胞003 見繕う装飾品
トロードス邸を出た後、私達は一応離れ離れにならないよう塊になって鍋市を見て回った。
鍋市は大きな通りを挟むように立ち並ぶ金物店の集まりで、通りの入口と出口には銅鍋をモチーフにした看板が掲げられている。
この通りにあるのは全てが金物屋で、鍋はもちろんのこと、コップ、平鍋、ケトル、茶漉し、水筒、スキットル、尖ったものだと管楽器なんてものまで売ってる店があった。
客はクモノス在住の人の他、交易のためにまとめて買い付ける人もいれば、観光ついでに立ち寄る私達のような人も多い。
邸宅を出る前は治安がどうこうと色々言われたけれど、少なくともこの鍋市通りはまだ栄えている分安全のようだ。
「見て見てロッカ、ブラスのアクセサリー。これ結構良いんじゃない?」
「すげー、金じゃん」
「ブラスよ。黄金に見えるくらいとてもよく形を整えて磨いてあるのね」
一個五百YENのブローチを自分の襟元に当てながら、“どう?”と私に訊ねてくる。
「ソーニャはいつも明るめの色の服を着てるから金色でもあまり目立たないね」
「感想ちょうだいよ。どう、似合う?」
「んーよくわかんない。こっちのペンダントのが良いんじゃない?」
「嫌よそれオバさん臭いもの。ちょっとデザインが古めだから、こっちの無難な形のが良いわね」
このやり取りは店の人が目の前にいる上でのものである。店番をしているおばさんは苦笑いしていた。
「うーん、普段金色はつけないからいくつかあっても良いのよね……かさばらないし、色々あるから三つくらいは買っておきたいわ」
「ソーニャ、私にも選んでよ。ネックレスとか髪飾りとか、そういうやつ」
「へえ! ロッカがそんなこと言うなんて珍しい。もしかして……貴女もようやく自分が女の子だって自覚したのね」
「いや私最初から女だけど」
別に私だって好きでいつも似たような服を着てるわけじゃないんだよ。金があって腕さえ入ればそりゃなんだって着てみたいさ。
その点こういうアクセサリーはつけるのも外すのも簡単そうだ。あまり金持ってる風にしていると悪い奴らに狙われるかもしれないから、自分じゃあまり買おうって気にはならないけどさ。
「ボウマもちょっとねぇ。あと少しで成人なんだからおしゃれに目覚めて欲しいもんだわ。いつまでもサンダルで歩いてちゃ駄目よ」
「ブーツは?」
「ブーツはまぁ良いの。ロッカのはちょっとゴツいけど」
「良いでしょ。結構頑丈なんだ。……前に使ってたのはつま先に重いもの落としても平気でそっちのほうが良かったんだけどね」
「機能美も大事だけどさぁー。もうなぁー」
アクセサリーを見ながら呻いているソーニャをよそに、他のクラスメイトたちの様子を見る。
少し離れた店ではヒューゴとライカンが一緒になって何か……やたらと巨大な銅鍋を見て真剣そうに語らっていた。……それ買う気か? 何人分のスープを作れるやつだよ。持って帰れねえぞそんなの。
「ほら、見て見て! 向こうのお店で百YENで売ってたやつだじぇ!」
ボウマはというと、よく知らない店で黄銅製の小さな玩具みたいな笛を買っていた。
片手に収まる程度の小さな笛で、吹くと綺麗とも言えない甲高い音が鳴るやつだ。申し訳程度に五個ほどついている穴を押さえれば一応少しくらいは音程を変えられるようだが、まぁ演奏らしい演奏はできないだろうな。
「あんまり人のいるところで吹いちゃ駄目よボウマ」
「うぇーい」
「坑道でも吹いたら駄目だぞ。不吉だからな」
「限定的すぎない?」
マコ導師は何をしているかと言うと、お店の旦那さんと何やら会話しているようだ。
このトロードス領の観光地とかについて話しているらしい。彼はいつも私達とは一定の距離を置きつつも、担当導師として真面目に働いているからすごいと思う。
「ねえちょっとヒューゴ! こっち来てくれるー?」
「ええ、なんだいソーニャ。今ちょっと忙しいんだけど」
「これとこれ、どっちの方が似合うかしら。貴方から見て」
『俺にも聞いてくれないのか』
なんて寂しそうな声を出すんだライカン。
「だってライカンってあんまりこういうセンスなさそうなんだもの」
『酷いなあ。無いけども』
「うーん。僕としては……え、これこんな細工で五百YENなんだ。へえ、安いね」
「そういう評論じゃなくて。この服だったらどう?」
「どうだろうね。ソーニャにはこっちの……鳥? みたいなやつの方が良いんじゃない。こっちのはよく見たら魔獣だよ。カンバルラッタだ」
「嘘、魔獣なの? 最低、じゃあこれ決定ね。うん、ありがと」
カンバルラッタといえば時々二足歩行しながら現れる大型のネズミっぽいやつのことだ。
幸い私の暮らしていた地方で見ることはない奴だったので、詳しくは知らないが。賢い魔獣なので食害が酷いという話は結構新聞とかに書いてある。
なんでそんな魔獣をモチーフにしてしまったんだ……。だから五百YENなのかな?
「あとは……うん、私のはもうこれくらいで良いかしら。あとはロッカの分を……そうだわ、せっかくだしクラインに選んでもらいなさいよ」
「クラインに?」
「あー、クラインだったらどこに居たかな。茶漉しのサイズについて店の人と話してたけど、消えちゃったな。おーいクライン」
ヒューゴが気のない間延びした声を上げると、特にそれに答える声もなく……そのくせ、遠くの方からクラインがやってきた。無言である。
クラインはこういう時に大声で返事を返す奴ではないのだった。
「なんだ。オレを呼んだか」
「何か見てたのかしら? 邪魔してたらごめんなさいね」
「いや、もう買った。移動か?」
「違うわよ。ほらこれ、アクセサリー。ロッカにどれが似合うかなって皆で見て悩んでいたところなの」
別にみんなで悩むほど意見を交換してたわけでもないけどな。
私にわかるのはそこのカンバルラッタのレリーフが刻まれてるブローチがあまり良い品物じゃないってことくらいだよ。
「……ふむ」
店頭に並ぶ黄金色の装飾品を一通り眺め、その後値札を眺め……それからクラインは私を見た。
「……いや。何故オレが君の装飾品を選ばなければならないのか」
「今言うのかよそれ。一応参考にするから教えてよ。私は別になんでも良いんだけど」
「なんでも良いってことはないでしょ!」
いや確かになんでもは言い過ぎだな。私じゃそれぞれの良さとか新しいとか古いとかが良くわかってないだけで。
見た感じ全部良いものに見えるからなぁ。
「若い人たち、修学旅行かい?」
皆して悩んでいると、先程苦笑いしていた店員さんが話しかけてきた。私達が冷やかしでなく買いそうな気配を発していたからだろう。とても愛想が良い。
「ええ、トロードスには……というか、クモノスには初めて立ち寄りました。鍋市はとても賑やかですね」
受け答えをしてくれているのはヒューゴだ。
正直世間話よりも自分の買うアクセサリーの方が私には重要なのでありがたい。
「……で、クラインどんな感じだよ。ネックレスとか髪留めが欲しいんだけど」
「そういう情報は先に渡せ。他には」
「あと腕輪もなんか良いのあったら……?」
「多いな」
「ほら、あれ。クラインは見たじゃん。私がドレス着てたときに付けてたやつ。ああいう感じのが欲しいんだよね。マルガロアドレスが用意してくれた装飾品は貸し出しだったから、最後は結局返しちゃってさ」
クラインと一緒に勲章を貰ったあの集まりで、私は自分の人生で間違いなく一番着飾っていたと思う。
あまり経験ないし柄でもないのはわかってるんだけど、ああいうこともあって装飾品にも少し興味が出てきたと言うか。
丁度、あの時に付けてたやつも黄銅だったしね。お金にはほとんど困ってないし、これを機に揃えたいなーと……。
「……なるほど、あの時のか」
「覚えてる?」
「もちろん。いや。そういうわけではなく。特徴的なものではあったので記憶に残っている。そうだな、この辺りの物が近いといえば近いか」
それからクラインは並んでいる装飾品に対して睨みを効かせたり、時々薀蓄混じりの苦言を呈したりしつつ、その割にはスムーズに三つほどの商品を選びきった。
横から見ているだけの私も“確かにあの時つけていたのはこういうやつだったかもしれない”と納得できる程度の品だ。自分で着けてたくせに私のほうがクラインより覚えてないのが少しショックだったけど、まあ良しだ。
「どう?」
「……」
ソーニャの真似してネックレスを首元に当てて聞いてみると、クラインは眉間に皺を寄せて黙り込んだ。何か言えよ。
「……オレが選んだものなので、オレの目から見れば当然無難な評価にはなる。だがオレ以外の人物から見てどう評価されるかは未知数だ」
無駄に長ったらしいけど要するに大丈夫だってことらしい。
まぁ別にいいよ。クラインならこういうオシャレとかも無知ってわけじゃないでしょ。少なくとも私よりは詳しそうだ。
「クラインが良いって言うなら私はそれでいいよ」
「……そうか」
「いてッ。いやいや何」
「なんとなくよ」
なんかソーニャがヒューゴの肩をどついている。
何かしたのかしてないのか。ヒューゴのことだから何か変なことでもしてたんだろうか。
結局、私達は鍋市通りで鍋どころか食器類を買うこともなかった。
皆が買ったのは装飾品、玩具みたいな楽器、茶漉し、特に金銭的価値のない観光客用の記念硬貨くらいのものである。
それでも皆と一緒にこういう店を見て回るのが久しぶりだったので、結構楽しかった。
食べ物とか食材をミネオマルタの市場で買うのとはまた違った楽しみがあるというか。
……トロードス領からユノボイド領の部屋に帰ったら、一度アクセサリーを付けてみようかな。




