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ここは聖域

 

 人と話すのは好きだ。楽しいから。だけど、ほら。サキは一緒にいても基本無口だしなんか浮世離れしたところがあるからサキがボーっとしてても、ああなにかと交信してるんだろうな、と納得してスルーするわけよ。だけど、ゼンは黙られたら気迫がありすぎて怖いだけだから常に喋っていてくれないかなー。けどそれはそれで鬱陶しいかも、とか失礼なことを考えている間にゼンは豪快にスープを飲み干した。ごくごくと喉を通る音がして美味しそうに食べてくれるなぁと眺める。


「なんだ?」


「いや、気持ちいい食べっぷりだなぁと思いまして」


 わたしはゼンの前のスペードの椅子に腰掛けている。ちなみにゼンはハートの椅子だ。恐ろしく似合わない。

 付け合わせのフルーツも食べ終えて、ゼンは水を飲み干すと、「《エウカリィステウ》」と胸の辺りに手をやった。

 なんの合図だろ、と首を傾げると、それに気づいたゼンは、


「食べ物に感謝を。そして、おまえにも」


 と嫌味のない笑顔を向けた。


 ……ああ、なんか色々ごめんね、悪口みたいなこと心の中で言ってすごく罪悪感だ。ゼン、あなた良い人。わたし、あなた謝る。


 ゼンの思わぬお礼に心を暖かくしていると、息をついたゼンはドンっと背もたれに体を預け、左手の指先でトントンとテーブルを叩いた。

 琥珀の瞳は、突き刺すようにわたしを見ている。

 ーー唐突に、空気が変わったのが分かった。






「で、小娘。おまえは何者だ」



 ゼンの瞳の色が、嘘偽りなく全て話せと脅すように光る。その威圧感は絶対的に上に立つ者の空気。

 それが少し怖くて、目を逸らしてしまいたくなる。



 でも、



「みたまんまですけど」



 怯えた所でさ、何者かって、わたしはそれを問われて「このような者です!」と言えるような立派な肩書きは持っていない。ゼンがわたしの答えになにか期待していたのなら申し訳ないけれど。



「……なるほど、銀の髪に紫水晶の瞳。《アファカーン》に名を呼ばす者。全く、興味深いな」


 ゼンはわたしの返答が特に不快ではなかったのか怒ったりはしなかった。むしろどこか楽しそうだ。銀ってこの白髪?え?やっぱりこれって銀なの?やだ、かっこいい。

 紫水晶とか、言い回しが男前だな!この人。もうついでにアファカーンの意味を聞いておこう。


「その《アファカーン》ってどういう意味があるの?」


 サキは名ではないと言った。それなら別の意味があるんだろうけどわたしはそれを知らない。



「おまえはなにも知らないのか?アレとはいつから共にいる?」


「うーん、つい最近外れにある泉で魚釣りしてる時に出会って、自己紹介も深くしてないし、でも強いのは知ってる」


 世界を破壊することもできちゃうぜ、って言ってたし、泉に立ってたもんなぁ。家もなくて、愛し子が居場所的な意味不明なことを言っていたのはサキの名誉のためにも黙っておくね。



「…魚釣り?」


「うん?食料難だからね?」


 食べたいの?魚の名前サクセスだっけ?


「まさかイクトゥス、か?」


「ああ!イクトゥス!そうそれ!」


 サクセス!じゃなかった!頭皮に優しいじゃなくて胃に優しいのだ。


すっきりしたわたしとは反対にゼンは難しい顔をして息を吐いた。


「……おまえ、本当に何者だ?イクトゥスを食べるなど聞いたことがないぞ。アレは《アファカーン》の加護を受けている。食せば正気ではいられんだろう。体内の魔力を乱すのだ」


「魔力を乱す?」


「魔力と精霊の持つ力は根本が違う。反するものをひとつの器に入れればぶつかり合い最悪、爆ぜる」


 ゼンが言い切ると、わたしはゴクンと息を飲んだ。爆ぜる?なにそれ怖い。いや、待てわたしは無事だ。そういえばサキもイクトゥスを食べた者は初めて見たと言っていた気がする。


「《アファカーン》は大いなるもの、という意味だ。名ではない。あれは今代の精霊の中で最も強い故、そう呼ばれるのだ。それからな、この地は他国からも独立し、どこの干渉も受けない、『精霊の島』。『聖域』とも呼ばれる。全ての種の王族が就任の儀に使う。王族、或いは魔力値の高い者しか入り口を見つけることはできない筈だが……おまえは精霊には見えないが、人間、か?この地に住みイクトゥスを食べ、アファカーンが名を許すなど何百年も聞いたことがないぞ」


 顎に手を置いて、眉を僅かに曲げたゼンは横柄な口調で淡々と言葉を続けた。

いや、ちょっと待ってくれ。すごく初耳なんだけど。



「なんだ?口を閉じろ」



 ぽかんとするわたしに、ゼンは無表情に言い放った。

 いや、ちょっと待って、ゼンさん。そんな重要そうな情報ポンポン渡されでもこちら処理が追いついてないからね⁉︎





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