第109話、チート魔術師、またもぶっ飛ばす
オリビアら近衛隊が演習地を離れた。
俺はストレージから魔法車改三『サフィロ』を出現させる。
濃緑色のボディ。竜の鱗にも負けないスーパードレッドノート級(超弩級の意味)ワニ装甲のせいだが、傍目からみるとミリタリーチックな迷彩柄に見えなくもない……か?
さて、俺は運転席に着き、アーリィーは助手席。ベルさんは俺とアーリィーの間の特等席につき、ユナは後部座席に乗り込んだ。
『おはようございます、マスター。ご機嫌いかがですか?』
魔石エンジンを動かす前に、ダンジョンコアにしてメイン動力であるサフィロが声をかけてきた。俺が「エンジンスタート」と言えば、サフィロは魔石エンジンを起動させた。
「うん、最高。そして最悪」
『その答えは矛盾していますが、理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?』
「魔獣の大群が万単位で迫っている。俺たちは、これから学校の馬車が王都へ逃げ込むまで、それを引っ掻き回す。……どうだ、最高だろう?」
『その状況は、客観的にみて最悪なのでは?』
「わかってるじゃないか」
俺はダッシュボード上の球体を軽く叩いた。ハンドルを握り、シフトを前進に設定、アクセルペダルを踏み込む。魔法車サフィロがゆっくりと動き出した。
アーリィーが助手席で首をかしげる。
「万単位って言った?」
「言った」
フクロウの見た視界情報を俺は確認済みである。ベルさんが口を開いた。
「半分以上はゴブリンだろうな。でその半分がオークで、残りは雑多なモンスターの集まり。フォレストリザードだったり、ホーンボアだったり。……そうそう、リザードマンも見たぞ」
「ダンジョンスタンピードですか?」
ユナが言えば、ベルさんは振り向いた。
「いんや、モンスターの編成を見ると、ちょっと違和感だな。ゴブリンやオークはわかるが、トカゲや猪が一緒になって行動するってのがわからん。とくに猪は、基本ダンジョンにはいないだろう?」
『確かに猪型のモンスターはダンジョン・モンスターには見られない傾向ですね』
サフィロが言った。ベルさんは鼻をならす。
「まあ、何にせよ、連中が大挙して王都を目指しているのは間違いない。これを何とかしないとこの国も終わりかもしれないってこった」
その発言にアーリィーが俯く。まあ、王子様だもんな、気持ちはわかるよ。
森の道を進むサフィロ。運転する俺は呟いた。
「まあ、他の連中を先に行かせたのは、アレを使おうと思っているからだけどね」
「アレって……?」
「アレか」
首を傾けるアーリィー。一方、ベルさんは理解したようだった。
「先制攻撃は大事だと思う」
「もしかして、あの光の大魔法?」
「なんですか、アーリィー様? お師匠、何か凄い大魔法を使うのですか?」
ユナが後ろの座席から身を乗り出した。
俺は運転に注意しながら、ちらとルームミラー――ちゃんと後ろが見えるように取り付けてある――で、ユナを見た。
「ああ、とっておきの大魔法だ。見せてやるから、電池役よろしく」
「デンチ……?」
疑問符を浮かべるユナを無視して俺は運転に集中する。アーリィーが何か言いたげな視線を向けているような気がしたが、気にしたら負けだと思う。
森を出たところで、王都への道からはずれる。森の外縁に沿って南側へ。これからやることの目撃者はいないに越したことはない。王都へ逃げてる連中から見えない位置まで移動する。
……おうおう、いるいる。南側に広がる平原、その地平線にもうもうと土煙が上がっているのが見えた。圧倒的多数の魔獣どもが駆け足で移動しているのだ。
あいつらだって疲れるはずなのにな、なんであんな元気なんだ? その昔、兵隊は走れなくなったらオシマイだっていう話を聞いたことはあるが、タフすぎるだろう、まったく。
俺は車を止める。こいつの屋根にはサンルーフが装備されている。サンルーフというのは天井が開く装置だな。子供の頃、叔父さんの車にそれがあって、よく開いて車の屋根からの視界を楽しんだもんだ。……走行中はダメだ、と怒られたがね。
さて、俺はDCロッドを手にサンルーフから上半身を出した。ふと戦車とか装甲車両の車体上部の機関銃座みたいだな、と思った。
精神を集中させる。俺の描くイメージ、その発動のために周囲の魔力を杖が集めて……充分に魔力を溜める。
「お師匠……!?」
光り輝くDCロッド。莫大な魔力を使って発動される大魔法。その予感に、ユナが言葉を失う。
バニシング・レイ。闇の中に閉じ込めていた光を、一気に解放する!
「発射ーっ!!」
一瞬の静寂。地上に太陽が出現した。
次の瞬間、まばゆいばかりの青白い閃光がほとばしる。俺は目を細めながら、杖の先を右から左へと動かす。暴力的な光の束が地平線の魔獣の大群をなぎ払った。
光は多数のモンスターを飲み込み、分解、消滅させた!
圧倒的な光景。二度目であるアーリィーは目元を手で庇いながら、その光景を目の当たりにし、ベルさんは平然と、ユナは驚愕の面持ちでそれを見守った。
さて、驚いているところ悪いがね、ユナ先生よ。俺は脱力感と嘔吐感の混じる魔力欠乏症から回復するため、車内に戻る。
「お師匠――」
「すまん、魔力を分けてくれ」
・ ・ ・
ユナから魔力補給を受け、一息つく俺。一方、消耗した彼女は、シートに横になる。俺は膝を乗せる格好になったベルさんの特等席を避けながら運転席へ戻った。
「すまんね、ベルさん」
「いいってことよ」
運転席に着くと、アーリィーが何か言いたげな視線を向けてきた。なに、と聞けば「別に」とそっぽを向かれた。
さてさて。俺は革のカバンに手を突っ込み、眼鏡を取り出す。
多目的眼鏡型魔法具をかけ起動。レンズ部分が青白く光る中、俺は双眼鏡モードに設定し、調整する。……さあ、魔獣の大群はどうなった?
あれで全滅できた、とは、ちょっと俺も思っていない。ざっと見た感じ1万は超えてるだろうという推測なので、正直言えば正確な数はわからない。かなりの大群で、なぎ払ってみせたが、全部を射程に収められたとは思っていないのだ。
いやまあ、本当に全力全開出したら、経験上1万なら楽勝なのだが、今回は地形や陣形の詳細情報集めなかったから、結構加減してるんだよねこれが。……ほら、周辺の地形をあまり変えたくないしさ。
ベルさんはひょいと俺の肩に移動して、同じく遠くへと視線を向ける。この人は普通に魔法で千里眼ならぬ拡大や望遠の視野を持っているので、眼鏡いらずである。
しばらく眺めていたら……あー、いたね。いたいた。まだ動いている集団が見える。
全滅させられたら、というのはやはり都合のいい願望だったようだ。




