目詰りするフィルター
庭に置かれたブロンズ製のテーブルとチェア。
ここは本来、ハーブに囲まれた庭の中で少人数でのお茶を楽しむための場所なのだろう。チェアの数は五つしかなく、私達全員が座りきれるものではなかった。
「僕は立っているよ」
「あ、では私も……」
『俺も良いです! さあ先生、どうぞお座りになってください!』
「は、はあ。ありがとうございます」
私達が着席するとどこからともなく現れた家令さんが人数分のハーブティーをテーブルの上に置き、ほっと一息ついたところで、クラインが額に親指を当てて考え込み始めた。
「さて。どこまでを話したものか。オレは嫡男として一通りの事情を教わってはいるが、勲章を得たとはいえ君たちに全てを話す必要はないだろうが……」
「ケチぃ」
「そんな他の人に言ったらまずい話なのかよ?」
「……ユノボイド家の沽券に深く関わる話となる。これは基本的にはユノボイド家の負った役目であり、義務の話だ。深い干渉は、それこそオレでなく父様に聞くべきだろう。だが、オレが話せる範囲でも構わなければこの場で話しても構わない」
そう言われたらまぁ。
皆で顔を見合わせて、頷いた。
「ボイドは、ラガブル地下に存在する海底洞窟であり、その上部に作られた管理施設を含めた名称だ。オレたちユノボイド家はあの港町の海岸付近の警備と、そのボイドの警備を任されている」
「海岸は見たからまぁわかるよ。グレーターグマランだっけ。けどボイドの警備って、それは海底洞窟なんでしょ。わざわざ何か警備する必要があるの?」
「……ふむ」
私が聞くと、クラインはまた少し考え込んでしまった。そんなに説明し辛いか?
「ボイドの地下には……危険な魔族が棲息している」
「あら」
『海底洞窟にか。港町の真下だろう? それは恐ろしいな』
「殺せにぇの?」
「殺せはするが、キリがない。流入する海水によって無尽蔵に流れ込んでくるからな。それに、ボイドの奥深くは整備用通路であっても天井が低く、人が踏み込みにくい洞窟となっている。その上、潮の満ち引きで簡単に水没するせいで長時間の作業もできない」
「おっかない場所だねぇ」
そんな危ない洞窟の上にあの港町は出来てたのか……。もう埋め立てたほうが良いんじゃないか?
いや、立ち入りが難しいほど狭く入り組んでるならそれも厳しいのか? よくわからん。
「だからボイドでは海底洞窟を厳重に管理し、魔族の侵入を阻んでいるのだが……君たちは見たいのか?」
「見たくないわよそんなの……」
「ちょっと怖いねぇ、それは」
まぁ普通に考えたら怖いわな。海底洞窟で潮の満ち引きで水没するんだろ? そんな中で何か作業しろって言われても無理だ。
人が歩ける状態じゃないって言い方も嫌だな。濡れて滑りやすいところで天井が低いのは困る。
「うーん……ぶっ殺しまくってもキリがないのかぁ」
『海辺の魔族は数が多いからな。とてもじゃないが、無理だろう』
「……ええと、皆さんはボイドの見学はしない……ということでよろしいですか?」
マコ導師が念のためくらいの気持ちで問いかけてみると、みんな苦笑を浮かべている。
私もちょっと見学は難しいかなって思っちゃうな。一人だけならまだ考えなくもないんだけど。
「皆様、食事の支度が整っております。屋敷の中へどうぞ」
でも内心少しだけ見てみたくはあったのは内緒だ。
昼飯を食べて、お風呂入って、身支度を整えて。
で、今日は何をしたかって言うとほとんど何もしてないんだけど、体はしっかり疲れている。
まさか野営の撤収作業だけでここまでしんどいとは。私でさえちょっと億劫になるのだから、ソーニャはより一層ひどいだろう。
そう思ってソーニャの部屋(ボウマと相部屋だ)に入ってみると、案の定彼女はぐっすりと眠っているようだった。ボウマも何故かソーニャと同じベッドで寝ている。
私は部屋に一人なのにな。ちょっと羨ましい。
ただ私は疲れてはいるけど、眠すぎてまるっきり駄目というほどでもない。
むしろもうちょっと体を動かしていたいなと思える程度にはまだ体力が有り余っている。
こういう時は適当に岩を出して砕くのが一番だ。
「あ、裏の広いとこで魔術使ってもいいんですか」
「はい。本日はしばらくお休みいただく予定でしたので、お好きにご利用ください。投擲の際には物品の破損にだけご注意を」
魔術を使って良い場所を通りすがりの使用人さんに聞いてみると、屋敷を出てすぐの広い場所がそうだと言われた。
投擲の注意も、できない私にとっては関係のない話だ。つまり好きにやれってことである。ならば好きにさせてもらうとしよう。
屋敷の裏にもハーブ畑はあったが、もう少し離れるとだだっ広い空き地がある。どうやらそこがユノボイド本家での魔術の試し打ち場らしく、端っこの方には魔術の標的であろうシモリライトの塊も置いてあった。
「“スティ・ラギロ・アブローム”!」
魔術で岩を出して、そのままアンドルギンでガツンと砕く。
「“スティ・ラギロール”! “スティ・ガミル・ステイ・ボウ”!」
床環境を展開して、岩の針を突き出して。最後にはそれもぶっ壊して。
とにかくこの一連の動作を早めなきゃいけない。いざという時にサッと発動させられるようにしなきゃ駄目だ。
ノラド戦では相手も結構トロくて助かったけど、世の中そんな相手ばかりでもない。
今は練習なんだ。自分にできる最速を目指して繰り返していこう。
もちろん、それと並行して岩を上手く砕く技も錆びつかせないようにしねえと。
「ここにいたか」
「お、クライン。って、そこかよ」
クラインは二階の窓から顔を出していた。私の魔術音で気づかれてしまったらしい。
「オレも加わろう」
「うわっ、危ねえな」
彼はそのまま二階から飛び降り、私のすぐ側で着地した。
相変わらず何かする時に何も言ってくれない奴である。
「加わろうって、私の練習に?」
「当然だ。魔術の訓練は単独でやるよりも、他者が居たほうが効率がいい。攻撃にせよ、回避にせよ、防御にせよ」
まぁそれは否めないけどよ。私だってクラインにさんざん回避の練習やってもらって強くなったわけだし。
「……そうだクライン、久々に避ける練習やってくれない?」
「回避訓練か。ナタリー戦前の?」
「そう。闘技演習じゃないから強化込みでやる! だから遠慮なく鉄つぶてでも何でも投げてこい!」
「……ふん。良いだろう。オレも初等術の投擲練習がしたかったところだ」
「へっ、クラインに強化有りの私を追い詰められるかな」
「三十秒持つかどうかといったところだな」
「よし、かかってこい!」
ユノボイド領での昼下がり。
魔術が目まぐるしく飛び、石の破片がそこら中に転がっては消えてゆく。
私とクラインは結局ここでも、学園みたいなことをして過ごしているのだった。




