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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 熔ける環銅
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胞010 熔ける環銅


 アネモネア・ゴルゴンは触手をだらりと垂らし、沈黙した。

 いくつもの銛と炎をその身に受けたのだ。どれだけ生命力が強い魔族だろうと、さすがにこれはどうしようもないダメージのはず。

 緑色の身体も炎が通って鮮やかに茹で上がり、所々では水蒸気も上がっている。当然、動く気配はない。


 しばらくその蒸気が立ち上る様を眺めて、マルガリータはようやく構えていたロッドを下げた。


「皆様、ご苦労ですわ! ……さて、ああして討伐した魔族は作業船で陸に引き上げて死体を検分します。この死体を大々的に晒すことは現地の安全確保のはっきりとした形での告知であり、我々魔道士の示威のためのパレードでもあり、珍味の確保でもあるのです」

「本当に食うんだにぇ……」

「もちろん食べますわ! 丁寧に処理すれば意外と癖のない味でしてよ!」

「あの、マルガリータ様。早くセシリア様を引き上げませんと。風邪を引いてしまいますよ」

「あっ! それもそうですわ! セシリア! 今からロープを持ってこさせるので、もう少し辛抱なさい!」

「はーい……」


 魔道士の集団による集中攻撃。それが魔族に効果覿面だってのはわかってたけれど、こうして直にみると本当にその通りだなと圧倒される。

 そりゃ私も一緒になって石をぶん投げてやったけど、仮に私が二十人くらいいて一斉に石を投げてやったところで、あの大きな魔族を撃退することはできなかったはずだ。

 けどちゃんとした投擲や炎を扱える魔道士であれば、巨大な魔族であっても逃さず仕留めきることができる。これは腕っぷしが強いだけの奴だけじゃ成し遂げられない大捕物。……この世界で人が生きていくのに必要な、専門家たちなんだ。


「さて。投擲を半分以上外した方はこの後修練場にて追加訓練を行います。自分でわかってますわね? 今回はまだ余裕のある討伐でしたが、より切迫した本番では……」

『おい、新手だぞ』

「来ますね。沖から影が見えます」

「……えっ?」


 最初にライカンが。それに僅かに遅れてマコ導師が反応した。

 強く警戒するように光る眼光ランプと、普段私達に見せることのないマコ導師の真剣な鋭い目つき。


「……来るな。セシリア=トロードスめがけて、最低でも二体」


 海を見やると、沖側には新たに二体のアネモネア・ゴルゴンがこちらに向かって泳ぎ進んでいた。


 ……これやばくねえか。新しい奴ら来てんじゃん。

 これって普通じゃないんだよな?


「……ッ! お姉様、どうしようっ……!?」

「セシリア、杖を受け取って! “逆茂木”を!」

「は、はい! “スティ(黒鉄の)ロージェス(逆茂木)”!」


 セシリアは投げ渡された自分のロッドを受け取ると、迫りくる新たな二匹のアネモネア・ゴルゴンに向けて術を放った。

 いや、放ったというよりは“設置”した。相手に向けて尖った杭を突き出したような、鉄の障害物を配置したのだ。確かにあれなら迫り来る相手を少しは邪魔できるか。


「皆、ロッド構え! 海より新手二匹! セシリアに近づけるな! 飽和攻撃で仕留めなさい!」

「はいっ!」

「……! 駄目です、あいつら、速いです!?」


 守護隊が再びロッドを振り投擲を試みるが、やけに相手が速い。

 最初のやつよりも小さいんだ。小柄なせいで、比較的水深の浅い場所でも上手く触手を動かして泳げている。的が小さいこともあって、魔道士達の集中攻撃はほとんど当たっていなかった。


「特異科、戦闘用意。……じゃなかった。皆さん、守護隊の方々に加勢してください。討伐よりも、囮になっているセシリアさんの安全を第一に!」


 よっしゃ。良いぜ先生。私の目の前では誰も死なせねえ。


『お任せを! 俺が飛び込んで……!』

「いや、僕が行く。ライカンは上から引き上げてくれ」

『むっ! わかった、そうしよう!』


 私がアンドルギンを纏う布を取り払ったと同時に、まずヒューゴが水の中に勢いよく飛び込んだ。セシリアが鉄の逆茂木を並べるすぐそばだ。


「きゃ……! な、なんですか!? どうして飛び込んだのです!」

「僕が下から靴を押し上げるよ! 上手く陸地に上がってくれ!」

「……!」


 どうやらより上背のあるヒューゴがセシリアの救出に出たらしい。

 水中でセシリアの靴底を持ち、グッと水上へと押し上げる。あとはそこからライカンの馬鹿力で引き上げれば完璧ってわけだ。ヒューゴも強化はなくても結構力持ちだからな。よくやった。


「私も良いとこ見せねえとなッ! “スティ(鉄よ)ラギロ(隆起し)アブローム(柱となれ)”! からの……オラァッ!」

「うわぁっ!?」

「石柱!? あ、独性術!?」


 私はいつもの石柱(アブローム)を生成し、それを水中へと蹴り落とす。派手な水飛沫を上げて沈む石柱に魔道士たちが驚いてるけど、まあ見慣れないとそうなるのか。突然悪いね。


「“スティ(鉄の)アンク()”!」

「“クォンタム(氷塊の侵攻)”!」


 クラインは大きな鉄の錨を投げ込んで障害物に、マコ導師は巨大な氷塊を落として壁を作る。

 こうして様々な生成物が海底にあると、泳ぎの得意なアネモネア・ゴルゴンたちも上手く進めないらしい。連中の侵攻は目に見えて遅くなった。


「客人にばかり仕事をさせるな! 守護隊の名折れですわよ! 斉射ッ!」


 そこを狙いすますように放たれるのが守護隊の魔術攻撃。動きの鈍くなったところで放たれる魔術攻撃はよく当たるだろう。飛沫と爆ぜる炎で見えにくいが、全く無傷というわけにはいくまい。


「“スティアノス・フウル(灼熱の鉄の輪)”」


 特にマルガリータの放つ炎を帯びた巨大な鉄の円環は、着弾と同時に魔族のものらしき甲高い悲鳴が轟いている。

 炎に包まれて綺麗な銅のように輝く投擲術は、飽和攻撃の中でも一際異彩を放っている。


『よッ……と! 全員引き上げたぞ!』

「はあ、はあ……ありがと、ございます……」

「ありがとうライカン。助かったよ」

「わ、私も……一人では、ここまで早く陸に上がれませんでした……」


 囮役のセシリアも救助に出たヒューゴも無事引き上げられた。よくぞこの寒そうな海中に飛び込んだよ。すげえ気合だ二人とも。


「これ、ひとまず私の上着使って!」

「あ、ありがとう……ございます」

「良いのよ。私は何もしてないから。ご苦労さま」


 ソーニャがセシリアに服を貸すのを横目に捉えつつ、海中の様子を睨む。

 ……うん。新手のアネモネア・ゴルゴンも仕留められてるな。穴だらけ火傷だらけ。こっちもまた蒸されたような煙をあげてくたばっている。


「三体か。……マルガリータ=トロードス。この魔族は群生するのか」

「……しません」


 構えていた杖を下ろしながらも、マルガリータの視線はまだ海の向こうを見ている。

 再び新たな魔族がやってくるのではないかと警戒しているのだろう。私もそうだ。二度あることは三度あってもおかしくない。


 だが、この魔族に限っては二度目があることもおかしいのだという。


「アネモネア・ゴルゴンの脱落と陸へと漂着は、そう何度もあることではありません……そもそも一体だけの出現も数ヶ月に一度、あるかどうか……複数が同時にやってくるなど、聞いたこともありませんわ」

「……差し出がましいようですが、私から。これはきっと、マルガリータさんら守護隊の領分を超えているのではありませんか? トロードス領の本格的な治安部隊の出動が必要な案件かと」


 マコ導師の言葉に、マルガリータ=トロードスは苦々しい顔で頷いた。


 ……トロードス領の本格的な治安部隊。それはつまり、マルガリータたち“守護隊”よりも上の、もっと強い……つまり、完全なその道のプロだということだ。


「ええ、そうですわね。私達は……あくまでも見回りと簡単な討伐が許されているだけの部隊に過ぎません。お飾りと卑下してやるつもりはありませんが、今回ばかりはお兄様がたに動いてもらうべきでしょう」

「お姉様……」

「……ミネオマルタの皆様、ご協力に感謝致します! そして申し訳ございませんが、今回の魔族の襲撃事件に関して少々取り調べを受けるお時間をいただくこととなるかもしれません。よろしいでしょうか……?」

「はい、もちろん私達は構いません。魔族への対策は全ての魔道士の急務であり最優先されるべき義務です。……ということで、皆さん。これから守護隊の皆様と共にもうしばらく、付き合っていきましょう。良いですね?」


 “嫌だ”って冗談を言う雰囲気でもないのはボウマもわかっている。

 私達は全員頷いて、何をやるのかはわからないけど、まぁ多分取り調べみたいなものを受けることになった。


「あー寒い寒い。クライン、僕のロッド貸すから炎作ってくれないか」

「良いだろう。“イアネスト(旅人の暖炉)”」

「ありがとう。いや、助かるよ」


 ……そういえば、ヒューゴが水の中に落ちて危機的状況になるのは二度目だったな。前も地下水路で似たようなことがあったし。今回は自分から助けるために飛び込んだわけだけども。

 ヒューゴが前に似たような状況に陥ったから、今回セシリアを助けにいくことに躊躇しなかったのかもしれない。

 見た目以上に熱い男だよお前。よくやった。


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