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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 燃え滾る熱血
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鳴り続ける呼び鈴


 男女二班に分けてのノラド調査と薪拾い。

 ライカン率いる男子班は、クラインとヒューゴを加えた三人。男子班なのに何故かマコ導師が居ないという状況に気落ちしているのはもちろんライカンのみであった。


『マコ先生に良いところを見せたかった……こういう場面でしか俺の力なんて活躍しないのに……』

「まあまあ落ち込むなって。ほらあっち見てみろよ。あれってノラドの痕跡なんじゃないか?」

『痕跡……? 痕跡を見つけたって褒めてくれる先生が居ないんじゃ……』

「こらこら職務放棄するな」


 三人は渓流付近にあったノラドの足跡を辿り、山林の奥地にまで踏み入っていた。

 体重のあるノラドの足跡は相応に目立ち、短いとはいえ尻尾を引きずった痕も散見される。地面の特徴から移動ルートを辿ることは難しくはなかった。


『ノラドは土の中に穴を掘って眠る習性がある。だが頑丈な魔獣だからなぁ。そのまま露天で眠る奴もいれば、洞窟に住み着く個体もいる。どこにいてもおかしくないという厄介な奴なんだが……この辺りの地形はどうにも、洞窟が多そうでなぁ』

「うむ。ジグモ山周辺だけでなく、クモノス全体が空洞の出来やすい土地だ。ライカンの言う通り、ノラドが籠もれるだけの場所は豊富にあるだろう。それこそが長年にわたりジグモ山開拓を妨げてきた厄介な部分でもある」

『あー、厄介だよなぁ。ノラドがいるほどの大穴ではないにせよ、そこら中にあるから神経を使う地形だ』


 ライカンが無造作に山林の中を指さしてゆく。

 そうして示した場所だけでも、ウサギの開けた穴だとか、植物の根のアーチが生み出した空洞だとかが豊富に見られる。

 厄介なのは、そういった起伏に富んだ地形が度々ノラドの足跡や移動の痕跡を途切れさせるということであった。


「ノラドは頭が小さいんだっけ? けど体は大柄だからそう小さな穴には潜れないんだよな? ここ周辺にノラドは居ないんじゃない?」


 丁度いい薪を拾いつつヒューゴが言う。調査しながら燃料集めをしなければならないのは忙しいが、普段できないアウトドアな作業をヒューゴは楽しめてもいた。


『うむ……こっち側もある程度探ってはみたが、そうだな。痕跡もあるようで薄くなっている気もする。ヒューゴの言う通り、あてが外れたと見るべきかもしれん』

「川辺で魚類を獲物として活動している可能性が高くなってきたな。オレ達は一度引き返すべきか」

「僕は賛成だね。ここまでに拾ってきた燃料や食材を拠点に置く意味でも、仕切り直しした方が良さそうだ」


 出かけには空っぽだった三人の背嚢は、今では木材と木の実など山の幸でいっぱいになっている。

 動植物に詳しいクラインが道中で食用となるものを選別していたおかげであった。


『あっ、これ食べられるキノコだな』

「本当だ。帰り道も同じ道を辿ってるだけなのに、見落としてたのが結構見つかるもんだね」

「視界に入る部分が違うせいだろうな。どうせなら採取しておこう」

「ははは。僕たち何しに来てるんだろうねぇ」

『いやいや、これもまた立派な討伐任務の一部だぞ。……俺一人で討伐する時はここまで食べられるものを判別できなかったけどな!』

「じゃあライカンは討伐の時どうやって食べてたんだい?」

『適当な獲物を殺して焼いて食べてたよ』

「参考にならないなぁ……」


 ライカンは武者修行と称して山林に籠もり、徒手空拳での魔獣討伐に明け暮れていた時期があった。

 焼けば食える相手を素早く狩り殺し、討伐証明部位を切り落として肉を食らう日々。それはそれで楽しいものでもあったが、やはり食事のバランスが悪かったせいだろう。体を鍛えるつもりが逆に体を悪くし続ける結果となってしまった。

 まだ彼が若く、生身だった時代の話である。


「戻ったら何を作ろうか。やっぱりスープかな?」

『だろうな、取り分けやすいしそうなるだろう。調味料は一式揃ってるかな?』

「ある。オレも基本的なものは持っているが、ヒューゴが持ち歩いていただろう」

「うん、まあね。けど作る時は二人も手伝ってくれよ? 僕の知らない食材があるから下処理とかわからないぞ」

「当然だ」

『干し肉も持ってきたが、入れたら駄目か?』

「駄目だ。齧れ」

『偏食だな、クライン。そんなんじゃ力がつかないぞ』

「オレは魚類なら食える」


 とはいえ、クラインはその魚類自体も好んで食べるタイプではなかった。


「あ、渓流で魚とか釣れるかな? 罠とか仕掛けたり」

『今日のうちに作って夜に仕掛けて、朝見て掛かってるかどうかだな。エビやカニなら捕まっているかもしれん。一応、橋で見た時には小さな魚影もあったが』

「クライン、甲殻類は大丈夫だっけ」

「まあ、一応は」

『じゃあ試してみるかぁ。けど俺は罠づくりとかあまり得意じゃないぞ?』

「そこは僕に任せてくれよ。前に本で読んだ作り方を試してみたいんだ」


 道を引き返す間も会話は絶えない。

 クラインは無口な人間だったが、二人と一緒の時には普通に受け答えするし衝突もしない。

 男友達らしい和やかなやり取りが続いていた。


 三人がキャンプの前にたどり着くまでは。




「……グゥルルゥ?」


 三人が仮設拠点に戻ると、そこにはロープで樹上に張り巡らせた鳴子に齧りつこうとしているノラドの姿があった。

 太い胴体。小さく細い頭。短い尻尾。屈強そうな四肢。

 間違いなくノラドである。


「……ええと?」

『いるなぁ』

「何故自分から罠を揺らしているのか……」


 まだ外は明るく、あからさまに鳴子がジャラジャラと鳴り続けているものだから、先に戻ってきたボウマか誰かが触っているのだろうと考えていたのだが。

 いざ拠点まで来てみれば、居たのは我が物顔の獲物の姿。呆気に取られるのも無理はない。


「グルッ」

「あっ逃げた」

『仕留めるぞ!』

「キャンプを傷つけたくない、別の場所におびき出せ!」

「荷物だけ中に置いていこう!」

『そうだな! 多分追いつけるだろう!』


 さすがに三対一を不利と見たのか、あるいはライカンの獣じみた頭部に強敵感を感じ取ったのか、ノラドがうっそりと逃げ始める。

 男三人は大荷物をキャンプに放り込むと、間抜けなノラドの後を追いかけるのであった。


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