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英雄魔術師はのんびり暮らしたい  のんびりできない異世界生活  作者: 柊遊馬
第二部

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1029/1900

第1021話、挨拶回り


 王城にて、ズィーゲン会戦祝勝会が開かれた。


 広々としたフロアで、立食パーティースタイルで行われる。ここにはヴェリラルド王国の王族、主な貴族たちが集まっているわけだ。


 ……もしここが吹き飛ぶようなことがあれば、それで国の中枢は滅びてしまうな。招待もされていないクルフが来ているので、そんな考えがよぎってしまう。


「正直、マジ落ち着かない」

「もし団長がご希望でしたら、私がここの人間すべてを吹き飛ばしましょうか?」


 忠実な部下のように振る舞いながら、物騒(ぶっそう)なことをいうクルフである。


「頼むから、大人しくしてくれよ」

「心得ています。もし気に入らなければ、転移で飛ばしてください」

「今、飛ばしてやりたい」

「駄目ですよ。騒ぎも起こしていないのに飛ばしたら、転移で戻ってきますからね」


 そう言ったクルフは、顔を上げた。


「ほら、エマン王陛下が参られましたよ」


 会場に、ヴェリラルド国王が、娘であるフィレイユ姫と近衛騎士を引き連れての入場だ。


「さて、団長。あなたも奥方の元へ行かれたほうがいい。侯爵ならば、挨拶(あいさつ)の順番はすぐですよ」

「お前が、俺の従騎士だった頃を思い出すな」

「あの頃を思い出して、私も少し楽しくあります」


 クルフが礼の姿勢で俺を送り出した。アーリィーと合流する俺。


 王が席につくと、まず公爵であるジャルジーが挨拶のために移動する。そこで少しお話して、次に身分の高い侯爵の番となる。妻や家族を連れて、王の前に行くわけだが、俺の同伴者はアーリィーが担う。


 ヴェリラルド王国には俺を含めて侯爵が五人いる。東方を預かるクレニエール侯のほか、北方、西方、南方に各ひとりずつ。


 俺はクレニエール侯と同じ東方の貴族となるが、ひとつの地域に二人の侯爵は異例なことだったりする。なお、北方には侯爵と公爵――ジャルジーがいたりする。


 もっともクレニエール侯は俺と懇意の間柄であり、特に問題にはなっていない。新参の俺は侯爵組の中では最後だ。


「陛下」


 順番がきて、俺とアーリィーは頭を下げる。うむ、と頷くエマン王だが、お隣のフィレイユ姫はどこか不機嫌顔だった。


「どうしたの?」


 アーリィーが妹姫に聞けば、父王そっちのけでフィレイユ姫は愚痴を漏らした。


「ラーゲン侯爵が、不快だったのですわ」


 周囲を気にしてか、小声で話すフィレイユ姫。ラーゲン侯爵といえば、南方の侯爵で、俺たちの侯爵組の最初の人物だ。


「機械などという怪しげなものより伝統を、ですって……!」


 ガチガチの保守派だった。剣と魔法の時代の人間であり、機械と銃の流れに否定的なのだろう。


「あまつさえ、ジン様の悪口を――」

「本当なの?」


 アーリィーが眉をひそめれば、フィレイユ姫はさらに声を落とした。


「直接名前は出さなくても、あの嫌味はジン様のことを指していますわ。わたくし、あの方嫌いですわ」


 そうなんですか――俺がエマン王に顔を向ければ、当の王は苦笑した。


「自分の知らないところで話が進んでしまっているのが気に入らんのだろう。あれで我が国を支えてきた古参の家だからな」

「それは、さぞ面白くなかったでしょうね」

「伝統も大事だが、それを守って、国を滅ぼすわけにはいかないからな」


 エマン王は微笑(びしょう)する。フィレイユ姫が笑みを浮かべた。


「英断ですわ、お父様」

「ありがとう。さて、次が控えているのでな、また後で話そう」


 侯爵組の次である伯爵組が列を作りかけている。ここからはそこそこ人数が多くなるから、一度に全員は並ばない。だいたい自分の立ち位置を判断して、そこの頃合いを見計らって移動するのだ。


 俺とアーリィーは、エマン王の前を離れたがそれで、終わりというわけではない。


 隣国リヴィエル王国のパッセ王とそのご家族、エルフのカレン女王、シーパングのヴァリサ女王と、その付き添いの形をとるベルさんの席が続いている。


 これらは全員に挨拶する必要はないが、侯爵以上や接点のある貴族は礼儀としてお声かけしておくものという暗黙のルールがあった。


 まあ、俺にとっては全員知り合いなので、当然のごとく全員に挨拶しておいた。


「トキトモ侯、ズィーゲン会戦の活躍は見事だった」

「光栄です、パッセ国王陛下」

「ジン様、お久しゅうございます」

「アヴリル姫、ご機嫌うるわしゅうございます」


 ……アーリィーからの話では、彼女、俺の嫁さんのひとりになるとか。パッセ王も奥様も、やたらニコニコして俺とアヴリル姫を見ている。


「いずれ、娘ともども貴殿の世話になる。よろしく頼む」

「はい、陛下」


 一礼する俺。ちら、とパッセ王が視線を向けたので、そちらを見ればエマン王がこちらを見ていた。どこか苦虫を噛んだような顔に見えたのが一瞬。一方のパッセ王の笑顔がわざとらしく見えたのも一瞬。


 高度に政治的な内容なのだろう。そう思うことで俺は考えを放棄する。


「ではのちほど」


 続いて、カレン女王にご挨拶。エルフの護衛騎士が警護についているが、女王様はどこか落ち着かない様子だった。


「あまり人間の多い場所に慣れていないせいでもあるのですが」


 苦笑する女王様。


「先ほど、クレニエール侯爵とお話をしました」

「クレニエール侯が、ですか……あ、当てましょうか。紅茶の話ですね?」

「ええ。エルフの里の紅茶を褒めていただきました。個人的にも、取引したいようでした」


 あの紅茶党は、俺を通してエルフの里からの品を輸入している。今のところは紅茶ばかりだが。


 最後にヴァリサとベルさん。……まあ、ベルさんにはいつも会っているが。


「緊張してっか、ジン」

「まあね」

「これからが本番ですよ、ジン」


 ヴァリサ元女帝陛下は悪戯っ子のように笑んだ。


「たぶん、わたくしとあなたの所に、この後、多くの貴族が集まってくるでしょうね。シーパング国の兵器について、皆様、大変興味があるようですから」


 シーパング国の女王という立場で、ここにいるヴァリサである。架空国家の指導者役として、ご登場いただいた。


「国のことを聞かれたら、アポリトのことを話せば大丈夫だと思いますよ」


 どうせ実際の魔法文明のことなど誰も知らないのだから。


「ええ、そうします。……ベルさん?」

「ああ、フォローはしてやるよ」


 人の姿のベルさんは肩をすくめた。以前から、どこぞの国の有力者という風で、知る人ぞ知る存在だった彼も、シーパング国の出身であると晴れて名乗ることができた。


「そういう設定ってだけだろう」


 鼻をならすベルさん。


「そろそろ、お前さんも戻ったほうがいいぞ」


 先にお偉いさんに挨拶を終えたジャルジーや他の侯爵が、順番まで時間のある貴族らと談笑したりしている。


「まあ、頑張れや」

憂鬱(ゆううつ)だよ」


 それが俺の本音である。

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