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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第四章 輝ける姿

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杁020 輝ける姿

 今日はこれ以上やっても、成功は望めない。その通りだ。

 やるために必要な場所だってない。重々承知である。

 でもやっておかなくちゃ、気が済まない。

 駄目だとわかっていても、気が進まなくとも、挑戦しなければならない時というものがあるのだ。

 どんなに今が辛くとも、悔しい思いだけはしたくないから。


「ふう」


 ひと目を忍んで、学園の裏門に回ってきた。

 裏門といっても、馬車一台ならば苦もなく通れるほど大きいもので、その造りは正門に引けを取らない。


 学徒や導師は整った正門から悠々と入って来るが、裏は主に、学園内に物資を搬入するための門なのだろう。学園の裏手には昇降口もあるので、きっとそうだ。

 小さな庭園の隣には石造りの二階建てがある。

 そこはきっと、搬入に関係した管理人や警備担当の人が駐在するための家屋に違いない。


「……」


 辺りには、誰もいない。

 馬車搬入のための広いスペースが取られているので、術を扱うには十分過ぎる環境と言えた。

 ここなら、誰の邪魔にもならず、誰に邪魔されることもなく、特訓できる。

 私は腰に括りつけた革のホルダーから鑽鏨のタクトを取り出そうとしたが、しかし、すぐにその手を引っ込めた。


「どうせ、できないってわかってるなら」


 わざわざ出来ないことの上に、出来ないことを上塗りする必要もないだろう。

 私は鑽鏨のタクトではなく、右腕の中に収められたクランブルピックを取り出した。

 ピックを勢い良く抜き放つと、右腕が心地よく長鳴りした。


 湿った地面の上に硬いピックの先端を少し埋め込んで、まずはひとつめの呪文を唱える。


「“スティ(鉄よ)ラギロール(地を覆え)”」


 地面を岩で覆う魔術は容易に発動し、半径五メートルを灰色で塗り潰した。

 全体で見れば均された岩場。しかし部分から見れば、凹凸のある険しい面である。

 ここで転んで膝でも打てば、並の擦り傷では済まされないだろう。


「次だ」


 雑念を排する。

 集中しなければ、次の魔術は絶対に発動しないのだ。

 失敗して当然の生半可な気持ちで挑むんじゃない。成功させるつもりで、本気で術を使わなければ駄目だ。


 今日まで成果がなかったからって、卑屈になるな。

 できると思って魔術を使え。私は魔道士なのだと、自分に言い聞かせろ。


「“スティ(鉄よ)ガミル(蜂起し)”……」


 岩地にピックの先を押し当て、詠唱をゆっくり紡いでゆく。

 クラインとヒューゴから教わった理学式を忠実になぞり、術を構成する。

 デムの柄から先までに、魔力を流して式を描く。


「“ステイ・ボウ(牙を剥け)”!」


 渾身の魔力を注ぎ込んで、最後の呪文を叫んだ。

 岩の地面は……何も起こらなかった。


「……」


 できると信じていた分の失望が、それだけ目頭を熱くさせる。

 いや、駄目だ。泣くにはまだ早い。

 今日はまだ二回目だぞ。魔力はまだまだ残っている。

 力を全て出しきったわけじゃないんだ。無力感に苛まれるには、早すぎるだろう。

 諦めた気になるな。負けた気になるな。出来ると思って、挑戦し続けろ。


「“スティ(鉄よ)ガミル(蜂起し)ステイ・ボウ(牙を剥け)”!」


 歯を食いしばり、そのままの体勢で呪文を紡ぐ。

 中腰に構え、ピックを岩に押し付け、叫ぶ。しかし術は顕れない。


「“スティ(鉄よ)ガミル(蜂起し)……ステイ・ボウ(牙を剥け)”!」


 理学式を見失うな。詠唱は魔術の飾りに過ぎないのだ。

 言葉だけで術を使った気にならず、魂の底で式を編み出し、発現させろ。


「“スティ(鉄よ)ガミル(蜂起し)ステイ・ボウ(牙を剥け)”!」


 失敗、魔力の消失。魔力の霧散。

 最低効率の魔力運用が身体を祟り、まずは頭に靄をかけはじめた。

 額が熱を帯びて、目が霞む。思考に不愉快なブレが出てきたが、幸い式のイメージは失われていない。


「“スティ(鉄よ)……ガミル(蜂起し)ステイ・ボウ(牙を剥け)”!」


 唱えきって、更に一段と不調が襲う。

 術は出ないのに、身体は重くなる。魔力が途切れる一歩手前の感覚に、脚が地に落ちかけた。


「っ……く」


 それをなんとか、ピックと両足で耐える。

 一度でも地に倒れたら、きっとそれでおしまいだ。

 地面に転がった私は気力を失い、そのまま今日の特訓を諦めてしまうだろう。


 それだけは嫌だった。

 感情に屈服したくない。折れるなら先に、私の身体が折れてしまえばいい。

 私は血の巡りの悪くなった頭で、なおも式を組み上げる。


「ぐ、ぅうう」


 意識が飛びそうだ。腹痛も相まって、強い目眩が思考を苛む。

 うるせえ、そんなこと知るか。集中しろ。そんなことよりも、術だ。


 岩を出せ。地面から伸びる、一本の岩だ。

 牙を成して蜂起しろ。それは石柱だなんて上品なものでなくていい。

 私の手に届かない奴に食らいつくそれを、岩地から真っ直ぐ突き出してやれ。


「お、おおおッ……!」


 押し付けたピックの尖端が、岩の中に抉り込む。

 幻覚に近いおぼろげな理学式が、頭の中に組み上がった。


「“スティ(岩よ)ガミル(蜂起し)ステイ・ボウ(透し貫け)”ッ!」


 身体から吹き抜ける魔力の奔流を感じると共に、意識が遠ざかる感覚も強く覚えた。

 体中の筋が一気に力を失ったかのように、私は岩の上へ倒れ込んだ。

 顔からそのまま突っ込まずに、右腕を枕にして側面から岩に倒れ込めたのは、足場の不安定さが招いた幸運だったと言う他ないだろう。


「う……」


 意識は朦朧とする。頭がズキズキと痛む。吐き気もする。

 そして視界は、影を落としたように暗い。


「え……」


 いや、暗いのは気のせいでも不調のせいでもない。

 確かに視界も覚束ないが、それを踏まえた上で、私が感じる暗さはしっかりとした、現実のものに違いなかったのだ。


 力なく首を持ち上げ、空を見上げる。

 そこには、丁度私の真上を覆い尽くすように、巨大な岩の円錐が伸びていた。


 斜めに伸びているため、高さはわからない。しかしその長さは、随分とありそうだ。四、五メートルといったところだろうか。

 太さもまるで巨木のように逞しく、先が鈍く尖っていないという事以外には何の不満もない、立派な岩峰である。


「成功……」


 私が岩を見ながら力なく呟くと、声と被せるようにして、岩が鳴いた。

 そう、いわば、ミシリと。


「あ」


 長く斜めに伸びた巨大な岩の棘の根本に、亀裂が走ったのを見た。

 薄っぺらい岩の板から、ただ斜めに伸びているだけなのだ。

 自重によって岩が根本から折れて倒壊するのは、考えてみれば当然の事である。


「や、やば」


 自分に重なった大きな影から抜け出そうと身蜿くが、魔力を失い精神の朧げな私の身体は、思い通りに動いてくれない。

 根本をバキバキと鳴らす岩を上にして、私はその場に磔られたかのように、無力だった。


 最後に大きな破裂音を立てて、完全に根本を分離させた岩が、こちらへ迫り来る。

 私は、自分で出した岩を前にして、ただただ後悔することしかできなかった。




「“レイン(光、あれ)”」


 誰かの詠唱が聞こえて、その時、まばゆい閃光が私の絶望を包み込んだ。


「うっ」


 強い輝きに目が眩む。倒れくる巨大な岩のむこう側から溢れてくる凶暴な明かりは、視界の全てを真っ白に染め上げた。

 遮蔽物であった岩の姿は真っ黒な影となり、私の視界で唯一のモノとなった。


 自重に任せて私に襲いかかるはずの巨大な影は、見る間にその輪郭を失ってゆく。

 巨大な岩を周りから掘削していくように、砂糖を熱湯の中に溶かすように、ぼろぼろと消えてゆくのだ。

 次第に巨岩の影は一欠片も残さず朽ちて無くなり、視界の全てが真っ白な輝きだけで占領される。

 それは暴力的なほど眩しくも、しかし幻想的で、不思議な光景だった。


「……」


 次第に光が収まると、そこに大きな柱の円錐の姿は無かった。

 いつの間にか足元の岩場さえ消え去っており、私は湿った土の上に身体を預けていることに気づく。


「やあ、危なかったね。馬車から変なモニュメントが見えたかと思ったら、いやはや。君は何をしていたんだい」

「あ」


 服の汚れを気にかける間もなく、岩柱があったはずの裏門側から、一人の女性がこちらに歩み寄ってきた。


「事情は理解できないが、助けられたみたいで何よりだ。立てるかな?」


 純白のローブに、秋色の髪。

 手元には長いロッドが握られており、先には大きな地球儀が備わっている。


「さあ、起きたまえよ。女の子がこんな所で昼寝をするものじゃない」

「あ、ありがとう、ございます」


 倒れた私に優しく手を差し伸べてくれたその人は、糸目の笑顔が特徴的な、若い女性魔道士であった。

 同時に私は直感する。

 彼女こそが、この世界で唯一の光魔術の使い手、ゾディアトス導師なのだと。


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