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第9話、ボスケ大森林地帯

「ホーンラビットは……」


 俺は冷めた目で、足元に飛び込んできた角付きウサギを、魔道士の杖でぐりぐりと押し潰す。


 杖自体は変哲もない木製杖だ。長さは一メートルほど。駆け出し魔法使いが、護身用を兼ねて、魔法の触媒としてよりは旅のお供として利用する初心者杖である。


 それを二本。二刀流として俺は携帯している。アーリィーに稲妻剣とエアバレットを渡したが、この杖には、何の加工もまるでない。

 だがその杖の先端は、すでに動物の血で赤黒くなっている。いまもぐりぐりと、人の足を突こうとしたホーンラビットをぶち殺したところである。


「音で周囲のものを判別している。が、自分より大型の動物が近づくと、こいつらは何を血迷うのか全速力で突進をかましてくるんだなぁ。逃げればいいものを」


 ひょいと、杖の先で器用にウサギの死体を持ち上げると、後ろへと放る。その先には、黒豹姿になっているベルさんがいて、飛んできたウサギをパクリと上手く口で掴むと、またたく間に噛んで飲み込んだ。


「よくホーンラビットは初心者でも狩れる雑魚なんて言われているらしいけど、まずはその不意打ち同然の突進を避けてからの話なんだよなぁ」


 俺は、周囲に気を配る。


「小さいし、大抵こういう森から、いきなり足元狙って出てくるからな。ガサガサって音がして身構えて止まった瞬間、足をグサリ」


 アーリィーはやや顔を引きつらせている。 


「こいつに足を突かれて動けなくなったところを、他の肉食獣に襲われて死んだっていう旅人や冒険者の話は、森に入る人間なら耳にたこができるくらい聞くからな」

「そ、そうなんだ……」

「本当は怖いホーンラビット」

「でも肉は美味い」


 ベルさんがそう言うと、ペッと角を吐き出した。ホーンラビットの角は、安いなりに売り物になるのだ。


「まあ、ウサギだからなあれも。悪いがアーリィー、その角拾ってくれ」

「う、うん……」


 ホーンラビットの角、ベルさんの涎つき。俺が先に渡した布切れで、涎を拭いて、彼女はそれを俺に持ってくる。俺は両手が杖で塞がっているので、アーリィーにその角をカバンに入れさせる。その間にも警戒は緩めない。


 ちなみに今ので四匹目のホーンラビットである。


 俺は先を進む。アーリィーが後に続き、ベルさんは最後尾から後方ならびに周囲を警戒する。……ちなみに黒豹姿のベルさんの姿を、最初はアーリィーは少しびびっていた。いまは少し慣れたようだ。 


「ねえ、ジン。聞いてもいいかな?」

「何だ?」

「君の持っているその杖だけど。……何か特殊な杖なのかな?」

「いいや、ただのオークスタッフだよ。以前立ち寄った町で、一五〇ゲルドで買った」


 右手方向に、何か大きなものの気配。魔力振動、一回放射――索敵(サーチ)


「そうなんだ……。杖の二本持ちって珍しいよね? それも何か意味があるのかい?」

「昔やったゲームで、INTが上がるから片手杖を二本持ちにして魔法攻撃力を上げるのをやった」


 適当な返事の間に、放った魔力振動波が跳ね返ってくる。大型の四足型の魔獣か。狼とかではなくて、ワニやトカゲ的な体型。大きさからすると恐竜的なものを連想する。

 そうとは知らないアーリィーは目を丸くする。


「は、ゲームって?」

「気にするな。それより気をつけろ。右方向、大型魔獣一体、こっちへ近づいている」

「!?」


 アーリィーはエアバレットを、そちらへと向ける。よしよし、注意してやればきちんと反応はしてくれるようだ。


 ガサガサ、と茂みをかき分ける音がする。アーリィーはそちらに狙いを定め、ベルさんも身構えた。


 さて、この魔獣は、今のところ俺のほうに頭を向けているようだが……。

 音がやむと同時に、茂みの向こうで魔獣が止まった。だが一拍置いて、その魔獣が飛び出してきた。


 出てきたのは、装甲トカゲ、ないし鎧竜と言われるアーマーザウラーだった。

 体長は五、六メートルほど。そのスタイルは四足の草食恐竜――アンキロサウルスに近いと言えばわかるだろうか。

 額から背中、尻尾の先まで板状の装甲をびっしりとまとっている。見た目どおり、生半可な物理攻撃を弾く重装甲が特徴だ。


 ああ、これな……。

 俺は、とっさに今もっている武器が全部ほぼ弾かれることを、突進から飛び退きながら瞬時に悟った。両手の杖の殴打も、アーリィーに持たせたエアバレットも無効。


 では仕方がない。

 エンチャントを開始しよう。ゲーム的な言い方をすれば『付加』である。俺の持っているただの杖を、魔法による付加効果で強化するのだ。


 硬化――木製杖の強度を石以上に。

 属性付加『雷』――杖に電撃属性を付加。


 魔法を行使。一般的な魔法使いは、口から言葉として呪文を発したりするものだが、上級者は呪文を短縮したり、言葉にせずとも脳内で使うことができる。


 俺もこのわずか二秒程度の間に、両手の杖にそれぞれ、硬化と属性付与を行う。地面に着地した時、俺の得物は、初心者用魔道士の杖ではなく、サンダーロッドという魔法武器に変わったのだ。


 アーマーザウラーを正面から見据える。と、その鎧竜の横っ面に渦を巻く風の一撃が直撃する。


 アーリィーが手にしたエアバレットを放ったのだ。しかしアーマーザウラーは怯んだものの、それだけだった。直接的なダメージはほぼない。


 だが、隙ができた。

 俺はダンっ、と地を蹴り、アーマーザウラーに肉薄した。そしてその頭にまず右手の杖を叩き込む。杖の頭は雷を帯び、命中した途端、その電撃が鎧竜の全身を駆け巡った。


 痙攣とともにアーマーザウラーは悲鳴のようなものをあげた。おそらく杖の打撃自体はダメージがなかっただろう。だが付加された雷属性による追加効果が、装甲を無視してアーマーザウラーを痺れさせる。


「そら、もう一丁!」


 左手の杖を、アーマーザウラーの開いた口に突っ込む。口の中から電撃を流し込まれる気分はどんなもんだ? いや、たぶん、凄まじくえぐいことになってるかもしれないが、飛び掛ってきたのはお前のほうだぜ……?


 白目を剥いて、鎧竜が地面に突っ伏した。ピクリとも動かないそれは、仕留めたのか、あるいは失神したのか。……まあ、無力化した今どうでもいい。

 俺はひと息つくと、杖の付加を解除した。アーリィーが駆けてくる。


「ジン! 大丈夫!?」

「あぁ。援護、ありがとな」


 直接打撃ではないが、隙を作ってくれたのだ。俺が礼を言うと。


「え……? あ、うん」


 アーリィーは照れたように顔を赤らめた。赤くなって視線を彷徨わせるのは、もとから可愛いアーリィーがやると、こっちまでどこかむず痒いものを感じてしまう。


「それにしても、ジンの持ってる杖、やっぱり普通とは違うよね?」


 気を取り直したアーリィーが聞いてきた。俺は苦笑する。


「いや、ただの杖だよ。エンチャントして属性を付与はしたけど」

「魔法? え、いつの間に魔法使ったの?」


 素でそんなことを言われた。ベルさんがやってきて口を挟む。


「嬢ちゃん、ジンは詠唱なんてしなくても魔法が使えるんだよ。ほら、短詠唱とか、思考詠唱とかいうやつ。わざわざ口に出さなくてもいいんだ」

「え……」


 アーリィーの目が点になった。


「君が、思考詠唱……って。ええッ……!?」


 声が大きい。


「ボクだって、呪文唱えないと魔法使えないのに!」

「いや、普通はそうだから……」

「だって、ジン! 君は唱えなくも魔法使えるんだよね!?」

「まあ、本職が魔法使いだからね。簡単な魔法なら」


 ベルさんのフォローが、逆効果になってしまったようだ。アーリィーは呆然と俺の顔を見つめ、耳にかかる金色の髪をいじいじと弄って。


「君って、やっぱり凄い魔術師なんだね……」



  ・  ・  ・


 その日の夜は、森の中でのキャンプ。


 焚き火を起こし、昼間返り討ちにしたホーンラビットが本日のメインのご馳走。皮をはいだ後は、そのまま丸焼き。味付けは胡椒(こしょう)のみのシンプルなもの。昔付き合いのあった貴族からのもらいものだが、偉く値が張るのはこの世界でも同じらしい。


 串代わりに加工した木にこんがりと焼いたウサギ肉。角さえなければ、普通のウサギと変わらない。アーリィーは両手で串をもって、肉にかぶりつく。……あまりこういう直接かぶりつく食べ方をしたことがないと言うので、少し恥ずかしげだった。


 味を聞いたら美味しいと言ってくれて一安心。焼き方を間違えると、途端に臭みが増して硬い肉になる。


「獣ってのは素直なもんだ」


 温かな焚き火を見やり、俺は言った。


「ヤバイ奴には基本近づかない。獲物を狩ろうと森に入っても、なかなかありつけないのは人間をヤバイ奴と判断して逃げるからだ。だけど、こういう魔獣の森の獣は――」


 平らげた後の串で、森を指し示す。


「人間がヤバイものと思っていない獣が多い。だから向こうからこっちに襲い掛かってくる。魔獣を仕留める腕があるなら、普通の森で獲物を探すより楽だ」


 向こうからやってきてくれるわけだから。

 アーリィーは苦笑した。


「それはジンが強いからだよ。普通の人は、こんな森に入らない」

「冒険者や狩人は入るんだろう、この森にも」


 俺は魔石水筒からカップに水を注いで飲んだ。いつでも新鮮な水を出せる文字通り魔法の水筒である。


 例のスライムベッドの縮小版、それにアーリィーは寝転がった。

 硬い地面で寝るのは――というのはこの前言ったか。こういう使い方ができるようになったら、もう野宿でも直に地面の上で寝るなんてできなくなる。


「君は色々な魔法具を持っているんだね……」

「ん? ああ、便利だろ? 魔力があれば水を汲みに行かなくてもいいんだ」

「便利過ぎるよ」


 アーリィーが楽しそうに笑った。そのとき、ガサガサと近くの茂みが揺れた。


 一瞬で身を起こしたアーリィーだが、やってきたのは黒豹姿のベルさんだった。俺は声をかける。


「お帰りベルさん。食事は済んだかい?」

「あぁ、とりあえず、このあたりをうろついている獣は片付けた」


 ベルさんはトコトコと俺たちのほうへやってくる。


「どうするよ、ジン。もう寝るか? 見張りならオイラがやっておくからよ」

「そうだな……じゃ、悪いけど後頼むわ」


 俺、人より魔力容量あるけど、それに比例した分回復しないから、あんま魔法の無駄打ちとかしたくないんだよね。補充の手段が乏しいうちは、眠れる時に寝て、少しでも魔力を回復させなくてはいけない。


 寝袋サイズのスライムベッドに横になる俺。魔獣のいる森で眠るっていうのは、言うほど簡単ではないが、ベルさんがいるなら安心だ。

 ということで、俺はさっさと眠りにつくことにした。

突撃ウサギさん。


2019/01/01 改稿&スライドしました。

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