お母さんのこと。
ただ、その記憶に残る優しくて温かい母は、去年消えてしまった。
なにも、出来ない小さな体をわたしは呪った。
だけど、同時に、小さな体に相当な小さな概念じゃなくて良かった、と感謝した。
だって、つらすぎる。
最期まで笑ったお母さんを、見送る事も、そのまま生き長らえる事も、きっと出来なかっただろうから。
『私の可愛いルー。宝物、あなたは聡い子だから、いつかお母さんがいなくなる事にも気付いていたんでしょうね。ごめんね、あなたを一人残していくなんて。』
優しく撫でる頭。儚い美貌は、慈しむようにわたしを見つめる。沈黙は穏やかで、泣きそうなわたしは唇を噛み締めた。
泣かないように。
『…なーんて、シリアス場面一度はやってみたかったのよん♪』
そう、だってマミーはこんな陽気な人!
『あは☆ルーったらその顔、すっごく面白い!』
……なんですと?
『とにかく、ね。お母さんはもう消えてしまいそうなのよ。力が弱くなっちゃったから。不甲斐無いわよね?年を取るってヤダわぁ』
シクシクと目元に白い指先をあてて泣き真似をする母親を生暖かい目で見る子供。どんな図だ!
『それからね、ルーあなたに言ってなかった事があるの』
お母さんは青空のような色をした大きな目をパチリとさせる。指先は人差し指だけ口元に添えて、ああ、嫌な予感がしますが。
『お母さんったら、大魔女なのよ』
てへ☆と舌を出した衰えることのない壮絶に可憐な美貌。
『……』
白けた半目で見つめるわたしに、お母さんは思い切り眉をしかめた。
『なんで驚かないのぉー!!ただの魔女じゃなくて、大魔女よ!?もっと、うえーあはーなリアクションしても良いじゃないの!』
それはどんなリアクションですか。
―――とにかく、そんな母親を見てこの世界の常識を決めるのはわたしの一生を左右する、と焦ったわたしは街に出る度に、一般的な知識を詰め込んだ。それは、若干三歳の時の話。
とは言っても知能はこの体よりも記憶が残っているせいで、精神年齢はハタチを越していたし。
体は子供!頭脳は大人!な長寿アニメ設定なわたしだ。全く料理が出来ないお母さんの代わりに小さな体をフルに活用して、毎日三食きっちり用意するスーパー幼児なわけで。
そんな常識外れのチビっ子を、『あらぁ、ルーちゃんったら味付けパーフェクトねぇ』なんてのほほんと笑っている母親なんて、どこ探してもこの人くらいだろうし。
『なんとなく、気付いていたもん。』
言いたいこと、沢山あったけど全部を飲み込んでお母さんにそう答えた。
『そう、必要以上のリアリストになっちゃってお母さんは残念だわ。涙がちょちょぎれそうよ』
およよ、と全く涙の出ていない目元を抑えて肩を落としたお母さん。細い黄金の髪が揺れた。
わたしはその毎度見慣れた嘘泣きに小さく息をはく。
どんなに嘘泣きだと分かっていても、世の男性が見たらみんな一斉にひれ伏して、何でも望みを叶えたいと思う位綺麗で可愛いその姿。
わたしはヤレヤレと肩を下ろして、小さな腕を回してふわりと抱き締めた。
『…わたしはお母さんに似てしっかり者なの』
それは、魔法の言葉。
顔を上げたお母さんは悪戯が成功した子どもみたいに無邪気に笑う。
『そう!ルーはお母さんに似てるのよねっ』
途端に輝く笑顔は、魔女だなんて到底思えない。どちらかと言えば女神かな。
ギュッとわたしを抱き締めて、包んだ腕の中。
どんな時も変わらないその温もりは泣きたい程安心出来る。




