第1026話、国内の問題はさっさと解決しましょう
まったく腹立たしいことに、余計な仕事を増やしてくれたものだ。
俺は、祝勝会自体はどうでもよかったが、我が友ジャルジーとエクリーンさんの婚約発表の場をメチャクチャにしたラーゲン侯爵には恨み言のひとつも抱かずにはいられなかった。
「王城にいる敵は?」
エマン王の問いに、俺は答えた。
「ボルドウェル将軍が鎮圧に向かわれました」
南方貴族の王城制圧部隊は、俺とクルフが主な兵力を潰した。まだ少々残っているが、それは王城にいる王都軍が掃討に向かった。
これまで王のそばに仕えたボルドウェルにとっても今回の件は、怒髪天を衝くほどのものだった。
自分たちの持ち場でクーデターを許し、王の御身にも危機が迫っていたことを知らされた彼と王都軍は怒りに燃えて、反逆者の制圧にかかっているだろう。
「王城の敵のみならず、王都にある南方貴族たちの別宅にも部隊を派遣して、武装解除をさせるつもりです」
そこで多少戦闘になる可能性もあるが、そこは将軍以下、王国軍に期待しよう。
さて、ラーゲン侯爵のクーデター計画は、主要貴族が王都に集結しているところを、王族もろとも制圧。味方に加わればよし、加わらければ拘束ないし処刑するというものだった。
エマン王の返答次第では、その首を刎ねるというのも当然あったわけで、これにはジャルジーらが激怒していた。
「許せん! この大事な時に、反乱など!」
他の貴族たちも、それに同調。クーデターの首謀者が拘束されたことで、勝ち馬に乗らねばと貴族たちはこぞって王側についたのだ。
エマン王は静かに口を開いた。
「残る問題は、南方貴族たちの領地と配下の軍か」
王国への反逆となれば、ラーゲン侯爵ら反乱貴族たちは極刑を免れない。その一族も悪ければ皆殺し、よくても国外追放だろう。
首謀者は捕らえたが、その家族や反乱に同調する臣下が、彼らの領地にいて活動していることだろう。
南方貴族らは、反逆を悟られないよう、自領から連れてきた護衛はいつもより若干増やした程度。大動員をかけないことで、目立たないよう抑えたのだ。
諸侯が集まり、その身柄を一気に確保できれば、最小の戦力で事は成せると考えたのだろう。
一方で、クーデターに加わる南方貴族の各領では、今頃、軍が編成され、王都やその他領地への進駐に備えての準備が進められているらしい。
これ以上、騒ぎが大きくなる前に、早期に南方貴族に武装解除をさせ、その領地を掌握しなくてはいけない。
クレニエール侯爵が言った。
「時間を置いたら、敵にも迎え撃つ準備の時間を与えてしまいますな」
彼は、はっきり南方貴族軍を『敵』と称した。早期に鎮圧すべし、と言っているのだ。
場に居合わせた貴族らの何人かが、反乱軍制圧に志願した。しかし、領地に戻って、そこから軍を編成など、時間がかかる。クレニエール侯が言った、『敵に準備の時間を与えてしまう』のまさにそれである。
ちら、とエマン王が、俺の方を見た。……あ、これ、こっちにくる流れだ。
「ジン、お前に任せたら、南方領を何日で押さえられる?」
「正確な検討はまだですが……」
「大雑把でよい」
「はい、完全制圧には少々時間が必要ですが、南方各領の主戦力の無力化自体は、三日以内に」
周囲から驚きの声が上がる。わずか三日。これはここにいる貴族が自分たちの領に帰り着き、兵を集めている頃には、もう終わっていることを意味する。
ちなみに、俺が言った三日という数字。これでもかなり余裕をみて言っている。
「流血は最小限に済ませたい。隣国のように長引かせるつもりは毛頭ない」
エマン王は厳しい表情を崩さない。その隣国、リヴィエル王国は王国派と帝国派で、現在も睨み合っていて反乱騒動に決着がついていない。
なお、パッセ王をはじめ、ゲストたちは別室で休まれて、この場にはいない。
「心苦しくあるが、時間が惜しい。お前に南方領の反乱勢力の撃滅と制圧を命ずる」
「はっ、承知いたしました」
それではこれにて――俺は、一礼する。
面倒事を処理することになってしまった。だが一方で、これ以上、貴族の集まりの場にいなくて済むと思うと、肩が軽くなった。
どんだけ、パーティーが嫌だったんだ、と内心ツッコミを入れたい。
アーリィーとベルさんも俺に続いた。
・ ・ ・
「よろしいのですか?」
貴族らは、エマン王に問うた。
「トキトモ侯は、ああ言っておりますが……」
「たった三日で、南方領の制圧など不可能では」
行くだけでも、日程オーバー。さらに今回の反逆に加わった南方貴族たちは、ラーゲン侯爵を含めて十人ほど。その領地の範囲はかなり広い。
あり得ない、不可能だ、という見方は、この時代の常識では当たり前である。エマン王とて、以前ならそう考えていたし、実際、ジンが『三日以内』と口にしたのは、驚きであった。
いかにウィリディス軍でも、広大な南方領の制圧には、もう少し時間がかかると思っていたからだ。言い出した自分が一番驚いていたりする。
「ジンならやるだろう」
ジャルジーが、王の人選を擁護する。クレニエール侯爵も顎に手を当てて言った。
「トキトモ侯は、大帝国との戦争の片手間に、ノベルシオンを撃退することができる最強の軍を率いている。早期の鎮圧に最強戦力を投じるエマン陛下のご判断は英断と言えましょう」
彼ばかり働かせて、正直心苦しいのだが――エマン王は、別の意味で表情を険しくさせた。
しかし、リヴィエル王国のように反乱を長引かせないための最善が、ジンに頼ることである以上、仕方がない。犠牲を最小に、そして時間をかけないためには彼の力が必要だ。
そして今回、ジンが公言通りの活躍をすれば、王国の軍備も機械化が進むだろう。自分たちが時代に取り残されないように、貴族たちも動かざるを得ない。
大帝国との戦いのためにも、各貴族の技術レベルが高くなってもらわねばならない。すでにクレニエール侯爵や一部の貴族たちは、そのように動き出している。
その東方領を預かるクレニエール侯爵は淡々と言った。
「今回、ラーゲン侯は、トキトモ侯のもたらす新しい風に不満があった様子」
先ほど、南方侯爵が自らの口でそう言っていた。
「実際、トキトモ侯に喧嘩を売ったようなものですからな。これはトキトモ侯が買わねば、彼の沽券に関わるというもの」
貴族のプライド――そう言われてしまうと、まだジンに任せたことを不満そうにしていた貴族たちも黙るしかなかった。
体面などに、やたらこだわるのが貴族というもの。これは決闘である、とされてしまうと、部外者は見守るしかないのである。
しれっと言うクレニエール侯爵だが、これでかなりジンに肩入れしている貴族なのだから役者である。
――いっそ、南方領もジンにくれてやるか。
エマン王は考える。もっとも、ジンがあまり表舞台に立ちたがらないのは、付き合いで知っている。領地を与えても喜ばないのもわかっている。
しかし、面倒は増えても、領地経営は見返りも大きい。とくにジンはノイ・アーベントを始め、領の運営を成功させている。
その発展は国をより強くする、とエマン王は確信していた。――そうなれば、少しはジンを楽させてやることもできるか。
そのためにも、大帝国との戦いの邪魔でしかない反乱は、さっさと取り除かねばならない。
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