50円で能力者になる話
ある夏の日、ふらりと立ち寄った駄菓子屋で、俺は『そのクジ』を見つけた。誰だってあるだろ?ボーッとした帰り道、何気なく見た道端に駄菓子屋さんがあって、懐かしいなあなんて思いながら、中を覗いてみたことが。
俺もそんな感じ。何の気なしに、この駄菓子屋に立ち寄ったんだ。
「あー、そうそう。懐かしいな」
駄菓子屋の中は、小学生の時に百円を握りしめて来た、あの時のままだった。十円ガムやら、カラフルな色をした飴玉、一昔前のアイドルのクジなんかが、所狭しと並べられている。
だが俺の目は、とある一点に引き寄せられた。
【超能力あげます!!】
それはこんな非現実的な文字が書かれた、汚い看板だった。馬鹿バカしい。そう思うより先に、俺の内なる好奇心は疼いた。
「なんだか面白そうだな。おばちゃん、一つくれ」
「はいよ。そこのクジを引いとくれ。一回50円だよ」
店番のおばちゃんが顎で示す方を見ると、確かに薄汚れた箱にクジがいくつか入っている。まあ現実的に考えれば、能力なんて胡散臭い話、ある訳ないか。そう思いながらも気がつけば目を輝かせながら、おばちゃんに50円を渡していた。
箱に手を突っ込み、しばらくガサガサと掻き回す。
……あ、これにしよう。今中指でギリギリ押さえてるこれに決めた。
「よっと!」
ズボッという音と共に、ダンボール箱から強引に手を引き抜く。箱は古いものらしく、手を抜いた時にちょっと壊れた。
「さてと、超能力ってのは……ん?」
掴んだクジには、「こどもの日」と書かれていた。さっきの看板に勝るとも劣らないほどの、超絶に汚い字である。
「なあ、おばちゃん。こっからどうすんだ?」
「かっかっか、どうするもこうするも、お前さん次第さ。もうお前さんは、『こどもの日』の能力者になっちまったんだからね」
おばちゃんはそういってかかかと笑う。白髪混じりの激しいパーマがユサユサと揺れた。
「いや、『こどもの日』の能力ったって、どんなもんかもわかんねえし……」
「おーい!ちょっと来てくれい!」
その時、店の奥からおじちゃんの声がした。おばちゃんの夫だろうから、勝手におじちゃんにした。
「はいはい、今行くよー!」
すると、おばちゃんはよっこらせ、と言って立ち上がり、さっさと店の奥へと行こうとする。
「いやいやいや!待ってよおばちゃん!能力の説明とかは────」
「かっかっか、自分で見つけるのも、能力の楽しみ方の一つさね。せいぜい頑張るこったな」
そう言って、おばちゃんはくるりと背を向ける。奥から、更におじちゃんの呼ぶ声がした。
「ちょ」
「あ、そうそう」
思い出したようにつぶやき、おばちゃんは首だけをこちらに向けた。
「過ぎた力ってのは人を変えちまうみたいでね、能力者は、おんなじ相手……つまり、ほかの祝日を持った能力者と戦いたくてうずうずしてんのさ」
「え?」
「そいつみたいにさ」
────
「っ?!」
突然俺は、扉を突き破ってきた洪水に飲まれた。
「がぷっ!」
なす術なく、駄菓子屋の壁に叩きつけられる。古い木造の壁はバキバキと壊れ、俺は壁の中に半分身体を埋めた。
「さあて、これからがお楽しみじゃて」
おばちゃんは小さく呟き、かかかと笑いながら店の奥に消えた。その後ろ姿に、慌てる様子は全く見えなかった。
「……ッは……」
先ほどの一撃で、肺から空気が押し出されてかなり苦しい。俺は痛めた背中をさすりながら、激しく咳をした。
「なんだぁ?案外手応えねえんだなぁ」
向こうの方で、びちゃびちゃと足音が鳴る。大量の水に続いて壊れた扉を踏みつけながら入ってきたのは、いかつい金髪頭のヤンキーだった。散らばったお菓子を蹴っ飛ばしながら、がに股で俺に歩み寄ってくる。
逃げようとするものの、身体の痛みと息苦しさで上手く動けない。壁伝いに立ち上がった頃には、もうヤンキーは俺の目の前に来ていた。
「げっほ……」
咳込む俺に、ヤンキーが顔をグッと近づける。そして、煙草臭い息を吐きながら、俺を威嚇するように手を翳した。
「お前、能力者だよなァ?せっかくこーんなイイ能力手に入れたんだからよォ……」
ヤンキーの掌の中心が、青白く光る。
「もっと楽しもうぜえっ!!」
突然、ヤンキーの掌から大量の水が溢れ出した。目の前が水で埋めつくされ、ヤンキーの姿が水の向こうに消える。
「がふっ!!」
「俺は『海の日』の能力者!!能力は、『掌と日本海を繋げる力』だ!!」
奴は、得意気にそう言い放った。