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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第二章 熔ける環銅
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胞006 広がる採石場


 シモリライトはクモノスの海岸沿いなどで豊富に存在する石材で、海を見れば至るところに黒い岩礁が広がっている。

 昼間に見てもおどろおどろしいこの岩礁だが、夕時以降の暗い時に見るとまた恐怖感も倍増される。

 船を出せない荒波に、何が潜んでいるかもわからない暗黒の岩。そして冷たい海水。私は泳げないわけじゃないけど、そんな恐ろしい海に潜りたいとは全く思えない。


 見るからに不吉なこのシモリライトの岩場であるが、海水の流入のほとんどない場所ともなると……逆に、希少な石材資源の宝庫ともなるらしい。


「ここからがシモリライトの採掘場になりますわ。我がトロードス領の優れた採石技術の発信地であり、体格の良い色男が集まる目の保養地でもありますのよ!」

「……お姉さまの言う保養地というのはともかく、採石技術の粋であることは間違いありません。扱う材料の性質上、盗難なども起こらない作業現場ですので、人に対しては特殊な警備は敷いていません。どうぞ、ついてきてください」


 飲食店で出会ったマルガリータ率いるトロードス守護隊の案内で、採石場にやってきた。

 採石場と言ってもそこは禿げ山の中にあるような一般的なものではない。なだらかな山から流れる川と遠浅の海岸からなる地形でしかなかった。


「おお、すごいね。壮観だ。……岩場が一面真っ黒だから、働いている人の姿がよく見えるよ」

『随分と広いな!』


 しかし、ここは人の手が入っていない真っ黒でゴツゴツした海岸ではない。

 人の手によって丹念に、計画的に切り崩された、いわば全体が人工物とも言える場所だ。

 元々は凹凸の多い礫状に固まっているシモリライトも、人の都合で採石されれば綺麗な四角に整えて切り取られ、どこか結晶めいた顔を見せてくれる。


「重さのあるシモリライト石材は水運で運ばれている。向こうを流れる川を経由するものもあれば、海から出るものもある。オレの……ユノボイド領の港にも、ああして船から石材が供給されていたわけだ。難所が多いために大変な仕事だったそうではあるが」


 クラインが指差す先には川が流れている。護岸工事をされた、結構しっかりした川だ。

 そこには何隻かの船が行き交っており、石材を運んでいるのが見えた。距離の近い内地にはああして川を使って運んでいるらしい。

 石材は重たいし、シモリライトは特に重量がかさむらしいからな。まとまった量ともなればとても馬車なんかで動かしてはいられないのだろう。

 逆に海岸の方では港町のようにしっかりした港が整備され、より大きな船が別の場所を目指して出発する。ラガブルの港は一度防波堤を抜ければ波も激しく魔族もいるわで大変そうな港だったが、ここは遠くの方の波も比較的穏やかで、航海に支障は無さそうだった。

 同じ島でもこんなに波が変わるんだな。地形のせいっていうのも大きいんだろうけど。


「あー……いい音だ。やっぱ硬ぇんだなシモリライト……」


 ロックピックが少しずつ岩を穿つ音がそこかしこで聞こえてくる。

 詰まるような重い音。鎚を跳ね返す硬さがビリビリと伝わってくるかのようだ。

 こいつは岩盤に穴を空けるような、とんでもなく労力のいる作業だ。実際ここで働いている人たちは皆誰もが屈強そうな身体をしている。

 それでも坑道と違って露天で陽に当たって作業するからか、白っぽくはない。私からすると石を砕くよりも木を切り倒しているような人の体つきに見えた。


「ロッカ楽しそうねえ……」

「そりゃそうだよ。どこかやっていい場所あるかな……」

「あたしもやってみたい!」

「ええ、できるのかしら……こういうのって素人がやっても怪我しちゃいそうじゃない? 破片が飛び散ったら危ないわよ」

「大丈夫だよ、みんなゴーグル付けてるし。私は無くても平気だけど」

「張り合わないでよ……」


 シモリライトは重く運ぶのが難しい。そのわりに価格も大したものではないので、盗まれる心配は皆無だ。採石場は私達が入っても特に気にせず、真面目に作業を続けている……が。


「おお……? おおっ、守護隊のお嬢様方じゃないか」

「やあ、お嬢さん! 今日も良い天気で!」

「ん!? 見慣れない美人がいるぞ! ……なんだ、男もいる」

「あの子見てみろよ。ここらじゃ見ない顔だぜ。誘ってみるか?」

「馬鹿、守護隊と一緒にいるんだぞ。どうせお貴族様のつながりの偉い連中さ」


 耳に意識を向けてみると、真面目そうじゃない人も結構多かった。

 こちらに気づいた途端作業の手を止めてチラチラ視線を送る男が多い。相手はほとんどソーニャとマコ導師だ。何を考えているのかは知らないけど、二人に喧嘩を売ってくるなら私がぶちのめしてやるよ。


「まあまあ……ここで働いている皆さんはとても体つきが良いんですねぇ……」

『マコ先生……あんな連中より、俺の方が……』

「え、まあ、はい。お姉さまも言ってましたが、採石工は力仕事ですから。滝のように汗もかくので、皆ああして上を脱いで作業をすることが多いんです。……まあ、確かに良い身体してますけど」


 妹のセシリアが男連中の身体を褒めてるせいか、ちょっと離れたところで馬鹿な連中がニヤつきながらポーズを取り始めた。張り詰めた筋肉がピクピクと動くと、それに合わせて男らの野太い歓声が上がっている。

 いやー、なんか懐かしいなこういうの。お天道様の下で作業しててもこういうところは同じか。


「おい、マルガリータ=トロードス」

「なにかしらクライン? ちょっと待ってくださる? 今あっちの方に見えた男性が結構いい感じで……」

「この採掘現場を見学するにあたって現場責任者か、監督者からの案内を聞きたい。その人物まで引き合わせてもらえるか」

「んー髭がタイプじゃない……え、なにかしら。あー採石場の案内? だからそれくらいのことは私が自らやってみせますわ! 守護隊の名は伊達じゃなくてよ! こう見えて採石場のことは一通り把握していますので!」


 へえ、騒がしいわりに結構知ってるのか。意外だなぁ。


「し、しかしお姉さま。独断で部外者を歩き回らせるのもやはりどうかと……監督さんに一言声をかけておくべきでは……」

「それはそう! なのでそちらはセシリア、貴女にお任せします! 貴女も私のように顔を売っていかねばなりませんもの! ささ、あの方に挨拶してらっしゃい! どうせ事務所でお茶でも飲んでいるのでしょうから!」

「……はい」


 姉に追いやられるようにして、セシリアは何人かの護衛を伴って事務所とやらに歩いていった。

 ……遠くの方に見えるぽつんと建った、とはいえ立派なログハウス。あれがそうなのだろう。


「姉が破天荒で妹が真面目な堅物かと思ったけど、姉の方も結構しっかりしてるのね」

「ね」


 ソーニャの言う通り、言動ほど姉のマルガリータはおかしな人物ではないようだ。私も頷いた。


「ふふん。下々の仕事をつぶさに観察し、把握できてこその上の人間は役立つのですわ。あの子は旧トロードスのしきたりに縛られすぎているのです。私達はもっと、現場をよく知らなければいけないのに」


 マジでいい人か?


「そう……燃えるような恋は、ロマンスとは! 同じ位階(カースト)の内にのみ生じるとは限らないのです! あるいは職人、あるいは漁師! 身分違いの出会いと恋だってあるかもしれません! 自ら下々の民との間に壁を作ってしまっては、出会いの機会が失われるかもしれない! それはいけない! だからこそ、私達は常に町を回り、顔を見せる必要があるのですわ!」


 いや、いい人なのかな……?


 マルガリータが熱く語っていくうちに疑問が膨らんできたけど、お付きの魔道士の子たちは賛同するようにパチパチと拍手している。……変な人には変わりないけど、少なくとも部下からは慕われているようだ。


「言っただろう。アレは馬鹿だと」

「まーうん。なんとなくわかった。ああいう感じか」

「聞こえてますわよ! クライン、貴方だってひょっとすると万が一、私の伴侶となる可能性だって無くはないのです! 心しておきなさい! 人生、何がきっかけで結ばれるかなどわからないのですから!」


 おっほっほと一人で高笑いするマルガリータは、まあ、変な子だけども。

 幸せそうだし、これはこれで結構しっかりしているようには見えた。


 少なくとも私はあんまり嫌いじゃないな、こういうのは。


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