幕間
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ユードの地シュライク─────
広大な森が大地を占め、ギラギラと闇を光る目達が息を潜めている。屈強な獣族達は己の体躯に何より誇りを持ち、身に纏うのは獣の皮を施した見事な甲冑。
中心部である街は要塞のような造りだが、豪快で酒豪と言われる獣族達の習性の為かあちらこちらで絶えない大声、賑やかな雰囲気が蔓延している。
そこから辺境の村ひとつを挟み国境に沿って築かれた荘厳な白壁があり、通行門が所在している。そこは《異国の処刑所》とも呼ばれ、手形を持たぬ物にとっては近寄りたくはない場所である。
その通行門で今しがたバサリと、不法に侵入した人間が真っ二つに切り落とされた。
「懲りんな。人間とはどうして形が変わらぬと妙な自信を持つんだ。阿呆か」
ブンと一際目立つ大剣を片手で軽く振り上げ、重く空を切る音に周りは恭しく膝をつく。
声の主の名はゼン。紅の髪は肩まで無造作に伸び、琥珀の瞳は無関心だが、強い光を持つ。右目から頬にかけて大きく爪痕が残り、それがゼンをより威圧的に見せている。彫りの深い端正な顔立ちに見事な体躯。シュライクの王にして獣族の長。
「王よ、どうか王宮へお戻りください」
その威圧に身を縮めながら部下である男がゼンを仰ぎ見た。
「城はつまらん。最近妙に血が騒ぐ。不快ではないが、理由を突き止めねば、何人切り捨てようとも落ち着かん。」
───試すか?低い重低温が空気を振動させ、鋭い眼光が部下を射抜く。その堂々たる威光は絶対的な王者の風格であった。
「恐れおおい、王の剣で散るは本望なれど、身はひとつ。まだ王の御為に使い果たさせて頂きとうございます」
震える声で果敢にも堪えた若い部下に、ゼンは目を細めた。隊長格であろうが、ゼンの威圧に耐えられる優秀な部下の顔を覗く。
「フン、口が回る。まあ良い。では、今すぐ城へ戻り我の留守を守れ」
それだけ告げるとゼンは背を向けた。
────我は西へ行く。
つまり皇国へ向かうという事か。王の言葉は絶対の権力を持つ。歴代でも随一屈強な王は王としての政事にも戦にも長ける。有能だがその本質は檻を嫌う獣。決めた意思は翻えさない。例え、王宮の椅子を空けようとも。命を受けた部下の名はライゴ。ライゴはその体を豹に変えるとすぐに国境を後にした。
人間と獣族の違い、見た目にはそれほど変わりはない。美しい者が多い竜族とは違い、獣族は人間臭い雰囲気があり猛々しいが、魔力が少なく、己自身を何よりの武器とする。
そして、獣族は自在に獣に体を変化する事が出来るのだ。
圧倒的に数の少ない竜族は近年竜に変化する事の出来る者すら数える程しかいなくなった。それでも莫大な魔力の為に、均衡を保っている。
繁殖能力自体は竜族と変わらぬ獣族でも、人間と交わっても高い確率で獣族が生まれる事から異種婚も認められ、徐々に力を蓄えている。
しかしながら、どの種族も人間の繁殖能力には敵わず、竜族には及ばぬとも精霊を使役する魔力があり、獣族が強い武力をもってしても制圧には至らなかったのだ。
勿論、竜族と獣族が協力しあえば叶わぬ事では無いが、そもそも『協力』自体が皆無に等しいのが現状である。
その理由はゼンの左目に或ると云われている。




