表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第三章 燃え滾る熱血

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

536/545

張り上げる伝令


 ユノボイド領とススガレ領との領境は、山林に囲まれている。

 ミスイの出身領でもあるススガレ領は干満街クモノスの中央に位置するジグモ山周辺を根拠地としているらしく、つまり領境は必然的にジグモ山への登山口に近いものになるのだそうだ。

 とはいえ領同士を繋ぐ道路は山道で蛇行しつつもしっかりと整備されており、馬車での通行も難しくはない。

 ただひとつ問題があるとすれば、山林から現れる魔獣や魔族が厄介だということだろう。


 今回の野竜ノラドは領境の山林で発見されたという。

 発見者は領境を馬車で移動中だった商人たちで、橋を渡る際に遠くの水辺でノラドが水浴びしている姿を目撃。そのままノラドに見つかって襲われる前に、さっさとその場を離れたらしい。

 魔獣は獰猛で、人を見つけたらすぐさま襲いかかってくる。それでも、生きるためにある程度の棲み分けをする程度の生存本能はあるので、わざわざ人の大勢いる街に近づくことはない。しかしちょっと辺鄙なところになるとすぐさま居着いてしまうのも連中の特性だ。


 人の生活領域で見つけた以上、死人が出る前にさっさとやっつけなければいけない。

 ……それはクモノスにおいては、魔道士たちの役目だ。




「……母さま? 何故ここに?」

「おはよう……クライン」

「お、おはようございます」


 私達を乗せる馬車は件のノラドを発見した橋までやってきた。

 が、そこにはユノボイド邸でも見かけた貴婦人……クラインの母さんであるウィスプ=ユノボイドが椅子に座って待ち構えていたのであった。


『……何故クラインのご母堂がここに?』

「さあ……? 僕も聞いてなかったが……」

「目的地はここで良いんかにぇ」

「うーん……」


 透き通るような青白い長髪。細い身体。失礼だから言葉にはできないけれど、病人のようにも見えるその人が、どういうわけか橋の上にいる。しかも、屋外用の椅子に座って。ティーカップでお茶まで飲んで。


「ええと、あー……母さま、もう一度お尋ねしますが。何故ここに……」


 当然私達全員が面食らったが、一番驚いているのはクラインだろう。いつもは見せないくらい動揺している。

 ウィスプさんはクラインの言葉を受けて即答はせず、目をつぶって黙った。


「ウィスプ様は本日、あまりお声の調子がよろしくありません」


 その代わりとでも言うように、さっきからウィスプさんの隣に控えていた一人の女性が前に出る。

 彼女はウィスプさんの私兵の一人なのだろう。見覚えのあるローブを着込んだ、真面目そうなキリッとした顔立ちの彩佳系のお姉さんだ。


「ですのでッ。先程ウィスプ様が書き記されました、皆様へ宛てたお言葉をこの私、フィーネが読み上げさせていただきますッ。これよりノラド討伐に向かわれる皆様に置かれましては是非ともご清聴いただきたいッ」


 私達が言葉を挟む前に、フィーネと名乗った女は懐から取り出した手紙を広げ、ビシッと胸の前に広げてみせる。

 そのまま大きく息を吸い込んで、語るというよりは怒鳴るくらいの声量で読み上げ始めたのだった。


「“おはようございます、クラインの友人の皆様。 皆様がノラドの討伐に出られると聞き、とても嬉しく思います。あなた方の旺盛な戦闘意欲を私はとても高く買っています。嬉しさのあまり、私も皆様方の戦いぶりをこの目で見たく思い、勝手ながら早馬によって先回りさせていただきました”」


 ……えっ、先回りしてきたの。


「“近頃の若者は机上の勉学や演習での腕前を磨くことに熱中するばかりで、なかなか現場での経験を積もうとしません。しかしあなた方は先日のアネモネア・ゴルゴンに引き続き、魔獣との戦いを選択した。それは治安を守る魔道士としてとても素晴らしい志と言えるでしょう。初めての討伐は何かと事故も起こりやすくあります。油断すること無く、常在戦場の心構えで挑んでください。”」


 ……ウィスプさん、食堂で話した時は小声で短くぼそぼそと喋ってたけど、文章で書くと結構饒舌なんだな。

 読み上げられてるのを聞きながらなんか“うんうん”って頷いてるし。


「……ウィスプ母さまは筆談だととても饒舌なのだ」

「へえ、そうなんだ……」

「“尚、先程私の私兵によって最新の痕跡調査をさせたところによれば、少なくともこの近辺に三体のノラドが棲息していることが判明しました。時間はかかっても構いません。三体以上のノラド全てを討伐し、この地域に平穏と安全を取り戻してください。武運を祈っています。”」


 えっ、三体? 三体以上?


「……以上がウィスプ様のお言葉となりますッ」

『ありがとうございます。しかし、複数体いるという根拠は?』


 困惑する私達をよそに、真っ先に質問したのはライカンだった。


「発見報告のあった水辺に残された痕跡からそう判断しましたッ。それぞれパターンの異なる真新しい爪痕が三つ、近くの樹木に刻まれていましたのでッ」

『ふむ、なるほど。それはたしかに複数いそうだ』

「あのー、私からも質問させてください。今回の討伐作戦においては、ええと、ウィスプ様の魔道士部隊が後詰めとして動かれることはあるのでしょうか? それとも、私達と同行を?」

「皆様の戦力を評価しまして、我々は今回あくまでも後詰めですッ! とはいえ、遭難時などは救難狼煙を上げていただければ即座に駆けつけましょうッ!」

「あ、それは助かりますー! 人数分いただければ……」

「それはもちろんッ! 後ほどお渡しさせていただきましょうッ!」


 すごいな。やっぱりライカンもマコ導師も経験者だからか話が早いや。

 私達はちょっと置いてかれてるかも。……でも、実力は認められてるって言ってたよな? なら仕事で腕前を証明してかないといけないよな。


「ドラゴンが三体……うぉおお、燃えてきたじぇ……!」

「うーん……一体でもあれなのに、三体って……ちょっと危なくないかしら……」

「ふん、何も戦う必要はない。オレたちの非戦闘員を守る訓練にもなるからな。一度やってみたかった」

「あまり僕らと離れて歩かないほうが良さそうだね。ソーニャはマコ先生やライカンの近くを歩くようにしよう」


 不安も少々、けどそれ以上に盛り上がる中、フィーネさんから小さな筒状の道具を渡される。

 どうやらそれが緊急用の狼煙を上げるためのものらしく、火が無くてもくっついてる紐を引っ張るだけで煙が上げられるのだとか。

 ……濡らさないようにジャケットの丈夫な所に入れておこう。


「ロッカ、ウィルコークス……さん」

「え、あ、はい」


 最後の身支度を整えていると、ウィスプさんからか細い声をかけられた。

 繊細そうな声だけど、彼女から発せられる雰囲気は決して柔和なものではないし、気配はどこか軍人さんのように張り詰めている。

 今私をじっと眺める目つきにも、暖かなものはない。


「……陰五国の依頼を、……ご存知?」

「……? え? 陰五国? がえっと、なんすか」


 一瞬呆気にとられて、けどちょっと考えてみてもわからなかったので、どうしたもんか。

 耳が悪かったかな。なんて質問されたのかもよくわからない。


「……いえ、だったら良いの。今回の討伐、まずは、頑張って」

「はい!」


 結局私がまともに返事をできたのはその言葉だけだった。

 頑張れ。そう言われたらもちろん頑張るさ。魔道士らしい戦いができるかどうかは、やってみなくちゃわからないけどね。




「うげぇ! こんなに荷物背負うのぉ!?」

『ハハハ。そりゃ、泊まり覚悟の任務だからな。魔道士とはいえ、杖だけ持って山籠りというわけにもいかないだろうさ』


 準備を整えた私達だったが、どうやらその装備セットはボウマの予想外だったらしい。

 というのも、私達全員が背嚢を持っているというだけではあるんだが。


「フン。どうせ魔道士ならば杖を持ち込むだけで済むとでも思っていたのだろう。浅はかだな。水、食料、その他にも野営用の装備も含めれば大荷物にもなる。聖櫃での任務をもう忘れたのか」

「んがぁ! 忘れてねーし!」

「まあまあ。……ひとまずこの先の川を登っていって、痕跡を見つける。それから仮の拠点を設定したら、拠点を中心に探索開始……という流れですよね? 先生」

「はい! ノラドはお馬鹿さんなので、人間の気配が近ければ襲いかかってくるでしょう。そういう意味でも拠点を張って待ち構えるやり方は定石とも……」


 マコ導師はそこまで言って、ハッとしたように口を塞いだ。


「す、すみません。今回は皆さんを中心とした討伐任務ですよね。……私はあくまで保護者として、皆さんの安全確保などに務めます。どう探すか。どう拠点を作るか……そういったことを含め、一度皆さんだけで色々と話し合ってみてください。私は口出しは最小限にします!」


 そう言ってマコ導師はソーニャの後ろに回り、わざとらしくそっぽを向くのだった。

 ……うん、たしかにそこならいつでもソーニャのことを守ってあげられそうだ。


「あたしたちだけで、かぁ……」

『俺もこういう仕事には慣れているから助言はできるし、不味い判断は訂正もできるが……うむ、そうだな。今回は俺も半分裏方役に回るとしよう』

「えーっ!? なんでぇ!?」

「ライカンもかい? てことは僕とクラインとボウマとロッカ……くらいになっちゃうな」

『うむ。クラインも知識としては詳しいが、実践経験はそうあるまい。お前もこれを期に、討伐任務に慣れてみると良い。一人の初心者としてな』

「む……」


 初心者。なるほど。たしかにクラインも色々詳しいけれど、泊まり込みで討伐する経験なんてそうあるわけもないか。

 クラインも言い返さず口ごもるあたり、経験不足は承知しているのだろう。


 ……そして私だってそれは同じだ。

 偶然でかいドラゴンをぶっ殺したくらいで、私だって討伐任務の経験はない。……これを期に、色々勉強させてもらうとしますかね。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ