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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 弾ける爆風

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箕011 動かぬ頂点

 悪巧みとは悟られないまでも、廊下での堂々とした打ち合わせは何人かの学徒の耳に入り、それはここ数日の関心事でもあったので、すぐに噂として広まった。

 娯楽に興じる時間の少ない第二棟の学徒達にとっては、噂話だけでも十分な骨休めである。それが休み時間ともなれば、話の浸透は早かった。


「ラビノッチの討伐依頼、特異科が受けてるんだって」

「クライン達が?」

「じゃあ、ロッカ=ウィルコークスも?」

「さあ、でも、多分一緒にいるんじゃない」


 第二棟はほぼ属性科のための棟なので、噂がほかの学科へ伝播することはなかったが、閉じ篭もりがちなコミュニティ内での浸透は早い。

 特異科はやはり遊び呆けている、だの。討伐に傾倒するならさっさと傭兵にでもなればいい、だの。特異科への決まりきった文句もまた、抱き合わせにして人から人へと伝わってゆく。

 噂は昼休み中にずいぶん遠くまで行き届き、講義室の隅でクロムギパンをかじる少年の耳にも入った。


 ミネオマルタでは珍しい浅黒い肌に、臥来(がらい)系のようなムラのない白髪。

 体内で滾る血液か炎を、そのままガラス越しに映したような紅い瞳。

 小耳に入った特異科への暴言などには興味を惹かれなかったが、ラビノッチ。その単語には興味がある。


「次の講義の後は、何も無かったよな」


 イズヴェルが席を立ち、講義室を出た。




 目当ての彼女がいる場所はわかっている。

 イズヴェルも大概、ある一つの席から動かない学徒であったが、ミスイはそれ以上だった。

 最後列の中央。それがミスイの定位置である。


「ミスイ」

「イズヴェル」


 椅子に腰かける人形のような彼女の名を呼ぶと、その首はゆっくりと動き、イズヴェルに目を合わせた後に名前を口にした。


「掲示板を見たかい。ラビノッチという魔獣に討伐依頼が来ているらしい」

「知っています。それがどうかしましたか」

「僕は今、とても憤っている」


 イズヴェルがミスイの隣に腰を落とし、手に持った長いロッドを机の窪みへ立て掛ける。

 まだ幼い少年の顔は、毅然とした静かな憤怒に染まっていた。


「依頼の張り紙には、対象の生死は問わないと書かれている」

「それが討伐なのでは」

「なぜ保護ではいけないのだろう」


 ミスイの瞳がそっと、無感情に細められる。

 “ああ、またか”と。


「人には力がある。力がある以上は、人はそれ相応の行いでもって、世に尽くさなければならないと、僕は考えている」


 ミスイは途中に口を挟みたかったが、途中で割り込んでもイズヴェルの勢いが止まるわけでもないので、黙って聞くことにした。


「いくら人の世に迷い込んだ魔獣とはいえ、相手はラビノッチ、ただのウサギだよ。保護して、山へ返せば済むだけの話じゃないか」


 彼の言うことは正しくもあり、正しくない。

 人の社会にも丁度いいバランスというものがある。それに殺す必要がないというのは確かにその通りだが、殺さない理由もない。

 説明すれば諭すこと自体はできる。しかし、ミスイが自分の口から言ってやるつもりはなかった。

 言ったところで、彼は止まらないのである。


「人の手で討伐され、殺されてしまうくらいなら……ラビノッチは、僕が保護してやる」

「……」


 彼はミスイに相談しようとしたわけでも、共闘を頼みにきたわけでもない。

 ただ、唯一の友人であるミスイに、今の自分の感情を打ち明けたかった。それだけなのである。


「そうですか。警官や傭兵と揉めないよう、気をつけてください」

「ありがとう、ミスイ」


 だからミスイも、送り出す言葉を紡ぐだけ。

 イズヴェルであれば、身体を案ずることも、捕獲の成功を疑う余地もない。


 何らかの噂話で賑わう属性科の級友とは違って、ミスイの日常は今日もまた、代わり映えしなかった。


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