第103話、ダンジョンコア
エアブーツの浮遊で俺とアーリィーは空中に浮かび上がる。ユナも浮遊魔法を問題なく扱えた。
だが問題はオリビアで、浮遊魔法をかけても空中での動きがあまりにぎこちなく、正直連れていくのも問題だった。例えるなら、初めてスケート靴を履いてリンクに立ったような状態だ。これでは空中で機動するようなことがあった場合、真っ先にやられる。
仕方ないので竜形態に変身したベルさんが、オリビアを背中に乗せることにした。
「重いな……」
「よ、鎧のせいです!」
近衛隊長と言えど女。体重は気になるようだ。
第一のプールの上を飛んでいる間、何も起こらなかった。静寂があたりを包み、動くものは俺たちを除けば何もない。
だが濁ったプールは不気味だし、むしろ二つ目のプールを越える時が本番だと思っていた。
往々にして悪い予感というのは当たるものだ。
奥のプールの上を通過しようとしたとき、その濁った水面から大きな波紋が広がった。
何かいる。それも……大きい!
次の瞬間、火山が噴火したかと思うほどの大量の水が噴き上がり、俺たちのもとまで飛んできた。現れたのは、超巨大ワニ、としか言いようのない巨体を持つ化け物だった。
ドラゴンを連想させる巨大な咆哮が、無音だった地下階層を切り裂くように響いた。あまりの音量に、アーリィーは両耳を塞ぎ、ユナやオリビアも顔をしかめていた。
「あー、ベルさん? とりあえず、あんたの予想ははずれたな」
超巨大蛇、ドラゴン種、クラーケン、ヒュドラ――どれも可能性があり、実際目の当たりにしたら卒倒ものだが、超巨大ワニも見た目は非常に獰猛にして凶悪だ。
「知ってるか、ワニってのは長生きすればするほど大きくなるんだぜ?」
「ベルさん、こいつはダンジョンコアが作り出した魔物だろ」
再びプールに潜る超巨大ワニ。飛びついてきたが届かなかったので、とりあえず安全圏だろうか。噛みつかれたら、という以前に一口で丸呑みにされそうなデカさだった。
「さて問題だ。あのデカブツ、どうやって倒そうか……?」
あの巨体だ。ワニの表面は鎧のようにごつごつして堅く、半端な打撃に対して滅法強い。大きさから見て、こちらが殴ったり叩いたりする程度では、おそらく蚊が刺した程度の効果しか期待できない。
仮に俺が魔法で巨岩や隕石を高速でぶつけようとも、ある程度は耐えてしまうだろう。ドラゴンの鱗と大差ないほど頑強ではないかと推測する。
生半可な魔法も通じないだろう。かといって、大威力過ぎても駄目。ここが地下にある構造物であることを考えれば、敵を倒しても自分たちが生還しないと意味がないからな。
「ベルさん、ユナ、悪いけどちょっとあのワニをつついてくれるか?」
俺が指示を出すと、二人は了承した。ベルさんの背に乗っているオリビアは巻き添えを食らう形で、目を白黒させていたが……。
ベルさんが高度を落とし、超ワニの注意を引く。ユナは攻撃魔法で標的に叩きつける。かなりの高威力の魔法なのだが――
「やっぱり、効いてなさそうだな……」
俺はアーリィーと離れた場所で、その様子を観察していた。外側からでは、傷をつけるのさえ困難。ドラゴンスレイヤー、いわゆる竜殺しの力のある武器とかなら……といってもあのデカさ。地上で近接戦挑んだら、おそらくドラゴン以上に活発に動いて、斬るどころではないような気もする。
そうなると――
「中からダメージを与えるしかないか」
「どうやって?」
俺の呟きを聞いたアーリィーが問うてくる。カメレオンコートのフードを被っている彼女だが、前髪や横顔が覗いているところは、雨合羽着ている女の子みたいで、ちょっとかわいい。
「いい質問だ。……ってどうした?」
「うん、ごめん、ちょっと落ち着かなくて」
空中に浮遊している状態である。地に足がつかないことで、妙に緊張しているみたいだ。
「落ちたら、あの化け物に食べられちゃうかもって思うと……何か逃げ切れなさそうで」
「足場を作ろう」
俺は魔力の層を利用した足場を作る。頭の中で四角い鉄板を想像してそれを具現化。アーリィーと俺の足元に黒い足場が現れた。
「エアブーツを作る前に使ってた魔法だけどね」
俺は足場に降りる。以前、高いところに登る時に使っていた魔法の足場である。まだ浮遊の魔法が精神的に苦手だった頃の話だ。アーリィーの手を引いて同じく足場に降りさせる。
「で、どうやるかって話だったな。説明してもいいが、まあ俺がやるのを見ていたほうが早いと思う」
ここにいて。俺は告げると、エアブーツの浮遊の力を借りて、足場を蹴って飛んだ。
「お師匠!?」
俺の行動に、ユナが驚いて振り向く。俺は構わず声を張り上げる。
「ベルさん! 奴をこっちに!」
竜形態のベルさんが急反転する。超巨大ワニの化け物はプールに落ちて派手に飛沫を飛び散らせると、再び飛び上がってきた。俺のほうへ。その大口を開けて。
ゲイビアルには一度やってるんだけどね……! 馬鹿でかい岩でも喰らいやがれ!
巨岩を瞬時に具現化。超巨大ワニの大口より大きなサイズの岩を叩き込む。
がんっ、とワニの口に大岩が挟まる。口の両端から血が出たのは若干裂けたためか。
つっかえ棒よろしく口を閉じられなくなる超巨大ワニ。俺は岩の上に立っている。おかげで前後に超巨大ワニの口がある。
挟まっている岩がみしみしと音を立て始める。……ああ、岩を砕くつもりだ。こいつはそれができるのだろう。
一度噛んだら放さないくらい強いんだっけ、ワニの噛む力ってのは。岩が砕けたら、俺もそのまま奴の口の中から体の中へ。
岩を硬化で固めたり鉄に変えれば、岩の崩壊は防げるかもしれない。が、別にその必要はない。口さえ開いていればいい。岩の向こうに、魔力を集めてその力を解放させてやればいいのだ。
そして何より、いま奴の動きはほぼ止まっている。これではずす心配はない!
「中から吹き飛べっ。……エクスプロージョン!!」
凝縮した魔力の爆発は、たちまち超巨大ワニを体内を焼き、その内臓器官をズタズタに吹き飛ばした。口に挟まっていた岩も爆発の衝撃が吹き込んだ影響で砕けるが、エアブーツを履いている俺は、すでにそこから跳んでいる。
黒煙を吐きながら超巨大ワニの身体がグラリと傾いて、二つのプールの間の通路に倒れ込んだ。津波が起きて、フロアの床全体がしばし荒れた。
床に着地した時にすぐに上へ飛んだが、靴やローブの端が濡れてしまった。おぅ……。
「ジン! 大丈夫!?」
空中の足場から、アーリィーが大声で聞いてきた。大丈夫、と俺は手を振りながら答える。
さて、と。ベルさんやユナが降りてくる中、俺はフロア奥にある青い球体――ダンジョンコアへと歩み寄る。
あの超巨大ワニを召喚ないし生成したダンジョンコアである。相当魔力を消費していると思うのだが、果たして。ワニがいる間は、おそらく共食いを避けるために他のモンスターは出さなかったと思うが……。
用心しつつ、青い球体に近づく。大きさはボウリングの球くらい。……ダンジョンコアに見せかけた罠の一種だったりして。
「でも触る」
ピタリ、と右手の平が青い球体に触れる。冷たい感触。色が青いだからというわけではなく、普通にガラス球とか触ったのと同じような感触だ。
球体が輝きだした。
『……生体反応、「人間」と確認。魔力を確認。マスターの資格判定……』
若い女の声。天然ものではなく、古い時代に人工的に作られたタイプのダンジョンコアだ。この世界では……古代文明時代とか言うんだっけ? 超技術で栄えていた……とか言いながら、何故か滅んでいるという物語でよく聞く類の。
「喋るタイプのコアか」
ベルさんが猫の姿になりながら言った。それまでベルさんに乗っていたオリビアは素早く離れる。
「これがダンジョンコアなのですか? いま人語を喋ってましたよね?」
「会話ができるダンジョンコアなんて初めて見ました」
ユナが、かすかに驚いた表情を浮かべるが、この娘の場合、これで目一杯驚いている。
まあ、普通のダンジョンコアは、何故か知らないがどこかで生まれて、適当な場所に根を下ろして、そこでダンジョンになるという、よくわからない存在だ。
だからダンジョンコアと言っても、人工モノとは似て非なるものかもしれない。
『判定終了。コアの所有者としての登録が可能です。登録しますか?』
コアが問うてきた。俺の答えは――
『青烈の呪文書Ⅱ』を手に入れた(嘘)




