爪027 刻む鉄楔
二人の試合内容は、意外と言ったらアレなんだけど、アルトが想像以上に食らいついていた。
「くっ、さすがはクライン! より速度を上げましたね……!」
開始直後はいつも通り、クラインの速攻から始まった。
弱い相手ならここで即決着。多少腕の良い相手でも絶え間ない投擲を捌けずに五発くらいで沈むのが通例だ。
しかしアルトはクラインとの試合経験が豊富なせいか、あるいは言動の割に実力があるのか、ワンテンポ遅れて投擲物を撃ち落とすくらいには粘っている。
「“スティ・ディ・フウル”!」
アルトの振り抜いたロッドから鉄の輪が生成され、床に落としたコインのように回転しながら飛翔する。
回転によって球体じみた接触範囲を得たリングは、クラインの投げた曲刀を複数個弾き、消し飛ばしてみせた。
その上でリングは消滅することなく残り、クラインの手前で回転を残しつつ留まっている。
……クラインの投げた曲刀は薄っぺらいけど、それでも切れ味の良い攻撃魔術だったはず。鉄の輪っかが相殺されなかったのはどうしてだろう。
「これは術の相性ですねー。ユノボイド君の投擲したカトレットは確かに攻撃性能は高いのですが、横回転するフウルはそれを側面から叩くことができます。薄い刃物は横からの衝撃で容易く壊れますから、とても理にかなった防御なんですよ」
『ほー』
「なるほど、そうだったんですね」
「ほへー」
マコ導師の解説で納得した。確かに横から殴れる鉄の輪は有利だ。
『ふむ。思っていたより強いな、あのアルトという男』
「そうね。すぐやられちゃうかと思ってたわ」
もう魔術の応酬が七回にも及ぶというのに、まだ闘いは拮抗している。
お互いにほぼ鉄魔術の投擲に限定した速射勝負といった具合で、投げて避けて、あるいは撃ち落としての繰り返し。クラインはさっさと決まらない勝負に少し不機嫌そうに眉間の皺を強め、アルトは段々と不利になりつつあるのか表情が険しい。
それでもよくやってる方だ。典型的なガリ勉魔道士かと思ってたけど、よく回避も出来ている。ただの頭でっかちな男じゃないことは確かだな。
「くぅっ、投擲勝負は不利ですか……! やりますねクライン! しかし、僕の本気はここからです!」
飛来した鉄銛を辛くもロッドで受け流し、アルトが大きく後ろに引き下がる。
クラインは追撃のために一呼吸入れ、右手を構えた。
「“スティントゥ・ピュラムス”!」
「“スティ・タンブラル”」
アルトは巨大な三角錐の砦によって全身を覆い尽くし、クラインはそこに棺型の鉄塊を射出した。
「うわっ」
棺桶の衝突によって引き起こされたのは凄まじい轟音。でかい釣り鐘を至近距離で鳴らされたような、肌で感じるほどの波動だった。
驚くべきことに、砦は歪みはしたものの壊れてはいない。頑丈な防御魔術だったようだ。
……けどこれ、あの三角錐の中にいるアルトやばいんじゃねえの。音で鼓膜破れねえか。あるいは、中でダメージを受けて既に転送されているのか……。
「いくぞ! “スティグマ・ステラリス”!」
誰もがアルトの身を案じていたその時。くぐもった詠唱の叫びと共に、三角錐の城塞が魔光を発した。
瞬間、巨大なそれが真上に跳ね上がり、意思を持ったかのように機動を曲げ、クラインの居た場所へと襲いかかる。
あれは、ナタリーのやつと同じ術だ。既に出してある鉄魔術を変性させ、射出させる魔術。
アルトはそれを巨大な要塞に使ってみせたのだろう。
「くらいなさいッ!」
巨大な楔型の鉄塊が、上空から石壇に叩きつけられ、煙と破片がぶちまけられる。
さっきの魔術の衝突と負けない豪快な音に、アルトの底力を感じられた。
「……まぁ、当たってねえんだけどな」
「あれぇ!?」
「馬鹿か」
確かにすごかった。防御魔術を攻撃に転用して相手にぶちまける。派手だし、当たったら防ぐのはかなり難しいとも思える。
でもクライン、相手が閉じこもったのを見た時点でさっさと回り込んでいたんだよな。
アルトが全霊を込めて打ち出した攻撃魔術は、クラインのいない明後日の方向に着弾したわけだ。
「ちょ、まッ」
「……」
狼狽えるアルトに投げられた最後の一撃は、無詠唱による雑な鉄銛であった。
ちゃんと攻撃してやれよクライン。
「全く、あいつは派手好きだが詰めが甘いなぁ……けど頑張った方か。……勝負あり! 勝者、クライン君!」
こうして闘いに決着が付き、クラインの勝利で終わった。
眺めていた私達も、フィールドを取り囲んでいた訓練中の人たちも拍手を贈っているが、人数が人数なのでちょっとさみしい。
「フン、戦術眼の進歩しない奴だ」
「そう言ってやるな、クライン君。あいつも真面目にやっているんだ。少しずつ強くなってもいる。……少々、考えなしなところはあるが」
「何故いつも負けるくせにオレに勝負を挑んでくるのか、理解に苦しみます」
「君と闘えるのが楽しいんだろうさ。付き合ってくれてありがとう、クライン君」
クラインはさほど汗を流した様子もなく、涼しい顔でこちらに戻ってきた。
魔術の使いすぎで消耗した様子でもない。まぁあのくらいだったらクラインにとっては並くらいの戦闘時間かな。
「おつかれクライン、おめでとう。てかアンタの従兄弟かなり強いじゃん」
「ああ。ガーゼルの群れよりは強かったな」
「それ強いんかぁ?」
「ははは、良い試合だったよ。相手に合わせて鉄魔術だけにしたのかな?」
「ああ」
『おめでとう。見ごたえのあるいい勝負だったぞ』
「おつかれさまです、ユノボイド君! 冷静な立ち回りができてましたね!」
「一応おめでと。観客席じゃない所で見ると、違った迫力があるわねー」
クラインが皆からの賛辞を適当に受け取ったり受け流したりしていると、向こうの兵舎からバタバタとアルトが走ってくるのが見えた。
敗北し転送された彼は、特に目立った怪我もなかったらしい。それにしても元気だ。
「さすがは僕のライバルです、クライン! あえなく惜敗となってしまいましたが、僕の最後の一撃はどうでしたか!?」
「雑の一言に尽きる。あの闘いで最も粗末な選択だったな。当たるわけもない」
「今回は外しましたが、次はそうはいきません! 幸運が何度も続くと思わないでくださいね!」
「……」
あ、クラインが完全に黙り込んだ。これは話の通じない相手を徹底的に無視する時の顔だ。
「さて、ミネオマルタからの皆様も僕の実力はわかっていただけたかと思います。どうですか、これがクモノスの魔道士の実力です!」
遠くで訓練中の人から“下っ端が代表者ヅラすんなよー”と声をかけているがアルトは一切聞いていない。こいつ鉄魔術が好きみたいだけど精神まで鉄でできてるんだろうか。
……んーけどまぁ、闘っている様子を見て強いなと思ったのは事実だ。
仮に私がアルトと勝負しろって言われても、果たして勝てるかどうか。そんな彼がこの練兵所で下っ端扱いされているのだから、ここの魔道士はみんな平均して強いってことなんだろう。
これが学園とは違う、現場で働いてる魔道士の実力。
なるほど、確かに凄い。
「でもクラインに負けてたじぇ」
「ムッ、今日はたまたまです! 次は勝ちますから!」
「無理じゃにぇ?」
「無理じゃありませんが!」
「ムリムリムリムリ」
「できるできるできるできる!」
……凄いには凄いんだけど、ボウマと言い合いする姿はやっぱり馬鹿っぽい男であった。




