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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 熔ける環銅

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胞014 揺れ動く索道


 干満街クモノス。その街の名は、島の中央に領を持つススガレ家の祖先が名付けたものである。

 クモノスとは“蜘蛛の巣”を意味する古い言葉だ。それは現代では地下水道の上を覆う鉄網が由来とされている向きがあるが、古い時代においては島中央部に聳えるジグモ山に張り巡らされた索道網(ロープウェイ)がその正しい由来であるという。

 標高こそ際立って高くはないものの地形の険しいジグモ山では、安定した道を整備することがままならない。そこで活躍したのが空中に架け渡された索道であり、ススガレの人々は長らく索道網を活用した生活を送っていたという。


 しかし現代、長年の努力によって最低限の道路整備がされるようになると、ススガレ領の索道網は次第に利用範囲を狭めてゆき、使われなくなっていった。

 かつては文字通り蜘蛛の巣状に広く展開されていた索道網も老朽化が進み、一部の険所に架けられているものが残されている程度だ。それらでさえ、ほとんどのものは観光客向けの乗り物としての役割に落ち着いている。


「これほど長いロープを長年に渡って維持するだなんて、すごいわね!」

「そ、そうですね。ワイヤーと呼ばれるらしいですが……あんな高い場所を、ゆらゆらと……うっ、思い出したらまた気分が……」


 ロープウェイでジグモ山の観光地を一通り見て回ったルウナ=サナドルは、ご機嫌な様子だった。


「サナドルでも大掛かりな噴水のために山から流れる地下水を利用しているけど、こういった動力源としても扱われているのを見ると……やっぱり自然の力は偉大だなぁ」


 クモノスに修学旅行に来たのは特異科だけではない。

 彼女たち水専攻の三年と五年もまた、この干満街クモノスへとやってきた一員である。


「ミスイの故郷がこれほど素晴らしい景色だったなんて。私、本当にここに来れてよかった! ……でもミスイにとっては代わり映えしない景色になってしまうのかな? もしかして今、あまり楽しくない?」

「……いいえ。楽しいわ」

「そう! だったら良かった!」


 ルウナ=サナドルはミスイ=ススガレを含む六人でジグモ山を見て回っている。

 水専攻の彼女たちは真っ先にススガレ領へとやってきたが、その人数は特異科と比べてもかなり多い。時間帯によってはこうして班分けした上で個別行動が許されていた。

 しかしルウナが絶賛するこのジグモ山の観光用ロープウェイ、架かっている場所は非常に高い上、ゴンドラほど丁寧に窓がついているわけでもなく、頼りない六人用のスキーリフトに近い構造をしている。

 それが時折ゆらゆらと揺れたりするものだから、同乗した他の女子学徒達は完全に震え上がっていた。

 確かにこのロープウェイから望める景色は窓もなく非常に美しいのだが、その景色の随所に廃線となって朽ち果てた索道が見えるものだから、乗る者にとっては非常に不安を煽られる有様であった。

 もちろんミスイはこのロープウェイに乗ること自体は何度もあるため、無駄に怯えることはない。しかし初めての利用で怯えるどころか喜ぶルウナは間違いなく異端である。


「麓で索道管理の人から聞いたけれど、魔獣の被害もあるんですって? ここのロープウェイは大丈夫なの?」

「……クモノスでは飛べる魔獣も、木を高くまで登れる魔獣もいないわ。そういった種族は皆、昔に狩られ尽くしてしまったらしいから」

「なるほど! 大きな島ではあるけれど、閉鎖された場所であれば根絶もできなくはないんだ。へー……」

「ええ。だから、あちこちで朽ち果てている索道網はただの老朽化。……保全しようと思えば、できるのよ。無駄だからやらないけど」

「全部に手を回していては費用が嵩みそうだものね。けど、塔が魔獣に壊される心配が無いのは素晴らしいことだわ。……あ、向こうに綺麗な鳥がいる!」

「……天敵が樹上にいないから、ススガレ領は鳥が多いのよ」

「なるほどー!」


 “ストーミィ・ルウナ”と“冷徹のミスイ”。

 二人は同じ属性科三年で水属性専攻ではあったが、特別仲がいいというわけではない。

 というよりもミスイの社交性が極めて低いせいで、今まで二人の間に交流が生まれていなかったのが正確だろう。

 こうしてミスイが現地での案内役となれば、お互いに旧貴族の人間ということもあって、話は通じる。

 ミスイが仏頂面でも口下手でも能天気にコミュニケーションを続けられるルウナの鈍い性格は、意外と相性が良かった。


「……それでも、ジグモ山を中心に据えるススガレ領には魔獣が多い。全ての根絶は、きっと無理でしょうね」

「ひび割れたような谷とか崖とか渓流とか、上から見るだけでも多いもんね。隠れ住む場所は無数にある……うん、根絶は無理そう」

「わ、私なんか、途中で見かけた裂け目を見て気が遠くなってしまいましたよ……ルウナさんはよく平気でいられますね……」

「私も怖かったです……」

「そう? 雄大な自然が広がっていて清々しいじゃない」


 ケラケラと笑うルウナだが、今の所ミネオマルタからの修学旅行生でこのロープウェイに乗り恐怖を覚えていないのは彼女だけである。


「静かに立ち並ぶ家屋も厳かな雰囲気だったし、ススガレ領の魔道士達は皆精強だった。この美しい自然の中で、常在戦場を絵に描いたような魔道士たちが平和を守り続けている……そう思うと、私は怯えよりも勇気を貰えちゃうな」


 ススガレ領は頑固者が多く、閉鎖的な気質の者も多い土地である。

 ミスイ自身がそうであるように、同じ領土の他の家の者も気質は似たりよったりだ。

 魔道士としての腕前は認められていても、なかなか他家と上手く関われない者も多い。

 だからルウナのようにあけすけに褒め讃えてくれるような相手は、ミスイにとっても珍しかった。


「……当然のことをやっているだけだから」


 そしてミスイはこういう時に素直に返す素養を持っていない。

 彼女はどうしようもなく陰気で、偏屈な女であった。


「私はそういうの、とても素晴らしい事だと思う! 見習わなくちゃいけないわね」


 それでも気にした風でもなくさらりと会話を続けられるルウナは、ある意味で偏屈さの通じない天敵でもあるのだろうが。

 気落ちすることの多かった近頃のミスイにとって、純朴なルウナとのやり取りは束の間の癒やしとなってくれていた。


「……ルウナさん」

「私のことはルウナで良いわよ?」

「……」

「ほら、ルウナって呼んで! せっかくこうして仲の良いお友達になったんだから! ほらミスイ! ね!」

「……」


 が、それはそれとして、四六時中一緒に居たいタイプの相手ではないなと、ミスイの冷徹な部分は判じていたのだった。


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