第1123話、大帝国植民地の解放のために
巡洋戦艦『オニクス』を手に入れ、ひとまず大帝国から撤退した俺たちウィリディス軍。
先にシェード将軍に告げた通り、内部対立中の大帝国とスティグメ帝国で潰し合いをさせる一方で、吸血鬼帝国を殲滅するための準備を整える。
しかし行動に移すためには準備も足らなければ情報も不足している。これらを進めつつ、空いた時間に戦力の再編成と増強、そして南方領の運営をやる。
再編成は、スティグメ帝国との戦いで消耗した艦艇の補充や配置転換、新造艦の配備などだ。
損害の大きかったシャドウ・フリートと青の艦隊がまさにそれだ。
これに加えて、大帝国人による現体制の打破を目的とした、もうひとつの反乱艦隊を創設した。
「大帝国の植民地となった土地を解放する」
アリエス浮遊島軍港の司令部で、俺は宣言した。
スティグメ帝国の侵略は、大帝国本土のみならずその占領地にも伸びていた。現地守備隊は奮戦したものの、スティグメ帝国の前に蹴散らされ、吸血鬼たちにテリトリーを献上してしまった。
本国が皇帝の後釜を狙った争いのせいで、支配地域への増援もおろそかになっている今、ウィリディス勢力介入の解放作戦を展開するのである。
「ほう、今度の戦地はそこかい?」
ベルさんが言った。俺は地図を睨んだ。
「スティグメ帝国攻撃の準備が整えば、そちらを先にするかもしれない」
魔力消失装置――より完成度を高めた装置を現在開発中である。
魔法文明のそれは予想外の効果を生み、数十年ほど世界から魔力を奪ってしまう大惨事を引き起こした
文明は滅び、人々も魔法の力を手放してしまった世界――今度はきちんと制御できるものを作らねばならない。
「それまでに、やれるなら大帝国占領地からの解放をやっていこうと思う」
連合国に属していたプロヴィア、クーカペンテという国々。……かつて共に戦った者たちの祖国である。再び奪回してやれねばならない。
「それには、新設された反乱艦隊も投入予定だ」
大帝国人による共闘――そのために、スティグメ帝国は利用させてもらう。大帝国人でありながら政権に逆らったことで迫害された人々。それらが集まってできた反乱艦隊。
同じく祖国を追われた者たちが共に戦う下地作りである。敵の敵は味方と言うが、信用されるにはコツコツと実績を上げてもらわなくてはいけない。
「スティグメ帝国、そしてディグラートル大帝国。それらを叩く。問題は、いまだ姿を見せないクルフ――皇帝の次の動きだ」
「それなんだがな、ジン」
ベルさんは首をひねった。
「もしかしたら、あの野郎。戦いからエスケープしたんじゃねえか?」
「というと?」
「ほら、オレらが連合国に裏切られた時」
黒猫姿の魔王様は言った。
「姿を変えて、死んだことにしただろ? もしかしたらあいつも、死んだフリして、別の人生送ろうとしてるんじゃね?」
「本気で言ってる?」
「オレらだってそうだった。そもそも不死身だって男がこの期に及んで姿を消したままなんだ。もう表舞台に戻る気がないんじゃねえか?」
俺は、ベルさんの意見について考えてみる。
世界の破滅を見たいと言っていた男だ。不老不死の代償か、世界に退屈している彼が、戦争という遊びを手放すだろうか?
それとも大帝国に対抗するウィリディス・シーパング軍が強すぎて戦意を喪失した? いやそれはないな。だったら不死身なのを活かしてもっと直接的に攻撃してきそうなものがある。
あいつは、俺との戦争を楽しみにしている。その決着をつける前に一抜けなどするとは思えない。
「ひょっとしたら……」
俺はふと思った。
「クルフは、俺との戦争を邪魔立てしたスティグメ帝国と密かに戦っていたりしているかもな」
俺たちにとっても吸血鬼帝国が敵なように、クルフもまた連中の存在を目障りと判断して排除に動いているのかもしれない。
「案外、あの皇帝陛下は、スティグメ帝国に乗り込んで調査なり戦争なりやってるかもしれない」
「本当か?」
「さあね。……少なくとも、シェイプシフター諜報部は何も言っていない」
だが、クルフ・ディグラートルがスティグメ帝国に対して無策でいるとも思えなかった。
・ ・ ・
戦力が整い、次の攻勢の準備期間を利用して、俺は南方トキトモ領の視察に出かけた。
王国への反乱を計画した南方貴族たちは一掃された。その領主不在の土地は、俺に与えられ、王国四大侯爵である、南方侯爵となった。
王国一の領地の広さを得た俺ではあるが、直接足を伸ばした場所はまだまだ少ない。
ダンジョンコア(コピーコア)と、配下のシェイプシフターたちによる南方領の統治は、前の領主たちのそれを引き継いだものとなっていたが、俺が聞いたところでは徐々にノイ・アーベントでもやっているウィリディス流に変わっているという。
コピーコアを用いた街道整備は、恐るべきペースで進み、南方10の県すべてにおいて県道とも言うべき道ができあがっていた。
すでに南方領内では、県道を利用して商人や旅人たちが積極的に移動していると聞く。
俺たちはデゼルト魔法装甲車に乗って、南方領県道を移動中。
「ちょっとした旅行みたいだね」
アーリィーは俺の隣で言った。
「ボク、南方領は数えるほどしか行ったことないんだ」
「奇遇だな、俺もたぶん数えられるほどだよ」
反乱軍鎮圧で艦隊を率いた時や、町長らを集めた新領主としてのあいさつ会くらいか。
「まあ、仕事ではあるが、少しは観光気分で見学できるかもな」
いくら県道を整備したとはいえ、視察もすれば数日はかかるだろうな。ポータルでウィリディス屋敷に戻ったり、アリエス浮遊島軍港にも行けるから、何かあっても対応はできるようになっているけど。
ベルさんがトコトコと、運転席方向を見た。
「観光気分ってなるか? あれを見ても」
デゼルト装甲車の周りには、護衛の装甲車やウルペース浮遊バイクに乗った近衛がついている。実に物々しい警備である。
「侯爵ともなると、さすがに護衛なしで視察はできないってことさ」
「一応、公務扱いだもんね」
アーリィーは苦笑した。さすが元王子様。慣れていらっしゃる!
そんなこんなでまずは、南方領オリゾーへ向かった。
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