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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 燃え滾る熱血
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折り畳む野営道具


「身体痛い! 動けない!」

「頑張れソーニャ。引っ張り起してあげるからさ」

「無理無理! ふくらはぎと太ももがすごく痛いんだもん! もう今日一歩も歩けない!」

「まぁこうなりそうだなーとは昨日の時点でなんとなく思ってたけどさー……」


 ノラド二体を討伐し、鍋を食べた翌朝のこと。

 もうこのテントを引き払ってユノボイド領へと戻る予定なんだけど、ソーニャは撤収作業に参加できるかどうかも怪しいコンディションだったらしい。

 昨日の日中、ほぼずっと野山を歩き回っていたせいだろう。普段運動しない奴が急にこういうことすると次の日来るっていうもんな。デムハムドでもよく新入りの鉱夫がバテて倒れてたなぁ……。


「撤収作業も討伐や遠征任務の一部ですよー。この作業は本来であれば一日中設営と撤収作業を繰り返して訓練したほうが良いくらい大事なんです。今回は一度だけなので、しっかり真面目に取り組んでくださいねー。もちろんエスペタルさんもですよー」

「は、はぁーい」

「脚が痛ければ痛いなりの身体でできる作業を手伝いましょうねー」

「わかりましたぁー!」


 そしてマコ導師は意外とこういう事に関しては厳しかった。

 座学では結構ゆるゆるなのに、実地になると現場監督みたいに厳しくなる。杖士隊の人ってこういうタイプが多いのかもしれない。


『“イグネンプト(稲光れ)スロープ(我が獣道)”!』

「うひゃぁ! 杭が引っこ抜けた!」

『ふはは! どうだボウマ。俺の魔術もこういうところでは役に……あれっ、うわっ砂鉄が沢山くっついてきたな!?』

「何やってるんだいライカンは……」


 途中、ライカンがテントを張るときに使った鉄の杭? を魔術で引っこ抜こうとして砂鉄の針まみれにしてたけど、みんなで協力してどうにか野営道具の全てを荷造りしてまとめることができた。

 ……持ってきたときよりも何故か荷物が膨らんでるというか、かさばってる気がしないでもないけど。何かを拾ったわけでもないのに、一体どうしてだ……。


 そうして最後に元拠点の場所をくまなく再確認して忘れ物がないかを調べ回っていると、私達に近づいてくる気配が一つ。

 クラインは一瞬身構えていたが、やってくる気配が背中に籠を背負った老人であることに気づくとすぐに肩を弛緩させていた。


「おー、おー? あぁ、もしかして皆さんがミネオマルタから来られた?」

「あ、どうもこんにちはー。はい、野営の訓練をしていまして。もう撤収が終わったので、帰投する予定なんですよー」

「先生ですか? はぁどうもどうも。はぁーそれはまた……こんなとこで野営とは珍しい。結構出ますでしょ、魔獣とか」

「はい、皆様の協力もありまして、無事ノラド二匹の討伐が完了しました」

「えぇノラド! もう討伐しちゃったんですか!?」

「はいー、山狩りがうまく嵌ったので良かったですー。あ、でもまだ一体ほど残っているかもしれないので……この付近には近づかないとは思うのですが、山菜採りをするのでしたらくれぐれもお気をつけてくださいね?」

「やーノラドは怖いですからねぇ。わかりました、ありがとうございます」


 ……私達としては結構山の奥深くに拠点を構えて討伐任務に臨んだつもりだったんだけど、地元に住んでいる人からしたら“採集でわりとよく訪れる場所”だったらしい。

 まぁ、広いとはいっても島だもんな、クモノス。人が全くいない場所なんてのもそうそうあるわけないか。

 地元の人が気軽に歩いてこれる場所で寝泊まりってのも少し間抜けっぽいけど、練習だ練習。私は気にしないぞ。


「そういや、橋のところでススガレさんとこの馬車も停まってましたねぇ。普段はだーれもあんなとこ停めないんですけども、待ち合わせか何かしてるんですかい?」

「はあ、待ち合わせ……ですか?」


 橋のところ、といえば私達が森に分け入った入り口のところだろうか。


 そこに私達以外の誰かがいる?

 しかもススガレ領。ミスイの実家のところというと……一体どういうことだろうか。




「あーっ! 戻ってきた! ロッカ! ボウマ! こっちよこっち!」


 何故ススガレ家の馬車が。そんな疑問は、橋の上で大きく手を振るルウナの姿を見てなんとなく氷解してしまった。


「皆様、よくぞ無事に戻られましたッ。お疲れ様ですッ」


 出迎えてくれたのはルウナだけでない。橋の側にはウィスプさんの私兵であるフィーネさんらも待機しており、私達の帰還を待ちわびていたようだった。

 複数の馬車がここらにたむろしているんだけど、これだけ見るとすごい大事っぽく感じるな。


「任務はですねぇー……あっ! せっかくなので皆さんで報告してみましょうか。代表で……経験者のポールウッドさんお願いしますね!」

『了解しました先生! ……えー、山中に設営した仮拠点でおよそ一日過ごしまして、二手に分けて追跡調査と討伐を行った結果、二体の……成体?』

「はい、成体です」

『成体ノラドの討伐に成功しました。……で、良いんでしょうか? かしこまった報告には慣れて無くて自信がないなぁ……』

「いえいえ問題ありませんッ。しかし一日で二体ですかッ! それは素晴らしい成果ですねッ。てっきり野営体験をして終わるものかと思っておりましたが……」


 ハキハキ喋る女私兵のフィーネさんは、お世辞抜きに喜んでいるようだった。

 やっぱり一日で結果を出すのは珍しいのかもしれない。


「そうでしたッ。我々は皆様をユノボイド領にお連れするために来たのですが、こちらの御学友の方がクライン君のお知り合いだそうで……」

「討伐任務に参加したんですって? すごいじゃない! あ、私達もちょうどこの辺りを通りかかってね。せっかく一緒にクモノスに来たのになかなか話す機会がなかったから、待っていたの!」


 どうやらルウナは私達と話すためにわざわざここで待っていたらしい。

 よく見ればルウナと同じ水専攻の学徒たちは、川に降りてちっちゃな釣り竿で何かを釣ろうとしているようだった。彼女らも私達の存在に気づいているけれど、わざわざこっちに来て挨拶をしようとは思っていないらしく、ちらりと見るだけにとどまっている。多分、私達と話したいっていうのはルウナだけなんだろう。


「オレたちは疲れている。さっさと邸宅に戻るぞ」

「む。ちょっとなに、クライン。別に貴方とは話したいとは思っていないけれど、他の人と話くらいさせても良いんじゃないの」

「ルウナルウナぁ! あたしノラド一匹ぶっ殺したじぇ!」

「え? ノラドって魔獣だったっけ。わぁ、すごいじゃないボウマ! やるぅ!」

「ははは……元気だね……」


 私としてはせっかくだし少しくらいルウナと話しても良いんじゃないかって思うんだけどな。

 けどソーニャは自分の馬車を見つけた瞬間に有無を言わさず荷台に飛び込んでいっちゃったし、さっさと疲れを癒やしたいって気持ちもよくわかる。


「そういやルウナ、他にはいないの? 一緒に回ってる子とか」

「ああ、あとはミスイが馬車の中にいるわ。“別に出迎えたくない”って言って本でも読んでるんじゃないかな」


 ああ、ミスイか……。

 って、ミスイの話をし始めたらフィーネさんら私兵の方々の表情が一気にピリっとし始めた。


 ……もしかしてクラインの婚約がご破算になったことについて、色々思うところがあるんだろうか。ある……んだろうなぁ。

 さすがの私でも、あまりそういうところは深入りしたくねぇ……そりゃミスイも表に出たくないだろうよ。


「そうそう。私達水専攻は二日後にクラカトア領で海水浴を楽しんだり、ガレー船を漕いだりしようってなってるの。せっかくだからロッカたち特異科も来てみない? もちろん、なにか都合がなければだけど」

「クラカトア? ってあー、なんだっけ。クモノスの島がいっぱいある領地の家だっけ」

「うん。クモノスでも一番の観光名所って話なんだから、是非とも行ってみないとね! 結構有名な交易商さんもいるから、顔を繋いでおくだけでも違うわよ!」


 顔を繋いで一体何が違うのかはわからないけど、観光名所って聞くと興味はあるな。

 ガレー船……船か。船の操縦はちょっとやってみたいかもしれない。


「ほら、リタ! フラメイア! 釣りやめてそろそろ私達も出発しましょ! 明るいうちに呻きの洞窟も見学しないと!」


 そして言うだけ言って、誘うだけ誘って、ルウナたちはさっさと馬車に乗って走り去っていった。

 本当に私達とちょっと話すためだけにここで暇を潰していたらしい。


 ……まぁ変わった奴だけど、こうして親しげに接してもらえるのはちょっと嬉しいもんだね。クラインは滅茶苦茶嫌ってるっぽいけど。


「ルウナ、飴くれなかったにぇ……」

「ボウマあんた、ルウナのことを飴くれるお姉ちゃんくらいに思ってたのかよ。最低だぞ」

「んーん、半分くらい。もう半分はふつーに友達」


 半分かよ。現金なやつだ。


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