリ砲を一門備えるそれは、領境に侵入しようとする武装集団に照準をつけると発砲した。
南方トキトモ領に踏み込もうとする武装集団は断固阻止する。オリゾーの守備隊に配備されたVTー1改は、ウィリディス仕様の改良型だ。
元のデザインはウィリディス製。しかしヴェリラルド王国が量産できるようにした結果、魔力生成による部品製造を持たない王国の技術力では、若干の性能低下をもたらした。
VT-1改は、王国工廠製ではなく、オリジナルのウィリディス製部品で作られた。結果、王国の生産車両より性能がよかった。
「視察早々、ドンパチが拝めるとはな」
俺は魔法装甲車のルーフから、戦闘を遠巻きに見ていた。
守備隊のVTー1改一個小隊――四輌が草原を進んでくる敵歩兵をアウトレンジしている。
敵の投射武器は弓やクロスボウ。これでは戦車に勝てるはずもない。
オリゾー県庁舎から来た案内人であるライゼは、俺に言った。
「この領に面しているレナール子爵領は、ここオリゾーにたびたび侵略してきまして、その都度、戦いが繰り広げられてきました」
「西方侯爵殿はご存じなのかな?」
「はい。しかし、地方領主間の争いですから、リッケン西方侯爵もラーゲン元南方侯爵も特に口出しはしませんでした」
「決闘と因縁、か」
貴族の喧嘩に口出しすることなかれ、というやつか。
ライゼは眉をひそめる。
「ラーゲン侯爵以下反乱軍に、この領の若い者が兵士に取られ、レナール子爵がこの隙をついてくるかも、と警戒していたのですが……」
「こちらの援軍が到着したと」
南方領の治安維持のために送り込んだウィリディス地上軍である。ライゼは相好を崩した。
「トキトモ閣下が速やかに軍を派遣してくださったおかげで、敵も容易には侵入できません」
75ミリ砲の砲声が木霊する。着弾で土が跳ね上がり、影響下にあった敵兵の体を肉塊とする。
「元は盗賊とか無法者の侵入を防ごうと思ったんだけどね」
俺は双眼鏡を覗き込む。……お、敵さん、逃げ出したぞ。
「ここ最近、連続して連中が攻めてきているらしいな?」
「はい。不敬にもトキトモ閣下の土地を奪おうとしているのです」
「馬鹿な連中だ」
ベルさんがひょっこりルーフに頭を出した。
「数輌の戦車を前に、ろくな対応がとれないクソ雑魚だな。一回追い返されれば、わかりそうなものなのによ」
「レナール子爵とやらが無能なのだろうよ」
俺がライゼを見れば案内人である彼は苦笑した。
「子爵のことは、前線に立たれない人だと聞いております。おそらく戦車という存在を信じていないのかもしれません」
「こっぴどく遠距離から撃たれているのに、子爵殿は突っ込めと兵士を死地に送り込む」
ベルさんが鼻をならす。
「ジン、いっそこっちからレナール子爵領を逆占領しちまえよ」
「まあ、売られた喧嘩だしな」
領主が南方侯爵その人に代わったにも関わらず、子爵が相も変わらず攻めてくるとか、とんだ愚か者だ。
「レナール子爵の屋敷を吹っ飛ばすのはいいかもしれんな。……どれ、一筆送りつけてやろう。次に乗り込んできたら、南方侯爵に宣戦布告したものと見なし軍を送る、とな」
俺は装甲車のルーフから車内を見下ろした。
「ラスィア、こちらの報復に備えて、偵察機による航空偵察。それと諜報部にお隣さんへの諜報員の派遣を指示しておいてくれ」
「承知しました」
ダークエルフのラスィアは、秘書のように俺の指示をメモに記した。装甲車の上に上がったベルさんが言った。
「そのまま領地拡張か?」
「いいや、ベルさん、一撃を与えるだけだ。終わったらさっさと撤退する。下手に進駐したりすれば、周りの貴族たちから何を言われるかわかったものじゃない」
人の領地には関心がないとアピールしておく。
「それでなくても、ここ最近の王国内の情勢は激変しているからね」
「一人の貴族が治めている領地の広さでいえば、ジンが一番だもんね」
アーリィーが顔を覗かせた。
「関係ない連中にまで目をつけられたくはないからな。領土欲を持っているなんて思われたら、あることないこと噂されて、陰謀に巻き込まれるかも」
最悪、罠にはめられて失脚とか追放とかありそう。貴族連中は、敵を貶めるためなら手段を選ばない奴が多いからな。
幸い、エマン王やジャルジーとは親しいのだが、疑心暗鬼を植えられると、何が起こるのかわからないのが世の中である。
「それにしても、レナールはよくもまあ、同じ国の貴族相手に侵攻とかするよな」
エマン王のお怒りを買わないのかね。俺の疑問に、アーリィーは苦笑した。
「王は貴族たちに領地の運営を任せているからね。義務を果たせば後は自由なんだ」
「仕事さえやっていれば、何も言われないってか」
迷惑なことだ、と思う。
「だからって、余所の土地に手を出すとはね」
「因縁かな。貴族ってメンツにこだわるからね」
アーリィーが言えば、ベルさんも頷いた。
「些細な口論が、決闘に発展し、領土同士の激突になるパターン。悪口を言った、とか言いがかりもあれば、お前のところの奴がオレの土地に侵入して泥棒したとか、まあ適当な理由をでっちあげて戦ったりするわけだ」
「決闘となると、まず王国からは干渉できないからね」
アーリィーは肩をすくめた。
「特に貴族たちの領地で起こった喧嘩には、王族は介入すべきではないって習慣があるからね。というか、個人の喧嘩にいちいち介入するのも面倒だし」
「言った言わないどうこうの決闘なんて、そりゃ口出ししたくないわな。お前ら勝手にやってろってのが普通だ」
ベルさんが悪戯っ子のように舌を出してみせた。
言いがかりや難癖で戦争は、洒落にもならない。メンツの問題、か。
よく騎士が侮辱されから決闘だと息巻くが、貴族同士になると戦争までいってしまうこともあるらしい。
「土地じゃなくて、賠償金目当てもあるよね」
アーリィーは眉をひそめた。
「弱小領主に武力で脅しをかけるんだよ。従えばよし、逆らえば戦争だ!」
「ひどいカツアゲを見た」
時代も世界も違えど、やっていることは結局のところは一緒というわけだ。空しいねぇ。
「じゃあ、レナール子爵には、たっぷり賠償金を請求するとしよう」
戦車を動かすのも安くはないんだ。
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