そんなわけで、
―――そうして、消えてしまった母に、あたしは結局最後まで涙を見せなかった。
泣き虫だと、言われていたのに。
……だって、お母さんは笑顔だったから。いつもの輝く太陽のような。
ーーーーそして、話は冒頭に戻り、あたしは一人、この森に住んでいる。寂しさは半端ないけど、それでも元気なのは、お母さんにまた会えるような、そんな気がしたからだ。あんなにはっきりと消えていくのを見たけれど。
それに、どうやらあたしにも人並みに父親らしき人がいるらしいし。お母さんのあの口ぶりでは生きているかどうかは謎だけど、それでも、いつか全てを知る時がくる、そう言った言葉は胸に熱く残る。
もうひとつ、“記憶の謎”と言ったお母さんがあたしのこの意識を知っていたんだと思うと、少し胸が軽くなった。
なんにしても、生きていかなくちゃならない。
一人で立っていられるように。
そうそう、説明が遅れたけど、あたしが住むこの泉近くの森は規格外動物が沢山住んでいる。
なんていうか、すごくファンタジーな生き物達なんだな。
二歳の時、寝転がるあたしの鼻をクンクンと嗅いでいたのは自動車程の大きさのヨーコちゃんだ。食べちゃいやよ、と失いそうになる意識を必死で保った自分を褒めたい。
あなた達は一体何者だい?
それを聞いても答えられる生物はいない。
だけど、何故か恐怖は感じなかった。懐かしいようなそんな感覚すらあって、敵意を見せない彼らに安心なんてして。なんでだろ、不思議だけど。
せめて前世?の記憶を消してくれてたら悩まずに済むんだけどなあ。あたしの前の記憶では、こんな状態は脳内で繰り広げる事も難しい位想像力が乏しかったし。
お母さんがいなくなって一番困ったのは食。
元々、街で買い付けた食料のストックを料理していたけれど、それも底をつきた。あたしは、お母さんみたいに瞬間移動も出来ないから街には行けない。
仕方なくあたしが目をつけたのは、このキラキラした泉で捕獲した魚もどき。魚によく似てるけど白い尻尾が生えていたからまだ進化の途中段階だったりして。
…味は、白身魚のようなあっさり味で、美味しかった。
お母さんがいた時はこの泉の生物を食べる、なんて考えもしなかったな。恐るべし、食への執着だ。
この泉は暖かくて、温泉みたい。
しかも毎日(毎時間?)浸かればどんなに走り回っても疲れがとれるってゆう滋養強壮によくて、かすり傷なんて一瞬で治すっていう規格外な万能温泉様だ。
まあこんな泉に生息する魚類が普通じゃないなんて今更当たり前だし、背に腹は変えられない。
いやね、おなか壊しちゃって意識混沌としてもそれはそれで有かなと。
だって人間みたいなのはどうやらここにはあたしだけで。順応していかなければ生きていけないじゃないか。ぬぁ、ポジティブ万歳?
時には野を駆け巡って、食べられそうな野草を探したり、泉の浅瀬に浸かれば何故か魚もどき君達が寄ってくるから、素手で捕まえて有り難く頂いたり、昼夜が無いし、気温も過ごしやすいから緑の上でゴロゴロしたり。退屈を感じる程、平和で、王子様とかに出会ったり魔王とか退治したりするのかなと微妙に期待してた何かは特に何もなかった。
そんなサバイバル生活を続けていると、いつの間にか、規格外な生物達も近寄ってくるようになって、気付けば意志疎通が出来るようにもなっちゃったり。
何故か此処の生き物達はあたしをやんわり受け入れてくれて、嬉しさと愛着のあまり彼らに敬称で呼ぶ事を許してもらった。
食べられる実とかを探索しながら栽培も出来るかなーなんて、いや死活問題ですからな。《ビス》っていうのは林檎に似た果実。色は毒キノコな感じだけど水々しくてすごく甘い。
なんだか、こうしてると地球にいた頃を思い出す事も増えた。徐々に薄れてゆく思い出に反し知識と経験はまだ当たり前のように存在していて、その感覚に時々疲れる。
自分が自分で無いような虚無感。
どうしようもなく孤独だと、襲い掛かる闇、
そんな時はいつだって、この不思議な仲間達と、お母さんの太陽のような笑顔。それがあたしを支えてくれていた。




