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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 弾ける爆風

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箕012 首出さぬ亀

 探す、というのにはのんびりしすぎた行動である。

 昼前の賑わった大通りをのたのたと歩き、しかも五人揃ったままで、割り当てられた役目通りの動きをするための解散すらしていない。

 黙々と先頭をゆくクラインの後を、私達は何の疑問も口にせず追っていた。


「あー、ヒューゴあれ見てあれ、すごくね、干し肉」


 ヒューゴの背中におぶさったボウマが、髪の毛を引っ張って首の舵を取った。

 強引に首を捻られたヒューゴは、しかしなんともないように、うなだれた飼い犬のような素直さで示された先を見て、


「どれどれ、おお? ガーデルのジャーキーとはなかなか……って高っ。売る気が無いだろ、あれ」


 そんな感想をずるりと真っ直ぐ吐き出したのだった。


 うん。とても平和な、心安らぐひとときだけど、私達はこういうことをするために街へ出たんじゃないと思う。


「クライン、ウサギは探さないの?」


 前日の、クライン独断によるノソンのこともある。

 今日もまた、特に何もせず気力だけ削がれて終わってしまうのは、ちょっと嫌だ。

 私としては、やる気と体力の続く限りに挑戦させてほしいんだけど……。


「元々広い街なのだから、誰かしらが発見すれば騒ぎになる。オレ達はその度に動けばいい」


 言っている事の意味はわかるけど、身体を動かさないと仕事をしている気がしない私にとっては、少々息の詰まる答えだった。

 もうしばらくはこうして、宛もなく街を歩いていなくちゃならないのか。


『そう肩に力を入れるな、ロッカ』

「んぎっ!?」


 ライカンに両肩を万力のような力で掴まれ、そこそこ長い人生の中でも出したことのない声が出た。


「な、なにすん……!」

『亀の首が欲しければ、伸びるまで待て、だ。待つ事だって立派な戦術のうちだぞ』

「亀じゃなくて兎なんだけど……」

『なあに、どちらも似たようなものだ』


 揉まれた肩を抑えてぐりぐりと回す。

 不思議と、ライカンに強く掴まれた場所の凝りが取れたような、軽くなったような気が、する、ような。


 でも、亀の首がほしければ、か。

 確かにウサギでもキツネでも、しっぽを見せないことには追いかけようがない。

 晩飯を求めて山狩りをしようってわけじゃないのだ。ライカンの言う通り、焦らず構えていよう。


 それに、こうして彼らと一緒にぶらりと、当て所無く街を歩くというのも、私にとっては初めての経験だ。

 学徒らしさなんてよくわからないけど、きっとこうして講義後に遊び呆けることもまた、学徒らしさなのだろう。




「それにしても、人が多いよな……」


 今私達が歩いている場所は、西部の居住地域付近にある名もなき市場だ。

 天幕を広げた店が軒を連ね、その下では極普通の日用品や食料が並べられている。

 台の隅から隅までを使った物の置き方はどの店も洗練されており、彼らが商人であると同時に、この市場に慣れた住人であるということを想像させてくれる。

 中には遠くよそから来た商人もいるのだろうけど、歩きながらちらりと見る限りでは、どの商人も例外なく人懐っこい笑顔を振りまいているので、判別はつかない。


 愛想の良い売り手の前を通り過ぎるほとんどが、地元住人らしき軽装の人々だ。

 大きな声で名指しで声をかけられはするものの、片手の袋や籠に既に沢山の品物を詰め込んで意気揚々と帰る最中の彼らは、もう安売りの文句には耳を傾けようともしていない。


 手際よく物を買い、速やかに市場を去りゆく近隣住民に交じるのは、ミネオマルタの西部施設に用のある傭兵や、旅人達だ。

 比較的重装備で歩く彼らはよそ者だが、その足取りは観光客というほど浮ついてもいない。

 彼らもまた、各々の目的のために道をゆき、粛々と通い慣れた施設を目指すのだろう。


 確かに通りは賑わってはいるものの、私達のように、路肩の店の品を見て興奮しているような騒ぎ方とは、また少し違う。

 もっと慣れたような、洗練されたような……そんな、初めてだとちょっと居心地の悪いような通りだった。

 空飛ぶウサギに首を出す亀。私はさしずめ、借りてきた猫か。




 ヒューゴに背負われたボウマのスカートの裾を伸ばしてやりながら、どこか無駄に気恥ずかしく歩いている最中のことである。


「……あっちを見ろ」


 先頭を歩くクラインが小声で呼びかけた。

 人で埋め尽くされたこの通りの中で、何かを見つけたらしい。




 控えめに差し出された指先は、通りを歩く何人かの姿を捉えていた。

 厚みのある身体、筋肉質な三人組。傭兵らしき出で立ちの男達だ。


「あ」


 彼らが一体何だというんだ、とぼんやり眺めていて、彼らの肩に見覚えのあるワッペンが付けられていることに気付いた。

 盾のような形の小舟の中に、ぺたりと張り付いたデオルム(水竜)のエンブレム。


「傭兵ギルド“カナルオルム”だ」


 歩いているのは、昨日私達に大いに迷惑をかけてくれた傭兵たちだった。

 顔ぶれが全く同じかは覚えていないけど、こうして徒党を組んで歩いているところから察するに、きっとまたウサギを探しているのだろう。

 勝手に抜け駆けしておきながら、悪びれもせず今日もまた堂々とお勤めとは。呑気なものだ。

 警察に睨まれでもしたら、私だったらその一件を思い出して、申し訳無さでいたたまれなくなってしまうだろうというのに。


「あいつらを討伐すんだっけ?」

『ボウマ、やめておけ。ここは市街地だ』


 いや、市街地じゃなかったらやっていい良いってわけじゃないと思うけど。


「先日に引き続き、奴らは熱心にラビノッチを追い回しているらしいな。一匹三千、地下市価格にしても一万程度の相手を追い回すのに、随分躍起になっているじゃないか」


 言われてみれば確かに、そうかもしれない。

 警官が多勢で討伐に乗り出すのは、街の平穏を守るための立派な仕事だから、それは当然として。

 遊ぶ金に困った学徒ならまだしも、飯を食うための仕事にしている傭兵が何日も跨いで追いかけるほどの金星ではないように思う。


 そりゃあ、贅沢して一日を五百YENくらいで生活するとしても、ラビノッチを討伐して得た一万では、えっと、二十日分。

 けどそれを三人の徒党で割れば、だいたい一週間分。

 ギルドを通じて受けているから、仲介手数料やら何やらで、もうちょっと少なくなってしまうかもしれない。

 拠点がこの街でなければ、ギルドに付属しているかもしれないけど、宿代だって必要になる。


 策もなく数日間を無駄にするには、リスクのある獲物なんじゃないかと思ってしまう。

 それこそ、厄介なウサギを追い回すより、郊外の水路でデオルムでも捕まえていた方が有意義だ。


「白ラビノッチに、オレも知らないような希少性があるのか……あるいは、既に買い手がついているのか……まぁ、良い。奴らの仕事は奴らの仕事だ」


 メガネのつるを直しながら、クラインはこちらへ振り向く。


「今回は警官も傭兵も気にする必要はない。オレらのやり方でラビノッチを追い回せ」


 自分が正しいと疑わない強い眼差しを向けて、彼はそう言った。


 他人の迷惑になることにはちょっと葛藤もある。けど結果的に早くラビノッチを捕まえられるのであれば、良いだろう。

 実体験もある。クラインに任せよう。うん、とりあえず発案は彼に任せておけばいいのだ。


「だがカナルオルムの連中を見つけられたのは好都合だ。こいつらの動きに警戒していれば、すぐにラビノッチが見つかるかもしれん」


 でもやっぱり、どこか正々堂々と言うには違う構え方に、布を噛むような不安を覚えるのだった。




 ドン。

 小さく、低く。どこかで弾けるような音が聞こえてきた。


「今の。城の、砲かな」


 天幕でほとんどが遮られた曇り空を見上げながら、ヒューゴがつぶやく。

 ライカンも自信が無いのか首をかしげ、ボウマに至っては音を聞いていなかった。


 今の弾ける音は果たして、ラビノッチを見つけたという合図なのか。それとも午砲によく似た、別の音なのか。

 私達がどうしたものかと狼狽えていると、意外にもその悩みを解決してくれたのは、赤の他人であった。


「……本部からの紋信が入った。標的が北部の架橋下で見つかったのだと」

「よし、じゃあ、行くか」


 私達の前を歩く、カナルオルムの連中である。


「行くらしいぞ。オレ達も行動開始だ」

「……」


 やっぱりちょっと、ズルい。




「流れは北部……架橋下で発見ということは、キャドバリ楔石橋けっせきばしの下で見つけたのか。よく探し出せたものだ」


 路地を走る男たちの後ろを、七人分の間隔を開けて私達が追跡する。

 走りながらとはいえ、身体強化もしていない男たちの動きを尾行しているので、その速さからは緊迫感を得られない。

 人の多い通りを全力疾走するわけにもいかないのだ。


 学園の講義の開始時間に遅れそうで間に合うかどうか、そのための小走りに近いだろう。

 息も切れないし、話す余裕もある。


「キャドバリ楔石橋(けっせきばし)ってなに?」


 前を走るヒューゴに聞く。

 彼は流木製のロッドを利き手に持ち替え、振り返って微笑んだ。


「くさび形の焼き石を積んで作られた石橋のことだよ。キャドバリ小渓谷を跨ぐ、綺麗な橋さ」

「くさび形の石を積んでるの? それって、危なくない?」


 私のイメージの中で仕上がったキャドバリ楔石橋は、一歩踏み込んだ瞬間に石がするすると抜け落ちて決壊してしまった。

 谷の底には石の残骸と踏み込んだ私の無残な姿。とんでもない橋である。


「置き方に工夫があるらしくてね。橋のどこを見てもくさび形の石しかないのに、すごく安定してるんだ」

「えぇー」

「あはは、ロッカ、信じらんないって顔だなー」

「どうして普通の石を積んで作らなかったんだ……」


 作った奴の気が知れない。焼石なら四角い方が作りやすいに決まってるのに。

 うちのヤマの男らが見たら当惑しそうだ。今まで培ってきた石への常識が、崩されてしまうようなものなのだから。

 けどそのトンデモ橋、ちょっと見てみたい気がする。


「キャドバリ楔石橋へは立ち寄らないぞ」

「え」

「傭兵共はラビノッチを街側へ追いやるつもりだ。賞金をわざわざ外側へ逃すような危ない真似はしないだろう。だからオレらは、中央へ向かってくるラビノッチを西側へと誘導する」


 話を聞いて、橋を見るのをちょっと楽しみにしてたのに。


「橋は我慢して、後で見ろ」

「別に見たいわけじゃねーよ」


 言ってから気付いた、子供のようなバレバレの強がり。

 前を走るボウマですら“ぬふふ”と私を笑っていた。恥ずかしい。




「ヒューゴ、ボウマ」

「おー」

「何だい?」


 先導のクラインが道を逸れ、薄暗い路地裏へと入り込む。

 傭兵たちの忙しい背中を見送りながら、私達も人気のないそこへ飛び込んでゆく。

 路地の途中でクラインはこちらに向き直っており、皆はそれに倣って、小さな輪を描くように集まった。


「二人はミネオマルタ森林公園に行ってもらう」

「僕はルマリの枯噴水広場の中央だね?」

「あたしは森だな」

「そうだ。オレ達もすぐにそっちへ向かう」


 それだけ言って、クラインは路地の先を目指して走りだした。

 あまりに唐突で手早すぎる再始動に私は困惑したが、ライカンは何の躊躇もなく、すぐにその後を追いかけてゆく。


 みんなの中に、私に見えない信頼があるみたいで、ちょっと疎外感を感じてしまう。

 けど私も遅れをとるわけにはいかない。

 そう慌てて走りだそうとしたところで、ボウマの小さな手が私のジャケットの裾を掴んだ。


「ボウマ、どうしたの?」

「ん。ロッカ、怪我すんなよ」

「……うん、ありがと」


 心配しなくたっていい。

 私は丈夫さだけが取り柄だから。


「行ってくる」

「頑張れよ、ロッカ」


 私は路地裏を駆けるライカンの大きな背中を目指し、身体に魔力の補助をかけて、走りだした。

 今までの人混みを気にした早歩きではない、強化を積んだ全力の駆け足だ。


「屋根に上がる。ラビノッチを迎撃して、森まで追い詰めるぞ」


 さあ、リベンジだ。

 晩の豪華な鍋のために、ラビノッチ。覚悟してもらおう。


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