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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第四章 輝ける姿

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杁001 追尾する暗黒

 機人御者が手綱を握り、激しく操る。

 繋がれた駆鳥(コビン)は短く鳴いて、その太く強靭な脚を更に忙しなく動かした。

 だが御者に急かされなくとも、先頭を走る四羽は十分、自らの意志で先を急いでいる。

 何故か。御者は暗がりの中で眼光を輝かせ、背後を見た。


『逃げきれるとでも思っているの?』


 幌の真上から不気味な声が響く。

 御者は、走る馬車に並走するように飛ぶ“それ”が恐ろしかった。

 巨大な体躯に天敵も少ないコビンでさえ、初めて目にする不可解な現象に怯えていたのだから。


 夜の街道の中、中に浮かぶ巨大な黒い球体。

 黒い煙のような、かげろうのように向こう側の景色が歪んだような、不思議な外観を持つそれは、更に馬車へと近づいてゆく。

 馬車を狙いとしているのは明らかだ。


「“イアズ(火球よ)リウル(膨らみ)ティ(弾け)テルス(放たれよ)”!」


 しかし幌口から現われた魔道士によって、それは阻まれる。

 木製のロッドの先に輝く紅い光は、投擲杖術を必要としない自ら弾ける炎の散弾である。

 幾つものつぶてになった紅い炎は、勢いをつけて黒い影へと飛散する。


 馬車と同じ速度で移動する、力の推し量れぬ黒い影。しかし炎の散弾は、その全てが命中した。

 影は巨大だ。直径三メートルはあろう、巨大な暗い塊である。

 速く直線的な動きで馬車を追いかけてはいるものの、回避行動を取らなかったそれは巨体であることも相まって、全弾が直撃したのだ。


『狙いは正確。威力も十分。けど、無駄よ』


 しかし、黒い塊は余裕そうに嘲笑った。

 黒い塊は、一切の傷も、ヒビも負っていない。

 減速する気配も、その黒い球面を欠けさせるでもなく、馬車との並走を続けている。

 杖から火弾を放ったおさげの少女は、困った顔を隠さずに馬車の中へと戻る。

 そして石灯に照らされた幌の中で、少女は叫んだ。


「だ、駄目ですよリゲルさん! やっぱりできません!」

「高威力の術でも駄目だったか」


 馬車の奥には、一人の若い導師が座っていた。


「なら次、風魔術いってみよう。そろそろ距離を離してやらなければまずいからね」


 リゲルと呼ばれた導師は笑顔でさらなる指示を出す。

 指示はこれで三度目である。

 魔道士の少女、スズメは瞳に僅かな涙を浮かべた。

 気は、ものすごく進まない。それでもやらなければならないのが、導師とその護衛である今の関係の悩ましいところである。


「でもあの様子だと、外殻には魔術攻撃が通用しませんよ。鉄も、こっちの芯が折れちゃった割には全く動じなかったし、火で対消滅を起こしている感じでもなかったです」


 スズメは食い下がった。

 なぜ頑なに拒むのか、その理由はわからないのだが。


「ねえ、リゲルさん、諦めましょう? もうここまで来たんですから、いい加減可哀想ですよ」


 しかし板挟みの立場上、あの黒い塊に立ち向かうのは、精神的に結構辛いものがある。

 スズメは、リゲル導師にはそろそろ諦めてほしかった。

 だがしかし、それでもいらぬ知恵を働かせ、解決法を見つけ出そうとするのがリゲル導師であった。


「では、辺りの空気を巻き込む風の術を使おう。魔術でない空気を含んでいるならば有効かもしれないからね。ラテル・ヘテル・テルザムだ。さあ、張り切っていってみよう」

「ううっ……」


 リゲルはどうあっても、黒い塊からは逃げ遂せたいらしい。

 一切の反論を許さない微笑みに、スズメは再び幌の外へと顔を出した。

 再び真上に浮かぶ球体に向けて、せめてもの申し訳無さを顔に示して、しかしロッドは慣れた手つきで差し向ける。


「“ラテル・ヘテル(旋風よ)”――」


 呪文を紡ぎ始めたところで、スズメは致命的な反撃を受けていたことに気づいた。

 自分が宙に差し向けた木製のロッドの先石に、向こうからも同じように杖を差し出して、先石を押し付けている。


 奇妙なことに宙に浮かぶ黒い影から、人らしき腕が伸び、それが杖を握っているのだ。


対杖反駁(ついじょうはんばく)……!」

『躊躇しすぎて距離を見誤ったわね、スズメ』


 杖と杖の先石は触れ合い、お互いの理学式を複雑に絡め合い、阻害し合う。

 先石が触れている間は、お互いのいかなる魔術も、その形を成すことはありえないのだ。


『はい、捕まえた」

「あっ!」


 スズメが呆気に取られている間に、黒い塊から人の上半身が這い出てきた。

 その女はスズメのすぐ近くにまで近づいて、彼女の手首を強く握りしめる。

 振り払っても抜け出せない事は、非力な身であるため、直感的に理解できた。


 “捕まっちゃった”。

 スズメは黒い塊から出てきた上半身の女に驚くでもなく、ただただ諦め気味に落胆の息を吐き出した。


「よしよし、スズメは悪くない、スズメは悪くないわよ。私は怒っていないからね」

「うう、すみません……」


 黒い塊から全身を抜け出した女はスズメを胸の中に抱き、その頭を優しく撫でてやる。

 歳は普通の姉妹ほど離れているだろうか。

 しかし暗黒の球体から現われた、毛先がくるりとカールした金髪の女性。

 先ほどの登場も相まって、どこか見た目だけでは推し量れない威圧感を持っている。


「悪いのはあなたよ、リゲル導師」


 その威圧感を、馬車の奥に座る女性へと指し向ける。

 非難の意思が込められた蒼眼を後ろ側へと受け流すように、導師は首を曲げた。


「勝手についてくる方が悪いんだ。撃ち落としたくもなる」

「それが教え子に対してする事?」

「君はもう准導師だ。私が受け持つ学徒ではない」

「では准導師として、この旅にご一緒しても構いませんよね?」

「うっ」


 リゲル導師の息が詰まる。

 顔に張り付いたいつもの笑顔も、少々苦しげに見えた。


 後はない。どうしようもない。

 そもそも、彼女に気付かれずに学園を抜け出せなかった時点で、何もかも駄目だったのである。

 馬車の中に紋信を発する魔導具があったのを、出発前に見抜けなかったのも痛かった。

 出発時刻が夜でなく明るい昼であれば、夜空に浮かぶ黒い球体を発見できたのも、もうちょっと早かったかもしれない。


 つまり、彼女を置いてきぼりにする作戦は、何もかもがダメダメだったのだ。

 万策が尽きた。リゲルは確信する。


「……はあ、ここまで来たら仕方ないな」


 意味のない咳払いを挟み、リゲルは苦笑いを浮かべた。


「歓迎しよう、クリーム君。私と一緒に、ミネオマルタまで同行してくれ」

「はーい!」


 クリームと呼ばれた金髪の彼女は、元気に返事を返す。


 かくして、リゲル導師による穏やかな首都への旅は、今この時をもって、完全な破綻を迎えたのであった。




挿絵(By みてみん)

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