箕008 壁隔てる策謀
属性科三年の鉄属性専攻、ジキルとロビナ。
白髪の男と黒髪の女は、特異科の講義室前で向かい合い、ひそひそと話し込んでいる最中であった。
「友達と仲良く呑気にウサギ狩りだとよ。ナタリーさんをマグレで倒したくらいで、もう学園をシメた気でいやがる……気に食わねーな」
「やめようぜロビナ。マグレでもナタリーを倒したんだぞ」
ジキルはどの立場に立っても慎重な姿勢を崩さない。それはナタリーが負けた後でも変わりはしなかった。
対して、それまで味を占めていたロビナには譲りきれないものがある。
「たった一回、マグレで負けたくらいで鉄専攻が舐められてたまっかよ!」
ナタリー=ベラドネスは鉄属性専攻の女子生徒達にとっては、絶対的な強さを持つボスでもあったし、慕うに値するカリスマ性も備えていた。
同じ鉄国出身でナタリーの出自を知る者であれば、なおさらであろう。
だからこそ彼女、ロビナは激昂しているのだが、その怒りを一身に受けているジキルは至って冷静だった。
「だがナタリーが負けたのは事実だろ。認めたくはないだろうけどな、それはもう覆せねえよ」
「うるせえ!」
「うごっ!?」
落ち着いた調子で宥めても、八つ当たりは綺麗に鳩尾へ決まった。
鉄の国の女性は総じて男勝りなのである。
「ナタリーさんはなぁ……ナタリーさんはなぁ、本当ならあれくらいで負けるはずがねえんだよ」
「わ、わかってるから、わかってるから暴力はやめてくれ……一応俺は協力してやってんだぞ……」
「相手が特異科だから、手を抜いてやってたのに……! だってのに、まるで、それを見透かしたような戦い方をしやがって……!」
ロビナは件の闘技演習で、ロッカの不自然な戦術に気付いていた。
ナタリーの戦い方や矜持に精通していなければ、あの時のロッカのような動き方はできないだろう。
風、火、水魔術に対して一切の警戒を敷かない、対鉄魔術に限定した特殊な戦法だ。
鉄の魔術投擲の回避に特化した身のこなし。
鉄魔術を受け止めるためだけに習得したかのようなマイナーな鉄魔術。
鉄魔術への対抗措置はしっかり取れていただけに、魔術戦の知識が無かったなどという言い訳は通用しない。
「クラインが入れ知恵しやがったんだ、間違いねえ……!」
正解である。
また、同じ予想を心の中に立てる者は少なくはなかった。
新入生が僅かな術でナタリーに勝利する。ということは、クラインが関わっている。思考停止に近い短絡的な考えではあれど、この一年間の数々の出来事を顧みれば、それは的の中心を射た予想であった。
実際にその通りなのだから。
「なぁロビナ……クラインが関わっていようが関わってなかろうがよ、ナタリーの汚名を突っぱねるにはロッカを打ち負かす必要があるんだろ?」
「あたりめーだ。あの岩堀り女をぶっ飛ばさねえと、ナタリーさんの雪辱は果たせねえ」
「なら正攻法で、闘技演習場で倒さなきゃ駄目なんじゃねーの」
「馬鹿野郎! 私らが同じ場所でロッカに勝っちまったら、それこそナタリーさんの顔が立たねーだろうが!」
ロビナは泡を飛ばしながら叫んだ。
一切の慎みも隠密する気もないロビナの態度には、温厚なジキルもそろそろ限界である。
「じゃあどうすんだよ、わけわかんねえぞ」
「わっかんねぇかなぁ。だからお前はいつまで経ってもジキルなんだよ」
「なんだそれオイ、悪かったな、俺は一生ジキルだよ」
「ロッカが本当にマヌケな奴だと、学園中に知らしめてやるのさ。そうすりゃ、マグレって説にも魂が宿るだろーよ」
ロビナは呂金製のショートメイスを軽く掲げ、鈍い銀色の輝きを見せびらかせた。
「例えば、ウサギを追ってる最中に大怪我をした、とかな」
曇った金属の不穏な光沢に、ジキルはまた面倒臭そうな、厄介そうな役目が自分に回ってきたのだと確信する。
正解である。




