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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第四章 輝ける姿

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杁013 吐き出す鬱憤

 ルウナに負けた。

 負けた。それだけなら、納得できた。


 私は魔道士といっても所詮は端くれの端くれ、異端の場所に身を置く素人だ。

 そんな私と、優秀な属性科のAクラスにいるルウナとでは、もともと比べられるはずもない。

 戦う前だって、全力でやってやろうとは思っていても、絶対に勝てるとまでは思えなかった。

 ある程度の覚悟はしていたつもりだ。


 でも、ルウナの圧倒的な闘いの前に、私は為す術無く一方的にやられてしまった。

 私がやったことと言えば、術を数発だけ。右手の指で数えられるくらいの魔術を発動させて、あとはずっと走り回っているだけだった。

 全力を出しても、力を出し尽くせない闘いへの歯がゆさが、強く残る。


 いや。

 それすらも些細なものだと言ってもいい。


 黒い感情が心の中を支配する。

 どうしてルウナは、私を食事に誘ったのか。親しげに接してきたのか。

 まさか、全ては、ルウナが学園での地位を取り戻すための、お膳立てに過ぎなかったというのだろうか。

 私はただの、見せ物の道具に過ぎなかったと。




「……」


 学園からは、足早に出た。

 血の気の引いた身体では小走りですら辛かったけど、それでもいち早く、学園という場所から逃げたかったのだ。

 何故かは、わからない。


「ああ」


 市場の適度な人混みに紛れ、一息をつく。

 辺りには私の見知った顔はいない。

 まさか、市場の騒々しさに安堵する日が来ようとは。


「お嬢ちゃん、学園の帰りかい」

「え」

「どうだい、昼前に丁度良い軽めの菓子なんかあるけど」


 学園から出てすぐの露店の男に声をかけられた。

 ここは、普段から出来合いの菓子や乾パンなんかを売っている店だ。売ってる物自体は大したことはないけど、学園の門を出て近い場所にあるので、ここで買い食いする事がたまにある。


 腹の中で、もやもやした感情が暴れている。

 これを鎮めるには、食うが早いだろうか。

 食って収まるむかっ腹なら、さっさと埋め立ててしまおう。

 それでもまだ暴れるようなら、それはそれで、その時だ。


「ピーナッツのバンゴ、ひとつ」

「あいよ、三十六YENだ」


 半端な額だな、とは常日頃から思いつつも、特に文句もなく財布の紐を緩めてしまう。小銭もまた、持っている分には便利なものだ。

 そんな脇から、もう一人の客が現われた。


「オレにも同じものを頼めるか。これから急ぎでな」

「おう、同じ、三十六YEN。何か、用事でもあるのかい」

「劇場が始まる。チケットを無駄にしたくないんだ。ところで、細かいのは持たない主義でな、払いは千YENでもいいか」

「そりゃ大変だ、はいよ」


 私の横から現われた客は、クラインだった。

 劇場だとかいう、厚ぼったい眼鏡に似合わない単語に、思わず軽く首を傾げてしまう。


 ほんの数秒も経たない内に、露店商はバンゴと釣り銭を用意した。

 大量の小銭と、美味しくなさそうな小さいバンゴ。


「ほい、まずこっちの釣り銭からな」

「ああ、悪いな。このチケットの上に置いてくれ」

「はいよ」


 釣り銭がクラインが手にした上の紙に、小気味良い音を立てながら注がれた。


「あっ」


 同時に、露店商の男が素っ頓狂な声を上げた。


「とうとう尻尾を出したな」


 クラインがチケットだと言った紙切れを小銭の下から引き抜いて、見せびらかすように掲げた。

 彼が握る紙は、チケットではない。

 以前に私も何度か使用した、魔力を記録するという衝紋(しょうもん)記録紙(きろくし)であった。

 記録紙は黒い色で幾何学模様が刻まれ、複雑な紋様を呈している。

 人一人、生物ひとつひとつで異なる、魔力の証だ。


 その紙を前にして、露店商の男は見るからにうろたえていた。

 額と鼻の頭に脂汗をかき、クラインの手にした紙を取ろうか、取るまいかと悩むような、そんな煮え切らない、泳ぐような手つきである。


 何がなんだか、私にはわからない。

 一体二人は何をしているんだ。クラインは何をしたんだ。

 ここで一体、何が起こっているのか。


「騙されるなよ、ウィルコークス君。こいつは貨幣偽造の常習犯、釣り銭に魔術で作った貨幣を混ぜて渡す、立派な詐欺師だぞ」

「はあ!?」


 クラインの言葉に、私も変な声を上げてしまった。


「その証拠に、今こいつが渡してきた小銭に衝紋記録紙が反応した。手を触れてもいないのに衝紋が記録されたということは、魔力によって作られたもの、つまり偽造貨幣が紙に触れたということ、つまり……」


 愛想の良い露店商の顔は消え失せ、染み付いていた元来の強欲な顔が、焦りに醜く歪められる。


「最近市場全体を騒がせている貨幣消失事件。全ての原因は、お前だということだ。元鋳型師のグリッヒ」


 クラインは指輪付きの手で、男を指さした。

 顔は全てを語る。

 グリッヒと呼ばれ、人差し指に真実を暴かれた男は、もう何も隠すことはできなかった。


「ご、強盗だぁ! 誰か助けてくれ!」


 苦し紛れの虚言を放ち、露店商、もとい詐欺師は乾パンの入った木箱をこちらに向けて突き飛ばしてきた。

 クラインによって証拠を突きつけられては、捕まるだけで全てが終わってしまう。

 少しでも時間を稼ぎ、混乱に紛れて逃げおおせるつもりだったのだろう。

 良い判断だ。罪を認めず言い合わない所が、逆に潔い。

 すぐ逃げに走ったのは、懸命だったといえる。


 だからどうした。

 それはテメーだけの都合だろうか、スカタンが。


「私を下罪人呼ばわりたァいい度胸だなオイ」

「ひっ!」


 逃げるなどという見苦しい真似は、この私が許さない。

 激情任せに強化した鋼鉄の右腕を振るい、突き出された木箱を思い切り殴り返す。

 古めの木箱はどこかの壁へとぶち当たる前に、粉々に粉砕されて弾け散った。


「うっ!?」


 鋭い木片が詐欺師を襲い、走りだそうとする足が止まる。


「オイ。テメェっつーことは何だ、私の金も上目眩おうって魂胆だったわけか、オイ」


 露店の木台を蹴っ飛ばし、私と詐欺師の間を阻む商売物を排除する。

 同時に、激しい音を立てて転がった木台は路地裏への逃走経路を封じた。

 まあ、最初からそんな所に逃げ込ませもしないけどな。


「ウィルコークス君」

「ぁあ!?」


 あとは叩きのめすだけ、という良いところで、クラインが声をかけてきた。

 だが彼が何を言おうとも、私は止まるつもりはない。

 行き場を見つけて発火した私の怒りはもう、誰かの一声で止まるものではないからだ。


「一発だけにしておけ」


 クラインは止めも加勢もせずに、ただ一言それだけ告げた。


「一発な」


 私は右腕を軽く回し、逃げ場を失った露店商に近づく。

 一発。まあ、いいだろう。それで都合つけてやる。


 彼が怯えきった半泣きの面で私の同情を誘うには、ちょっと遅すぎた。


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