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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第四章 輝ける姿

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杁016 貼り直す環境

「“スティ(鉄よ)ラギロール(地を覆え)”!」


 覚えたばかりの理学式を思い浮かべ、鑽鏨のタクトを土に当てる。

 詠唱すると、先石が魔力で輝いた。


 なんてことはない。初めての魔術に対する私の緊張などそっちのけで、物自体は簡単に、非常にあっけなく出来上がった。


「うわっ」


 ただし、もちろん現われたのは鉄板の床ではない。

 ごつごつとした僅かな凹凸をみせる、灰色の岩の地面だった。


「ま、これも岩になるか」


 岩地は伸びに伸びて、半径四メートルまで広がり、クラインの足元にまで侵食した。

 クラインは、岩の上で納得したように頷いている。

 魔術が成功したからといって彼に褒められるわけではないし、自分で自分を褒めたいとも思わなかった。

 発動した魔術に達成感を感じにくいというのもあるだろう。


「鉄よりも脆いしなぁ……」


 鉄の床ならば、まだ有用そうな気がしないでもないが。

 練り物とはいえ、元々石で作られている闘技演習場の床の上に更に岩を敷くなど、少々に収まらない無駄を感じてしまう。


「それだけ環境戦は重要ということだ。“イアノス(発火)”」

「うわ」


 クラインの掌から、一握りの炎が勢い良く飛び出した。

 炎は私が生み出した岩の地面にぶつかり、すぐに消失する。


「炎の術は、その魔力が尽きるまでは燃え続けるものだ。だから地面に当たっても、火は灯り続ける」

「でも、消えたっていうことは」

「対消滅が起きた」


 炎が当たった岩を見ると、気のせいかもしれないけど、わずかに凹んでいるように見える。

 岩が炎で削られるなんて想像もできないことだが、どうもそういうことらしい。


「通常のラギロール(鉄床)には、螺旋状に芯が通っている。通常の鉄魔術と同じように、芯が傷つけば床も消滅してしまう。そういった意味では、運悪くすぐに消えてしまう魔術ではあるのだが……君の場合は、そんなことは関係ない」


 クラインが手を振り下ろして、ナタリーが出すような鉄の針を投げた。

 強靭な針は岩を突き破り、その強引な威力でもって、周りの岩をも破砕し、吹き飛ばしてしまった。

 それでも岩の床自体は残ったままで、大穴が空いただけに留まっている。


「ウィルコークス君の芯の無い魔術ならば、どこが欠けようとも消滅することはない。強力な鉄魔術を直撃させようが、“霊柩の瀑布”がぶつかろうが、“雷王の槌”を落とされようが、部分から連鎖的に全消滅することはない」

「それって、良いことなんだよね」

「魔道士ならば誰でも羨む特性だな」


 クラインが言うのであれば間違いないのだろう。

 いまいち、床を出すだけの魔術を誇る気持ちにもなれないのだが。


「それで、これ結構簡単にできたんだけど……」

「まさか一度でこなすとはな。石柱(アブローム)と類似する魔術だからか、ふむ。まあ、発動するなら良いだろう」


 私の物覚えの良さに、さすがのクラインも憎まれ口を混ぜながらというわけにはいかなかったようだ。

 好感触の言葉に、ちょっとだけ私の気分も良くなる。


「この魔術があれば、環境戦は心配ない。予定が早く進んで何よりだ。次の魔術にいくぞ」

「もう?」

「時間がないからな」

「そんなに切羽詰まるのか」


 とはいえ、二十日で二つの魔術を使いこなすことを考えれば、時間はいくらあっても足りないだろうか。

 不測の事態ということもある。ここでいらぬ念を押すよりは、全体の完成度を見定めるのが先か。


石柱(アブローム)の類似系の鉄床(ラギロール)は出来たようだが、次に教える魔術はこれまでとは違った形のものだ。これは苦戦することは間違いないだろう」


 今までと違った魔術。その言葉に、思わず唾を飲む。

 クラインの言うところの“今までとは違う”という言葉の意味を、私は理解していた。

 先ほどまで読んでいた魔導書には、難解な理学式が刻まれていたからである。

 そのうちのひとつ、ラギロールの方はわかりやすかったのだが、もう片方はさっぱり理解できなかったのだ。


「実演の前に、まずは君の魔術を消し飛ばさせてもらうぞ。“ジキア(力よ)テルドガッド(ここへ来たれ)”」


 クラインが床に向けて手を伸ばし、謎の力を放ってゆく。

 原理は全くの謎であるが、私が生み出した岩の床は見えざる手になぞられるようにして、次々と消滅していった。


 やがて岩の床が消え去ると、元通り土の地面が露となる。


「“スティ・ラギロール(鉄よ地を覆え)”」

「張り直すんだ?」

「ああ。これがなければ発動できないからな」


 私の岩が取り払われて、クラインによって鉄の床が貼り直された。

 魔術が時間とともに消滅する性質がなかったら、どれほどこれが人々の役に立っていたことだろう。そう考えずにはいられない、めくるめく光景である。


「一度見せなければわからない術だろうからな。とりあえず、見るだけ見ておけ」

「うん」


 クラインがしゃがみ込み、鉄の床に両手をついた。




「“スティ(鉄よ)ガミル(蜂起し)ステイ・ボウ(牙を剥け)”」


 クラインが詠唱し、術が発動する。

 同時に金属のワイヤーを引きちぎったような大きな音が辺りに響き、私の肝を震わせた。

 が、大きな音の割に視界に変化はなく、何が生み出されたわけでも、何が飛び出したわけでもない。

 相変わらずあるものといえば、土の上に広がる鉄板と、その上に両手を添えるクラインだけだった。


「今、何かしたの?」

「ああ」


 クラインは満足そうに口元を歪め、私に答えた。

 その表情が、どことなく私の癇に障るのは何故だろう。


「ゆっくり、その場で後ろを向いてみろ」

「はあ、後ろ?」


 言うとおりに動くのはなんとなく嫌だったので、私は思い切り振り向いてやる。

 すると、鋭利な先端をこちらへ向ける巨大な鉄の杭が、私の眼球の手前数センチのところまで迫っていた。


「うおおおお!?」


 私が驚きのあまりに転び、鉄板の上に尻を打ち付けたのは言うまでもない。

 鉄板、超いてえ。


「な、なんだよこれ!?」

「魔術だ」


 鋭い尖端を見せる大きな鉄杭は、同じ鉄の床から斜めに伸びていた。

 これをクラインが発動させたのだとすれば、私の目の前にいながらにして、私の背後に魔術を出現させたということになるのか。


「“スティ(鉄よ)ガミル(蜂起し)ステイ・ボウ(牙を剥け)”。既に存在する自分の鉄魔術に対して発動し、その芯を変形させ、新たな鉄魔術を隆起させる術だ」


 クラインはこちらに歩み寄って、斜めに伸びた鉄の杭を拳で叩いた。

 杭の太さは彼の手首にも満たない。いわばナタリーの生み出す鉄針にも近い太さなのだが、それでも私が杭と表現してしまうのは、床からしっかりと伸びているためなのだろう。

 とはいえ、そんな太さでもさすがは鉄と言うべきか、撓るのに充分な長さがあっても尚、叩かれても高音を響かせるのみで、大きく揺れることはない。


 地面と一体化した、鋭い金属攻撃。

 豪速で飛んでくる鉄針とはまた一味違った迫力が、そこにはあった。

 もしもこの鉄杭に貫かれたら。

 地面に縫い付けられ、動くことはできず……それ以上は、考えたくもない。


「現在の鉄魔術の主流は、魔術投擲にある。もちろん鉄床(ラギロール)のような魔術も、環境支配のために使われてはいる。だがこのように、それと連鎖する魔術はあまり使われてはいない」

「へえ」


 クラインの横に並び、鉄の杭を眺める。

 根本を蹴っ飛ばしてみたが、容易く折れることはなかった。足に鈍い痛みが伝わってくる。


 術自体が脆いということはないようだ。

 この魔術が発動し、相手の背後から伸びてくれば、そのまま一突きに仕留めてしまえそうなものだけどな。


「魔術自体は強力だ。ただし問題が二つある」

「二つ」

「性質上、相手が近くにいなければならないということ」

「あー」


 確かに、この魔術の範囲は鉄板が敷かれた上だけに限定される。

 魔道士の闘いでは、それはかなり狭い範囲だろう。

 足場さえ気にしていれば魔術の被害を受けることもないのだから、相手は鉄板に踏み入ることだってない。自分だって術を発動させるためには鉄板の中にいなければならないのだから、非常に近距離となってしまう。

 それならば、正面から鉄の塊を放り投げていたほうが堅実だし、隙も無さそうだ。


「そして、習得が難しいということだ」


 一番の原因はそれかもしれない。

 複雑な理学式を思い出しながら、私は眉を掻いた。


「魔術投擲ができない私には、良いと思うよ、これ。石柱を蹴倒すよりも楽だし、少し離れていても使えるし」


 アブロームの長さは未だに五メートルのそれを出して蹴倒すのだから、攻撃範囲も五メートルだ。

 とてもではないが、隙のないルウナに対して使える戦法ではない。そもそもナタリー戦でも使っているので、すぐに警戒されるだろう。


 しかしこの魔術であれば、私が生み出した岩の床を起点に発動できる。

 仮に岩の床が半径四メートルだとして、その直径は八メートルにもなり、距離でいえばアブロームを上回る。

 しかも相手の意表をつける位置から発動させることも可能なのだから、蹴倒すだなんて面倒なことをする必要もない。背後から一気にズドンと突き刺すこともできるのだ。

 非常に強い魔術と言えるだろう。


「でも、覚えられるかな……」


 ただし、理学式は複雑、その一言に尽きる代物であった。

 見知らぬ記号、見慣れない配線、何層にも及ぶ環陣。

 どれも私が今まで見てきたものとは違う、斬新かつ難解なものであった。


「これを習得することで、君は自分の環境内で強い支配力を発揮できるようになる。岩の上に氷を張られようが、鉄魔術で防壁を出されようが、それらを駆逐し、攻撃することが可能だ。ある程度であれば、襲いくる水の流れを変えることや、防ぐこともできるだろう」


 有用性は私にもわかるんだ。

 これは、使い方によっては攻撃にも、防御にも使える。

 使う魔力の量とか、そういうのはわからないけど、絶対に使える術のはずだ。


 だけど私には、この魔術を示す理学式を速やかに理解することが、非常に難しいように感じられた。

 最初に向かい合ったステイの式とも、アブロームの式とも違った緊張。

 そしてそれはそのまま、ルウナに対する恐れでもあった。


「理解できない記号の説明はオレがしてやる。まずは一度、やってみろ」

「う、うん」


 私は力なく頷いた。

 やってやる、と前向きな気持ではいるのだが、到底成功するとは思えなかった。


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