第8話、エアブーツでスイスイ
鬱蒼と生い茂る大森林、その入り口に俺たちはいた。
「……いやもう、ね」
アーリィーが胸に手を当て、息を整える。 俺たちはボスケ大森林地帯に到着していた。
「本当にわけがわからないよ……!」
アーリィーが天を仰ぐ。俺は肩をすくめた。
ブルート村を出て、まだ数十分しか経っていない。本当は半日程度かかる道のりを、俺はアーリィーを背負い、森まで駆けてきたのだ。
地面を蹴り、跳ねるようなそれは、常人のそれを遙かに超えるスピードを出し、黒豹姿に変身したベルさんが全速力で随伴した。
道中、『ジン! ジン!』と背負っているアーリィーが俺の名前を連呼していたように思う。振り落とされないように彼女は俺にぴったり身を寄せて何事か喚いていた。
速い速い、だか、怖い止めて、だったか?
とりあえず無視した。背中に当たる、意外にある彼女の胸の柔らかさを堪能……する余裕はあまりなかった。正面から吹き抜ける風がひどく冷たく感じ、逆に背中が温かい。
さて、この速さの秘密は、俺が履いている靴『エアブーツ』にある。
昔遊んだRPGで、『移動スピードが倍になる靴』というアイテムがあった。それをヒントに、風の力を秘めた魔石と空気を流すグリフォンの羽根を加工して、さらに魔法効果を付加する魔法文字を織り込むことで、常人真っ青の加速とジャンプ力を手に入れた、魔法靴を制作した。
なお俺の自作の品なので、この世界には俺のを含めて四足しか同じものは存在しない。残りの三足は、以前の友人と、とある令嬢に贈った。
「まだ胸の中バクバクいってる!」
男装王子、の替え玉少女がそう口にすれば、ベルさんが黒豹から猫の姿になって言った
「あ? なんだ恋か?」
「こ、恋!?」
アーリィーが素っ頓狂な声を上げれば、俺は相棒を睨んだ。
「あんまりからかうなよ、ベルさん」
「だってよ、ジン。心臓がドキドキバクバク言ったら、恋している人間の特徴だろぅ?」
「緊張したり、驚いた時だって、ドキドキバクバクするさ」
俺は森を見やる。ここからでは奥が見えないほど深い森である。魔獣が出没するそうだが……なるほど、雰囲気はあるな。
「さて、アーリィー。君は何か戦闘のスキルは?」
「えっと、いちおう護身用に剣術を少しと魔法。ボク、魔法騎士学校の生徒なんだ」
魔法騎士学校! へぇ、さすが王子の替え玉。多少は心得があるわけだ。ん? 替え玉が学校の生徒? 何か違和感。
「魔法は? どの系統を使えるんだ?」
「えっと、メインは風の属性魔法。あとサブで水と神聖系があるから、攻撃、補助、治癒が使えるよ」
思わず口笛を吹いていた。魔法騎士学校というからには、戦闘クラスは魔法剣士ないし魔法騎士。魔法が使える戦士系で、オールラウンダーなタイプだ。
それに加えて攻撃系の他、自身の能力を高めたり、相手を弱体化させるなどの補助系、傷の手当てをする回復系の三系統を使えるという。……この娘、結構優秀なのでは?
とはいえ、まだ学生。どの程度の実力かはまだ判断できない。使い物になればいいが。
「実戦経験は?」
俺の問いに、アーリィーは躊躇う。一瞬、視線が彷徨った。
「……一回。といってもボクはほとんど後ろにいて、あとは捕まってしまったから」
戦場の空気には触れたが、実際に剣を振るった、というわけではない、と解釈しよう。そういえば、いま彼女は丸腰だったな。
革のカバンに手を突っ込む。予備の武器がいくつか……。
「得意の得物は?」
「基本は剣。片手剣」
王子様の替え玉だもんな。騎士とか貴族、いや王族で王子ともなれば、象徴の意味も込めて武器は剣と相場が決まっているか。
「とりあえず……これを」
カバンから出したのは、一本の剣。細身のそれを受け取ったアーリィーは鞘を抜く。薄く青みかかった剣身が露わになる。ガードの中心部分には青紫色の魔石がはめ込まれていて、剣をかざしてみるとわずかに電撃が弾いたような音がした。
「ジン、これ……」
「ライトニングソード。魔法剣だ。属性は雷だから、君の得意とは違うが、ただの剣よりは役に立つだろう」
ミスリル銀と雷の魔石を分離融合させて作った雷属性の魔法金属の剣。さらに魔力を高める雷属性のオーブ(魔石の上位)を拵えた。半年ほど前に自作したものだ。
「アーリィー、たぶんだけど君は前衛ではなく、中衛、もしくは後衛型だと思うから、これも渡しておく」
次にストレージから出したのは、クロスボウ型の魔法杖。いや、クロスボウでもいいのだが、放つのは矢ではなく魔法だ。
「『エアバレット』。クロスボウ本体についている風のオーブを触媒に空気を弾に、つまり衝撃波を発射する。君は風の魔法が使えるようだから、こっちのほうが相性がいいかもしれない」
「あ、あの……ジン?」
「ん? 何だ?」
俺が首を捻れば、アーリィーはズイ、と顔と近づけた。近い近い……!
「この武器だけど……かなりの上物、というか価値にしたら凄く高い業物だと思うんだけど!」
かなり興奮していらっしゃるようだった。
「どうして、君がこんな業物を持っているの!? その、すごく失礼だとは思うけど、君の格好を見ると、とても……」
「弱そう?」
「違うっ! でも、うん、ジンは高位の魔法使いなんだけど、とてもそのようには見えないっていうか」
貧相に見えるようにしているからな、その感想は間違っていない。俺は深く説明するつもりはないから、あいまいに笑ってみせる。
「言ったろ? これでも場数は踏んでるってな」
ニヤニヤとベルさんも笑った。俺は適当に切り上げる。
「じゃ、ここで立ち話しているのもなんだから、先を急ごうか」
・ ・ ・
この人は、わからない人だな、ってボクは思う。
ボクはアーリィー・ヴェリラルド。この国の王子。……といっても、実は女の子なんだけどね。性別を偽って、王子を演じている。
ずっと隠して生きていて、これからも人にバレてはマズい秘密ではあるけれど、いまそばにいるジンという魔法使いと、黒猫?のベルさんは、ボクのことを王子の替え玉と思っていてくれている……。
ごめんなさい。ボクが本物の王子なんです……!
でも、どうかこのまま替え玉だと思っていてください!
そもそも何故ボクが男装して王子を演じているかなんだけど、そのあたりの事情は込み入っている上に長くなるから省く。今は無事に帰れるかが大事だし。
昨日までは、ほんと、最悪続きだった。
王都に迫る反乱軍に王国軍は敗れ、捕まってしまったのはそのもっともなところだけどジンが助けてくれた。
魔術師で冒険者らしいジンという少年。歳は同じくらいだと思うんだけど、聞いていた魔法使いとは色々規格外だった。
まずは『ポータル』という転移魔法!
条件があるみたいだけど、そもそも転移魔法なんて、話に聞いたりおとぎ話で聞いたりするくらいで、実際に転移するのは初めてみた。
高位魔術師でもさらに一握り、伝説的な魔術師の御業をやってみせたのが、ボクと同い年くらいの少年だなんて、信じられない!
かと思えば、身に着けているのは何の変哲もない安物の魔術師のローブマント。一見すると、そんな凄い魔法を使えるようには思えないんだけど。
でも繰り返すけど、ジンは普通じゃない!
彼は収納魔法が使えるんだ! 古代魔法文明時代の遺産で、何でも入る魔法のカバンとかあるんだけど、それに類似したものをジンは持っている。最初は遺産アイテムかと思ったんだけど、よく聞けば彼が自作したって言う。なにそれ、そんなことできるの!?
そして自作といえば、ジンの靴! 白い羽根がついた、ちょっとおしゃれな感じの靴なんだけど、彼曰くグリフォンの羽根なんだって。物凄く速く走れる、というか飛び跳ねるというのが正しいかな。とにかく、これで半日くらいかかるだろう平原をあっという間に駆け抜けちゃった。
極めつけは……ボクに貸してくれた武器二つ。
ライトニングソードという魔法剣と、エアバレットというクロスボウ。どちらも魔法を扱う熟練の鍛冶師や技師が作った業物だと思う。
オーブという魔石の上位結晶が取り付けられている武器は、魔力を高め、扱う者の魔法を強化する。これだけでも恐ろしく値が張る代物で、お金にしたら王都の上級騎士でもおいそれと買えないと思う。
そんなものを二つも持っているジン。もしかしたらあの収納魔法のかかったカバンの中には、まだまだ魔法武器が入っているかもしれない……。
きっと、彼は恐ろしく腕の立つ魔法使いで、冒険者であることを隠そうとしているんだと思う。……その割に、ボクの前では正直に話してくれているみたいだけど。
飛竜だらけで人が近づくのは自殺するようなもの、という伝説の谷や、シーサーペントという海蛇竜がどうとか、言っていたけど、それはきっと本当の話なんじゃないかなって思い始めている。普通だったら眉唾ものなんだけどね。
そもそも猫だと思ったら黒豹に変身するベルさんって多分使い魔だと思うんだけど、それを従えている時点で、ちょっと普通の魔法使いではないと思うんだよねえ……。そういえば何で、『さん』付けなんだろう?
それはともかくとして、そんな普通じゃないジンだから、ボクは信じることにした。ボスケ大森林地帯という魔獣の森に行くのは正直賛成できなかったけど、ジンならおそらく本当に問題ないんだって。
そしてそれは、間違っていなかった。
ジンにとって、この森の魔獣は、赤子の手を捻るようなものだったんだ……。
???「ここまで読んで、まだしおり挿んでない奴がいるなら挿んでおきな。初日にきた奴のなかで挿んだのが8人に1人だけ。そんなんじゃ、おちおち続きも書けやしねえ。……OK?」
???「OK!」(ぽちー)
2019/01/01 改稿&スライドしました。




