食料とはなんぞや
あたしとサキは本当に穏やか過ぎる日々を送っていた。
だけど、忘れてたさ、食料難!いやそれだけじゃない。生活していくための日用品が足りない。大体お母さんは料理や掃除といった家事全般が殺人級に下手だった。そのお陰で何百枚の食器を割ったかしれないし、果ては食卓を真っ二つにして、キッチンを爆発させた事だってある。どうすればああなるのか。家族が増えた今はもっと住みやすくしたいんだけどな。
あたしは軽く頭を抱えた。
「…街に出られればなあ」
ボソッと呟いた声にサキがすかさず反応を示す。
「ルー、この泉が嫌いになったか?」
変化のない表情、色のない声。だけど思考回路はきっと単純なんだろうな!街に出ることと泉が嫌いってイコールになんないよ!?
「なる筈ないよ!あたしの家だもの」
多少不便はあるけど、あたしはこの泉が好きだ。それ以上に此処に住むみんなが好きなのもあるけど。
あたしの言葉の意味を理解したのかサキは僅かに瞳を弓なりに曲げた。嬉しいんだな。
「それに家族達がいるから。離れたくはないよ」
「家族?」
「うん、家族。ミキオ君もマルちゃんもグピー君もヨーコちゃんもみんな。勿論、サキあなたもだよ」
笑ったあたしに、サキは微妙に表情を変えた。なんとなく駄目な事を言ったのかなと考えてみやる。反省点を探そうと眉をしかめた時、サキの透き通る声が言葉を落とした。
「ルー、《家族》とはなんだ」
家族?サキの言葉にあたしはまた首を傾げる。
「ルーとは血縁者ではない。我も精霊達も。」
「そりゃそうだけど」
「では何故《家族》だ」
質問を重ねるサキ。サキ!めんどくさい子!良いよ、説明するよ!
「あのね、《家族》ってのは《大事》と同義語っていうのがあたしの定義だよ。血の繋がりだけじゃなくて、想いの繋がり。血が嘘をつかないように、想いも嘘をつかない。そういう意味」
その代わり、想いが繋がってなければ、血が繋がっていても拒否しちゃうかもしれないけど、と考えてその矛盾に頭を悩ます。意味を伝えるって難しい。サキ、サラリと受け止めてくれないかな。
「…ふむ。では、我にとってもルーは《家族》なのだな」
サキは納得してくれたのか、小さく頷いた。よかった!
「我の常識ではない、誰かの意思に身を預けるというのは酷く心地よい。」
サキはどこか満足そうに呟いた。
「…という事で、更に住みやすい我が家にする為に、街へ出る為の意見を聞きたいな」
まったりするのも良いけど、この傍から見ればロリロリな雰囲気にあたしは立ち上がって力説した。サキは渋い顔。いや第三者が見ればその顔に変化なんて全く見つけられないだろうけど、分かるんだな!自分でも不思議ですけどね!
「サキは泉を出た事がある?そういえば、十六年目にして初めてその存在知ったもんね?」
どっか遠い国にいたの?首をひねったあたしにサキは義務的に答える。
「我はずっとこの地にいた。ルーが産まれた事も知っている。気配はずっと感じていたが、」
サキは眉をピクリとあげてそこで言葉をとめたけど、それも一瞬。
「姿を見せる事など無い筈であった」
過去形なのにまるで決定事項のようにサキは言う。
「なんで?」
それはちょっと疑問文だ。
「ルーは稀有な存在だが、我に害を成さなければ興味は無い」
「じゃああたしは害を成したの?」
「いや、何も恐れぬその光が我を引き付けたのだ。それに、イクトゥスを体に取り込んだ者は我の知る限りルーが初めてだ」
イクトゥス?なにそれ?
「我の泉に住む我の加護を受けた者達」
「あたし、いつのまにそんな大層なものを取り込んじゃったんだ」
思わずビックリした声になった。
「よもや、その小さき口から運ぶとは感心に値する」
続けるサキの声。それって、
「もしかして、あの、進化系の魚さん達?」
えええ。
サキがゆっくりと頭を縦に動かす。つまり肯定だ。サラリと靡いた青銀の長髪がキラキラして綺麗だな。じゃなくて、よし、一旦落ち着こう。
「つまり、あの魚さん達はイクトゥスって名前で、サキの住む所は泉だから、イクトゥスはサキが加護?」
うぬぬ、ますますこんがらがって、
「つまり、サキは魚の親分!」
頭にチラリンと電球を光らせてあたしは力強く叫んだ。
「……うむ」
サキは無表情に頷く。
「我は親分だったのだな」
感心したように頷くサキ。くっ、前が見えない霧に巻かれた気分だ。このモヤモヤは無視して、とりあえずここで納得して良いの?
あたしがぽりぽりと髪を掻いたほんの瞬間の仕草と同時に、サキの気配が研ぎ澄まされた鋭利な刃物のように変わった。
その変化を理解するより先に、サキの指先から眩しいほどの光が発せられて、風が木々を舞い上がらせてザァーッと一筋の道を作るように分けられた。
あたしは後にそれを指先波動砲と名付けたけど、それはまた別の話。
「さ、サキっ!?」
その強烈な風にあたしの髪はブワァと浮く。ドライヤーは風呂上がりにしてくれ!
あたしがサキの行動の意味を読み取ろうとサキに視線を預けると、サキは端正な横顔を深い木に囲まれた森へ向けていた。
「…出てこぬか」
サキは、威圧的な、大地を震わすような声をその視線の先に投げた。




