第1022話、国王陛下のスピーチ
予想通り、俺の周りに貴族たちが集まってきた。
その前にクレニエール侯が俺を手招きして、他の貴族を牽制する。ジャルジーもまた、自分の周りに集まっている貴族らを適当に相手して、こちらへやってきた。
公爵と侯爵ふたりがいる場となると、人も集まるが、質問や会話の砲火が分散する。俺と関係を得たい貴族たちも、俺ばかりかまけるとジャルジーや古株のクレニエール侯の機嫌を損ねる可能性があって、控えめにならざるを得ない。
社交界の先輩であるジャルジーとクレニエール侯が、これほど頼もしく思える日が来るとはね。そもそも、俺は社交界とは無縁な人生を送っていたからね。
「が、その成り上がりを面白く思っていないものもいるわけだ――」
ジャルジーが苦々しい顔で言った。
「オレは能力さえあれば、その地位に就けるべきだと思っている」
ラーゲン侯爵のグループに険しい視線を向けるジャルジー。ここに集まっている貴族の中でも、何人かが不快な表情になった。
……おそらく根っからの純潔貴族派だろう。平民の出だろうが、能力を重視するジャルジーの考えに反発心を抱いたのだろう。
へいへい、俺はどうせ平民の成り上がりですよー。
貴族だから偉い、と思うのは勝手だが、それ以外を人とも思っていない人間とは、考えが合わないんだよなぁ。そのあたりは、現代日本の一般人が多くそう思っているだろうけど。
それはともかくとして、やはり言うべきか、ズィーゲン会戦での戦いや観艦式で見た航空艦の話題が集中した。
「あの空を飛ぶ船、あんな大きなものが空を飛ぶとは、驚天動地ですなー」
「大帝国もあのような船を持っているのでしょう。ヴェリラルド王国は大丈夫でしょうか?」
「皆、不安がるのも無理はあるまい。しかし安心せよ。貴殿らが見たものは、すべて我が国とその味方の艦よ」
その場にいて艦隊司令長官を務めたのはジャルジーである。本人はただ座っていただけとかつては自嘲していたが、ここでは立派な指導者ぶりを発揮した。
「トキトモ侯爵、航空機やASなる兵器は、あなたのウィリディスが製造されたとか……」
「車なる移動手段は馬車をも超える速度が出せると聞きました――」
「車はよいぞ。最高だ」
クレニエール侯爵が、俺への声のいくつかを受け持ってくれた。ジャルジーはズィーゲン会戦の話をしてくれるし、お二人とも素晴らしき盾である!
ちら、とアーリィーを見れば、彼女はクレニエール侯の娘であるエクリーンさんと一緒にいて、他の貴族令嬢たちに囲まれていた。
「――あの空母と呼ばれる航空機部隊を指揮したのは、アーリィー様なのよ」
エクリーンさんの声が、俺の耳に届いた。まあ、と貴族の娘たちが黄色い声が聞こえた。元々、アーリィーは女顔の王子ということで令嬢から人気だったらしいからな。
「おっと、そろそろ挨拶が終わるかな」
ジャルジーの声。視線の先には、エマン王がいて、貴族たちのお参りがひと通り終わりそうだった。
「親父殿のスピーチが始まるな。クレニエール侯、行こうか」
じゃあ、兄貴――と言い残し、二人は移動した。おいおい、俺は置いてけぼりかよ。クレニエール侯は途中、エクリーンさんと合流して、エマン王のほうへ。
そういえば、今日、正式に婚約発表だったっけか。
ジャルジーとエクリーンさんの。前々から互いの関係を深めるために同居生活だったから、俺的には、まだ発表してなかったんかい、って話なんだけどな。
さて、困った。俺はひとり。ここぞとばかりに貴族たちが集まって――
「トキトモ侯、お久しぶりです」
「あ、ニシム――ヴェルガー伯爵」
お久しぶりです、と俺も会釈する。
ノルテ海の制海権を守るノルテ海艦隊を指揮するはノルト・ハーウェンを治めるヴェルガー伯爵。おしゃれなお髭な紳士だが、この人は前世が日本人で、かつては海軍にいたらしい。
ウィリディスから提供された扶桑型戦艦以下、海上艦隊も十二分に指揮する提督であり、大帝国とリヴィエル帝国派の侵攻を撃退した。
ズィーゲン会戦ばかりに目がいきがちだが、同時期にノルト・ハーウェンを守ったヴェルガー伯爵も、賞賛されるべきだろう。
「今日はお一人ですか?」
「息子には艦隊を任せてあるので」
領主がお留守でも、その防備に抜かりなしということだ。
「あなたもゲハルト君も大帝国と戦い、赫々たる戦果を上げられた」
「なに、私は弱いモノいじめをしただけですから」
ノルテ海艦隊は、旧世代の遺物のような帆船の艦隊を撃滅した。大帝国を除けば、この世界の標準的軍備ではあるが、それと比べてしまうとノルテ海艦隊はチートの塊である。
「それは謙遜というものですよ、伯爵。相手は数百隻もの大艦隊でした。いくら性能が隔絶していようが、戦いは数という鉄則からみれば、少数で破った事実は揺るがない」
「恐縮です」
たっぷり年上にも関わらず、ヴェルガー伯爵は俺に素直な反応である。
「お、陛下のお話が始まるようです」
貴族たちの視線が、国王に集中した。傍らには、ジャルジーがいて、そのそばにクレニエール侯爵とエクリーンさんがいる。
「皆、よく集まってくれた。我がヴェリラルド王国は、大帝国の脅威にさらされたが、ジャルジー公爵以下、王国軍は、これを撃退した――」
エマン王は重々しく、しかしよく通る声を発した。ウィリディス白亜屋敷では、穏やかなお爺さんのような雰囲気をまとっているのだが、公式行事の場ともなると王の威厳が半端ない。
「また、ノルテ海では、ヴェルガー伯爵の艦隊が敵の侵攻を阻止。東領では、クレニエール侯の東部軍が、ノベルシオンと帝国の連合軍を粉砕した」
名前があがるたびに、視線がそれぞれに集中した。ヴェルガー伯爵、そしてクレニエール侯爵はそれぞれ会釈で応える。
「我が国は、本来なら未曾有の危機にさらされていたが、同盟国シーパングの支援もあり、敵に我が国の領土を欠片も渡さなかった!」
おおっ! と貴族たちから声が上がった。
「また、此度の防衛にあたり、各戦線を支え、尽力してくれたトキトモ侯爵の働きに深く感謝するものである。……ありがとう、トキトモ侯」
王から名指しされた上に、お礼まで皆の前で言われてしまった。照れるぜ、国王陛下。
「大帝国は強大な敵である。諸君らも、我が国単独では、かの国に抗えないことは知っていよう。しかし、我々はひとりではない! 隣人であるリヴィエル王国、エルフ国、そしてシーパングは我らと共に大帝国に立ち向かう!」
会場にいる、その味方陣営の指導者たちも頷いた。エマン王は酒の注がれたカップを掲げた。
「ズィーゲンや国のために戦った勇士たちの働きに感謝し、なおその犠牲に哀悼の意を表す。そして今ここにいる諸君らに私は告げる。大帝国の魔の手を粉砕すべく、団結せよ! 世界各国が、大帝国打倒に動いておる!」
「「「おおっ!!」」」
集まった貴族たちが力強く応えた。正直、相手が大帝国と聞いて不安も大きかっただろう。だが昼間に、一大航空艦隊を見せられ、また勝利しているという現状と、味方の多さが、その不安を和らげる効果を発揮したようだ。
何より、我らが王は微塵の不安もなく、断言した。……こういうところなんだ。王様の頼もしさってやつは。
俺は、エマン王を尊敬している。
「と、乾杯の前にひとつ。この場を借りて、ズィーゲン会戦の英雄のひとりであるジャルジー公爵――」
そこはひとり、ではなく英雄って言い切ってもいいんだぞ、と俺は思った。本当は俺のこともきちんと喧伝したい王の、控えめに抑えつつ、しかしまったく蚊帳の外にはしないぞという意思か。……その気持ちだけで充分ですよ、お義父さん。
「――公爵とクレニエール侯の令嬢エクリーンの婚約をここに発表する。次期国王ジャルジー公爵、そしてエクリーン嬢は、我が国の未来である!」
おめでとう、ジャルジー、エクリーンさん。
俺は静かに頷いた。
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